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黄昏のG   作者: 裏山おもて
1章 胎動
9/73

 

 人間、どんなことにも慣れるもんだな。



 ユウトはベッドに寝転びながら窓の外を眺めていた。


 レイト家にいた頃は小屋のなかが世界のすべてだった。家の本館にも、ましてや外に出ることなんてほとんどなかった。知識はすべて本で補い、物をつくることにしか興味はなかった。ほかの人の生活や、騒がしい露店街のことなんて気にしたこともなかった。


 靴を磨いて過ごす日々は、もう六年も続いている。

 ジルに拾ってもらった最初の頃は、この部屋に籠って泣いてばかりだった。捨てられた理由もわからず、魔法も使えず、死ぬしかないとも思っていた。

 そんなユウトに、ジルは『甘ったれるな』と怒鳴りつづけた。栄養のある食事を毎日欠かさず出してくれながら。


 ジルの左脚は、義足だ。

 もしそうでなかったら、ユウトはこうしてジルと共に暮らしてなかったかもしれない。足を失い、ろくに走ることもできなくなった男の『甘えるな』は、ユウトのなかで大きく響いた。

 本当なら高価なはずの義手を無償でつけてくれて、メンテナンスも続けてくれている。装備屋なんてやってても決して稼ぎは多くないはずなのに、誰かの役に立つものを造りつづけるジルの背中を見て、ユウトも立ち直ったのだった。

 口は悪いけど、いつかこんなふうになりたいと思いながら。


「まああの筋肉は無理だけど」


 ジルの体格と自分の体格をくらべて、苦笑した。

 いまは靴磨きをして毎日を生きている。いずれはジルのように、装備品や義肢をつくることができたらいいなと思っていた。

 義手があったから、ユウトは生きてこられたから。


「……義手か」


 ベッドの横に置いている義手を眺める。

 銀色の義手は窓から差し込む星の明かりを反射していた。

 そしてその隣には、鈍色に輝く黒い鋼の義手。


「誰がくれたんだろ」


 手紙に書かれていた差出人の名は、『G』の一文字。

 誰かもわからないから、怪しくてつける気にならない。ジルにも着けるなと言われていた。

 それに不思議なのはユウトの右腕についてる接合器と、義手の接合部分のサイズがぴったり合うことだった。そんなことジルしか知らないはずなのに。

 ……本当にジルじゃないんだろうか。

 じっと黒い義手を見つめながら、ユウトはゆっくりと眠りに落ちていった。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



 目が覚めたとき、感じたのは違和感だった。

 いつもはジルの怒鳴り声が目覚ましがわりだ。店が休みの日でも早起きのジルは、朝食をつくるとすぐに起こしてくる。

 自分で目を覚ましたのはいつぶりだろう。

 もう陽がのぼっているのに、やけに静かな階下。

 腕に義手を着けてから階段を降りる。


「お師匠?」


 返事がない。

 キッチンが備わっているリビングには、誰もいなかった。

 朝食をつくった形跡はない。ジルの寝床である部屋の隅のソファにも、誰も寝ていなかった。

 嫌な予感がする。

 入口の扉は鍵がかかっていた。

 ハッとして、店へと続く扉を開けた。


「お師匠!」


 ジルが床に横たわっていた。

 頭に血を滲ませて仰向けに倒れていた。どこかに強くぶつけたのか、左足の義足が折れてしまっている。

 ユウトが慌てて駆け寄ると、ジルは小さく呻いた。


「……ユウトか……」

「動かないで! 止血する!」

「バカにすんな……これくらい屁でもねえ」


 ジルは額の血をぬぐって、上半身を起き上らせる。

 ひしゃげた自分の義足を眺めてため息をついた。


「もっと強度のある鉄を打たねえとな」

「ねえ、なにがあったの?」

「なんでもねえよ」


 ふん、とそっぽを向くジル。

 なんでもないなんでもない。なにかあったとき、いつでもジルはそう言う。

 でもさすがに嘘と知ってて鵜呑みにできるほど、ユウトは素直じゃなかった。そんなふうにジルに育てられた覚えはない。

 言う気がないのなら、見つけるだけだ。


 ユウトは周りを見回す。

 店の入り口が半分開いていた。街の喧騒がすこしだけ聞こえてくる。

 売られている装備品は何もなくなってなかったけど、店に併設されている工房への扉が開いていた。

 すぐに工房のなかを覗いたユウトは、険しい表情をつくってジルに問う。


「鉄は?」

「……ふん」


 工房のなかに保管してある鉱石や加工鉄の塊がなくなっていた。そのかわりに工房の机に置いてあったのはほんのわずかな金だった。

 パンひとつも買えやしないほどの、些末な貨幣。

 ジルは視線を逸らしたまま返事をしなかった。

 さすがのユウトでも、なにがあったのかすぐにわかった。


「……取り返してくる」

「待て」


 部屋を出ようとしたユウトの腕を、ジルが掴む。


「おめえの出番はねえ。おとなしく引っ込んでろ」

「……できない」

「おいユウト!」


 ジルの腕を振り払って、リビングに戻る。

 深緑色の外套を身に纏って家を飛び出した。

 街のなかを一直線に進む。


 腹の底からふつふつと湧き上がるものを抑えられず、次第に足が速くなる。

 許せなかった。

 決して裕福でもない。決して稼ぎがあるわけでもない。街の隅で小さな店を営んで、客なんてほとんど来ることもない。たまに兵士が装備品を買いに来たと思えば、値切れるだけ値切って買っていく。

