シンシアの祖国と彼女の仕事
いつもありがとうございます。
シリーズで飛んできて来て下さった方へ
シリーズについての説明と注意事項を活動報告に書かせていただきました。
ざっくりいうと、まだまだ私は経験不足なので、全力を出しても、ご都合主義0、無理な設定0にはできないだろうという話です。そのワードで、ん?自分の嫌いな言葉が…と嫌な予感を感じた方は、お手数おかけしますが、読んでくださると助かります。
幼いころから、この国を変えたくて仕方がなかった。
そう言うと、悪の組織とか、民の暴動とか、国力の悪化とか、そういうものが思い浮かぶかもしれない。ノーブル王国第二王女として産まれたシンシアにとっての敵は、魔獣であった。
シンシアの祖国ノーブル王国は、昔から魔獣に悩まされてきた国であった。魔獣出現率がとても高く、毎年多くの民たちが死ぬ。魔獣の恐怖に脅かされながら、生活をしないといけないのだ。
どうするかなんて思いつかない。けれど、魔獣の出ない国へ、変えたい。
小さなシンシアが思いついたのは、自分が強くなって魔獣を倒しつくせばいいという単純なこと。けれど、現実に直通することだった。
魔術を神殿にいた、中央大陸きっての魔術大国、ルクレシア皇国出身だという司教に教わり、国で唯一の魔術師となった。魔法を使う魔獣相手に戦うには、魔術で対抗するのが一番であるからだ。シンシアの魔術があれば、魔獣が殺せるとわかってからは、魔獣討伐部隊を編成し、毎日魔獣退治に明け暮れる日々を送っていた。
「隊長!」
森の中で、自分を呼ぶ声が聞き、シンシアは昇っていた木から飛び降り、大きな魔力の塊がシンシアが描いた魔術陣へと入っていくのを自身の目で確認して、陣を発動させるための詠唱をした。
するとそれに呼応するように陣が光り、火がごうっと魔獣を燃やし尽くしていく。一瞬にして燃え尽き
た魔獣は灰と化し、その跡に残ったのは大人の掌より大きめの緑に輝く魔石だった。陣が消えていくのを見届けてから、シンシアはそこに近づいて魔石を手に取り、すぐに持っていた皮袋にしまう。
討伐した魔獣から採れる魔石は、この小国の数少ない輸出品である。すぐに、魔術道具である皮袋に入れなければ、魔石は少しづつ魔力を発散させていくので、その価値が下がってしまうことだってあるのだ。
いつもより少し遅くまで粘った甲斐があった。革袋を、背負っていた鞄に入れ、服中にくっついた木の葉を落としていると、魔獣が来た方向からシンシアの安否を確認する声が聞こえて来た。
「隊長、無事ですか?」
「もちろん!
みんなは怪我はなかった?」
木々の間からがさがさと音を立て、出てきたのは魔術討伐部隊のメンバーである。騎士から魔法使いまで、その専門はばらばらであれど、彼らの思いは一つ、この国の民を魔獣から守ること。シンシアが幼いころから抱いて来た思いと同じ思いを抱き、集まったこのメンバーはシンシアの同士だ。
「ないない、あるわけない。
今日の魔獣はちょろかったし」
「こら、姫様に無礼ですよ。
お前は何度言ったらわかるんです?」
「いいよ、メリア。
私はそんなに気にしてないし」
元平民の者も多く、今回この討伐に参加したメンバーはその殆どが平民の出だ。当たり前だが、普通の平民は敬語などに慣れていないため、乱暴な言葉を使う者もいる。けれど、シンシアとしては想いが大切で、同じ想いで集まり、相手を馬鹿にしているわけではないのなら、言葉遣いはあまり気にすることではないと思っている。
「姫様!