 ジルはそれでも、金のことには愚痴ひとつ零さずにユウトの世話を焼き続けてくれていた。


 それなのに奪おうと言うのか。

 都市の中心に掲げられている旗がユウトの背中を押していた。

 ユウトが足を踏み入れたのは、最近できたばかりの大きな建物。


『ラ・セル商会』


 そう看板が掲げられていた。

 扉を開けると、広いロビーがあった。

 受付の女性が訝しげにこっちを見た。ロビーにいた何人かも振り返る。


「ここは、こどもの来るところじゃないですよ?」


 受付の女性が優しく諭そうとしてくる。

 ユウトは左右に視線を走らせていた。


「――いた」


 階段のところに、見覚えのある男がいた。

 黒い外套を羽織った男だ。すぐそばにいるもう一人が、なにか大きな荷物を抱えている。やけに大きな布で包んだ何かだった。

 そいつはユウトの顔を見ると、こっちに向かってきた。


「……なにか用かな」

「返せよ」

「なにを?」

「返せよ!」


 ユウトは男の胸ぐらをつかむ。

 男は眉ひとつ動かさずに、淡々と言い捨てた。


「いま言われなかったかな? ここ(・・)は、こどもの来るところではない」

「いいから返せよ!」

「黙れ」


 男は右手をユウトのこめかみにそっと沿えた。

 つぎの瞬間、ユウトの体が吹き飛んだ。

 爆発のような衝撃に弾かれたユウトは、大きく飛ばされて床に転がる。

 こめかみが焼けるように痛かった。


「いきなり何をする。無礼なガキだ」

「っぐ……無礼もなにも、おまえらが、ジルさんの鉄を盗ったんだろ!」


 ユウトの視線の先には大きな荷物。

 男はその荷物をちらりと振り返って、薄く嗤った。


「失礼な。我々は買ったのだ。適性な価格でな」

「うそつけ!」


 ユウトは右手の拳――義手を強く握りしめて、跳びかかった。

 大振りの拳は簡単に読まれてしまう。男は半歩下がってユウトの拳を避けると、自分の右手をまたユウトの顔にかざした。


「【閃の衝撃】」


 男の手のひらから、空気が破裂するような衝撃が生まれた。

 ふたたび吹き飛ばされるユウト。

 固い床を転がると、痛みに呻く。

 顔面に直撃したせいか額から血が出ていた。


「……くそっ……!」


 脳を揺らされたからか、まともに立てない。ぐらりと体勢を崩して倒れ込む。

 視界が歪んでいた。


「脆弱なガキだな」


 奥歯を噛みしめる。

 なにもできない。


「魔法も使えないくせに粋がるな」


 男が右手でユウトの義手を掴んで持ち上げる。

 ぼんやりと歪んだユウトの視界で、男は睨むようにユウトと目を合わせた。


「自分の物も守れない半端者に、この世界で好きに生きる資格はない。そうは思わないか?」

「……かえ、せ」

「【閃の衝撃】」


 男が唱えた魔法は、ユウトの腕を文字通り吹き飛ばした。

 金属の腕がひしゃげて床に転がる。


「う、あ……」


 この腕はジルがくれたものだった。

 貴重な鉄を使って、無償で着けてくれたものだった。

 本物の腕とおなじくらい大事にしようと誓った。

 それなのに。


「うああああっ!」


 床に転がった義手を、這ってでも取りに行こうとする。

 そんなユウトの行く手を遮って立った男。


「返せだと? そんな偉そうな口を叩くなら喧嘩の仕方を学んでから来い。礼儀知らずで力足らずなど反吐が出る。自分の力でなんでもできると思い込んでいたなら身の程を知れ。貴様のようなガキは何もできないまま搾取される側の人間だ。誰も見向きはしない。誰も貴様を救えない。それでも返して欲しいというなら、これくらいは返してやろう」


 男は落ちた義手を拾って、ユウトの右腕に無理やりねじ込んだ。

 激痛が走る。


「がああああっ!?」

「耳障りだ」


 男が最後に放った衝撃波はユウトの体を直撃した。

 なすすべもなく吹き飛ばされ、壁に激突する。

 硬い床の感触を頬で味わいながら、ユウトは歯を食いしばった。


 何もできなかった。

 悔しい。

 悔しい……!


 ゆっくりと意識が遠のいていく。

 部屋には男の冷たい声だけが響き渡った。


「おい、誰か外に放っておけ」





 ユウトは喧騒に溢れる街の路地裏で気を失っていた。

 その頬に、涙を流しながら。


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