何度言えば、わかるのですか?」
シンシア付きの女性騎士、メリアが少々声を荒げる。眉を吊り上げ、シンシアに向かってきたメリアの矛先から逃げるように、シンシアは森の出口に向けて歩き出した。メリアはその辺りは少し厳しいし、スイッチを押してしまえば、切れるまでは延々と説教し続ける。
幼い頃は侍女としてシンシアの側につき、シンシアが大きくなってからは女性騎士となって護衛をしているメリアには敵わない。
「はいはい、撤退するよ。
夕方になっちゃったしね、早くいかないと日が暮れたら最悪だよ」
今日の魔獣は、あまり強くないわりにはとても素早く動き、シンシアの描いた陣のある場所まで追い詰めるのに時間がかかってしまった。街の近くにある森に住み着いてしまった魔獣で、その森は人々がよく薪を拾ったり、狩りをするので、早々に倒してしまいたかったのだ。
森は街の中にはなく、街から十五分圏内を抜けると、一気に魔獣の出現率と強さが跳ねあがるこの国で、その圏内にある森はとても貴重だ。
はい、は一回でしょう、というメリアの声を背中に受け止めながら、森の出口へと歩を進める。シンシアは探索魔術を展開できるので、一番先頭に立って進んでいくことになっている。魔獣と思われる魔力が進行方向にないことを確認しながら、こうして動く作業も、今ではお手の物である。
長い時間かからずに、城下町へと続く街道に出た。ここから十分も歩けば城下町の大門だ。
「隊長は本当にすごいですね。
王族なのに、国唯一の魔術師になって、こうして平民と厭わずに接して、命がけの魔獣討伐に赴くんですから」
探索魔術を切ったシンシアに、討伐隊でも年上で、魔草薬師という特殊な職をしている優男が話しかけて来た。彼もまた平民の出であり、魔獣に襲われて両親を亡くしたという経験から、魔獣から命を救いたいと考え、この討伐隊に参加することにした一人だ。
「そういわれると照れるけど、すごくはないよ。
だって、魔術師としての勉強ができたのは、王族だったからだし、民がいなければ国が無くなっちゃうでしょ?
国を保つのは王族の責任だもの、私が魔獣を倒すことが、民の命を救うことに繋がるなら、命だってかけられるよ」
中央大陸のほぼほぼど真ん中に位置するこの国、ノーベル王国は小国ではあるが、そこそこ長い歴史を保ち細々とやってきた。王族と民が近い特徴があり、民がいなければ国は成り立たないというのが王族で受け継がれている教えだった。シンシアの両親もしっかりと自分の子どもたちにその教えを説き、また自分たちも民を大切にしてきた。
そんな中で、歴代きっての祖国思いに育ったのがシンシアだった。上に、これぞお姫様なおしとやかで、少し体が弱い姉を持ち、その姉を敬愛しながらも、次期国王として育てられた兄。下におませな妹を二人持つシンシアは、幼いころから兄を支えていけるようにと、王女が普通はしないようなことをしてきた。
軍法書を読み、男に混じって魔法を学び、剣を習う。そのように活発に育ったシンシアは、城下町に降りることが大好きだった。民たちとお喋りをしていると時間を忘れてしまい、よく探しに来たメリアに怒られ、兄にくどくどと説教をされたものだ。
「そう考えることができるのがすごいです。
隊長ぐらいの年ならば、まだ他にやりたいことが沢山あるでしょう?
私の妹が隊長と同じ年頃ですけど、最近おしゃれと恋愛話ばっかりですよ」
「すっごく可愛い妹じゃない、私の妹だってそんな感じだよ?
かっこいい人見つけた、とか、あそこのドレスが、とかそればっかり言ってて、兄上がとっても怒ってたもん。
俺の妹は両極端だ!って壁に向かって怒ってた」
シンシアの妹たちは、兄にしごかれ、泣いていた姉の姿を見て育ったため、あまり魔獣討伐などという実戦には興味がなく、結婚して国に貢献するつもりだと今から意気込んでいる。顔立ちはそこそこいい家系なので、おそらくどこかでいい相手を引っかけてくるだろう。
「ほんとですか?
こうやって隊長から話を聞いてると、王族でもそんなことがあるなんてって親近感が湧くんですよ。
こんなこと言ったら、メリアさんが怒るだろうけど」
「いいのいいの、メリアだってもうあきらめてるけど、形式的に怒ってるだけ。
なんていうのかな、お約束ってやつ?」
メリアは確かに厳しいし、何度も同じことをきっちり注意しているが、一応注意をしておくぐらいの程度であることをシンシアは知っていた。本当にメリアが怒った時は、あのように簡単に引き下がるものではなく、恐らく剣を抜く勢いで責め立てるだろう。それが平民であろうと、王族であろうと、シンシアを傷つけようものなら容赦はしない。それがメリアなのだ。
その昔、まだ幼かったシンシアに、アイザックが容赦なく剣術の稽古をつけ、許容オーバーを起こして倒れさせた時のメリアは恐ろしい剣幕で、アイザックを責め立てたという。流石にその後の数日間は、アイザックも大人しくなっていたのだが、シンシアが元気になった途端、倒れたことをうっかり忘れてシンシアの指導に熱をいれ、再びベッドの上の人に戻してしまった。すると、シンシアの様態が安定したとわかった直後に、メリアが剣を持ってアイザックの元に現れてシンシアを殺されるならばその前にお前を殺すと言い放ったらしい。
「この国唯一の王子によくそんなことをして、不敬罪になりませんでしたね」
若干、口元をひきつらせながら言うマーサーに、シンシアは苦笑した。
「ほんとよ。
兄上曰く、あの日のことは忘れたくても忘れられない、ゾクゾクした一日だった、そうよ。
今でもメリアを見ると、びくびくしている癖に、どこかぼーっとした目を向けてるから・・・なんというか、我が兄ながら心配になってるわ」
「それは、国民としては聞きたくなかったような気がします」
アイザックは、この国唯一の王子であり、国民には完全な王子様と言われるほどに人気が高い。よく視察に行っては、各方面の女性たちに優し気な笑みを振りまき、民に優しい行政というのをモットーに活動しているからだ。
そんなアイザックだが、家族に見せるような一面は、まったくもって表の面からは想像ができないぐらいに抜けているところがある人で、よくわからない方向に変な感性を持っている、というのが妹であるシンシアから見た評である。
マーサーとシンシアが顔を見合わせて笑い、それがひとしきり済んだ頃には、城下町の大門へと辿りついていた。ここで、書類手続きをしている間に、後ろでしんがりを務めていたメリアが、シンシアの元へと戻ってくる。幾度となくこなした手続きを難なく終えると、シンシアたちは城下町に入ってそのまま解散となる。
再び魔獣が現れれば、魔獣討伐部隊召集の旗が上がり、同時に鐘がなることになっている。討伐部隊の内訳が、二割が元軍人、四割が元平民で今は魔獣討伐を主にして活動することに決めた、月収制の魔獣討伐兵、そして半数の四割は、手が空いているときに魔獣討伐を手伝う報酬制で働く平民だ。
月収制の魔獣討伐兵は王城の宿舎に入っているものたちばかりだが、報酬制でその度々にきてくれる平民たちは普通に城下町に居を持っているので、大門解散した方が便利だ。報酬については、その日採れた魔石の鑑定後に、魔石の質によって報酬が決められ、参加者に配られることになっている。
「お疲れ様でしたー!!」
「隊長、いっつもありがとねー」
「またうちのパン、買っとくれよ」
今まで魔獣討伐隊として、緊張を保っていたメンバーが一気に普通の街の人の顔へと戻っていく。シンシアはお礼の言葉を述べながら、最後の一人まで見送ると、残った王城帰還組とともに大通りを王城へと向かって歩き出した。
不定期的に出たり入ったりするメンバーが抜ければ、隊の空気は一気に落ち着き、疲れからか口を開くものは少なくなる。今日は特に長期戦だったから、神経を使ったのだろう。いつもよりも静かだ。
大門をくぐってから一気に日が沈んだ街は、ぼんやりと青白い光で包まれる。真っ白な街並みが青白く変わるため、この国は地上の深海と呼ばれている。どのような仕組みなのかはよくわかっていないのだが、この辺りで多く採れる白石は、陽の光を集めて夜になるとその光を放出するという特性を持っている。
その白石で作られた城下町は、夜になると青白く光を発し、幻想的な世界を描き出す。人工的な強い光ではなく、ぼんやりとした優しく人々を包み込む光は、この国の人々の温かさのようだとシンシアは常々思っていた。夜店が立ち並ぶ地域を抜ければ、大きな神殿が現れる。神殿は、民に向けて大きく解放されており、図書館やホールなどの貸し出し、民に向けての教養講座などの開催、役所の手続きなどをすることができる。もちろん、神に祈りをささげることもできるのだが、この国においての神殿は公共施設であり、地域のコミュニティーの場として活用されている面が強い。
神殿を横目に通り抜けると、王城の中央門に辿りつく。とても簡単なつくりであり、他国から攻めやすそうに見られるかもしれないが、この形は万が一、魔獣が城下町に入り込んだ際に民が王城に逃げ込みやすいようにと一応考えられて作ってある。ノーブル王国の魔獣出現率はこの辺りではとても有名で、この土地を欲しがるものがいないからこその作りだ。
「シンシア姫様、ご無事のお戻りなによりです」
「ありがと、あなたたちもお疲れ様」
門兵と言葉を交わしてから、王城帰還組も解散し、各々の宿舎へと向かっていく。シンシアはそれも最後まで見届けると、メリアを連れて自分も自室を目指した。