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黄昏のG   作者: 裏山おもて
6章 楽園都市
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 麻薬。


 一部の植物や菌類から採れる成分のひとつを、そう呼ぶらしい。

 摂取すると体の様々な部位に影響を与え、強壮作用、幻覚作用、麻痺などを引き起こすことがあるという。脳内物質を分泌させて一時的な幸福感が得られるが副作用が強く、なにより特徴的なのは強い中毒症状が発現するのだという。

 ひとときの夢を魅させ、徐々に体を蝕む魔手――それが麻薬。


「そんなものが配給の食料に混入してるのか?」

「ええ。ほとんどの都市では、所持するだけで重罪になるほどの物です。それが配給品のなかにそれなりの濃度で混ざっているようで」


 シンクがテーブルに置いたパンを見て訝しんだ。

 ごくふつうの食料にしかみえない。


「ていうか、これどうしたの?」

「路地裏で取引して譲ってもらいました。少し分析したところ、二種類の異物が混入されているようでした。ナノマシン解析で一つは判明し、大麻由来のTHCが検出されましたがもう一つは不明です。おそらく科学時代に流通していた薬物ではないので、そうなると魔法世紀以降の現代薬物になるのですが……しかしこの都市がそんなものを開発しているとは思いません。少なくともそれなりの規模のラボと農園が必要ですし、なにより配給食糧に混入している意味が――」

「ちょ、ちょっと待って」


 話がどんどん進んでいくので、ひとまず頭を整理する。


「とにかくこの配給のパンには、麻薬っていうものが入っていて、そのせいで都市民が中毒症状を起こしているってことだよね」

「はい。定期的に摂取しないと幻覚を引き起こす、依存性の強いものが。この都市の異様な雰囲気もそれで説明がつきます」


 恐ろしいほどの静寂が支配する街。

 すでに陽が昇っているにも関わらず、ほとんどの都市民が眠りについたまま。そんなことで都市機能が働いているのかどうかもわからないが、とにかく一つ言えることは。


「『楽園都市』か……」


 さすがのユウトでも、その意味の恐ろしさがわかった。

 薬による一時的な幸福感と意識の酩酊。そして中毒性。毛布をかけられて大人しく眠っている少女が、初対面にも関わらずユウトたちに何の警戒心も抱かなかったのは単に性格の問題ではないのだろう。明らかに社会性や危機管理が逸脱しているうえに、食料を摂らなければ幻覚や自傷行為を誘発するのだ。

 ……こんなことで、まともな生活が送れるとは思えない。


「もちろん薬の耐性や社会活動に個人差はあるでしょうけど、それにしても都市経営が破綻しているとしか思えませんね。倫理的な観点から見ても、すぐにでも王族――ないしはそれに準ずる責任者との対話が必要だと思われます」

「それは同感だ」


 このまま外街にいても情報収集ができるとは思えないし、なによりこんな状態の都市民が大勢いると考えると放っておけなかった。


 確実に、ゆっくりと破滅へ向かっている都市だ。

 救えるかもしれないのに、救わないなんて選択肢はない。

 ユウトは目を閉じて、強く拳を握った。


「では、準備を済ませたら都市内部へ向かいましょう。夜のうちに見回ったところ、内壁はひとつ。農園区画と貴族街が囲まれているようでしたが、衛兵はとくにいませんでした。外敵の来訪など予想もしていないようですね。簡単に越えられそうです」

「わかった。レイもそれでいいか?」


 それまで大人しく話を聞いていたレイに問いかける。

 レイは膝を抱えて座ったまま、目を閉じていた。


「……レイ?」


 眠っているのかと思った。

 でも、どうやら様子がおかしい。

 顔が赤い。呼吸も荒くなっている。ユウトたちに悟られないためか、顔を伏せていたせいでわからなかった。


「うわ、すごい熱」


 額に手を当てたユウトが顔をしかめた。


「レイ、話せるか? どこか痛いところは?」

「……平気、よ……」


 立ち上がろうとしたレイが、ふらりとよろめく。

 とっさに体を支える。やけに体が軽かった。


「無理するな。横になってろよ」


 ユウトとレイ自身の毛布を二枚重ねて寝かせる。

 そういえば、数日前から少し調子が悪かったようだった。なんとなく察してはいたが、まさかここまで悪化しているとは。


「もしかして僕の風邪、移ったのかな」

「レイさん、お水を」


 ユウトの杞憂をわざと聞き逃して、シンクがレイの口元に水を近づける。ひと口だけ水を飲んだレイは薄目でユウトを見上げて、


「……私は、鎧獣よ……人間の風邪なんて移らないわ」


 ハッキリとそう言ってから、力なく横になったまま目を閉じたレイ。

 苦しそうな呼吸を見ているだけでわかる。

 いまのはユウトを気遣った嘘だ。

 レイは確かに鎧獣だ。樹氷を食べることができるし、鎧獣のネットワークを受信することができる。

 だが人間でもあるのだ。人間と同じ構造で、人間と同じ程度の知性を持っている。体が同じと言うことは、同じように風邪もひくだろう。タイミングもユウトが風邪を引いた直後だ。これで移ってないなんて言っても誰が信じるのだろう。

 あからさますぎる嘘だった。


「何か食べたいものはあるか? エネルギーを摂らないと治らないし。樹氷は……やめたほうがいいかな。冷たいし寒いだろ」

「ではスープを作ってきますね。ユウトはレイさんを看ててあげてください」


 シンクがリビングに行った。

 ユウトの時のように、シンクがナノマシンを投与するのは選択肢にない。さすがにナノマシンはシンク専用だった。あれで悪化して、夜中に生死の境目をさまよったのだ。シンクは頑として譲らないが、ナノマシンの治癒の効果はなかったと確信してる。

 とはいえ薬もないし、せいぜいしっかり食べて体力をつけることだけだ。都市の問題はひとまず後回しにするしかないだろう。

 毛布にくるまるレイが、さらに身をちぢめた。


「寒いのか?」


 問いかけには答えなかったが、体の震えを見る限りそうだろう。

 三枚ある毛布の一枚は、倒れた少女に使っている。残りをレイに使っているが、他に寒さを凌ぐ道具はない。

 となると。


「……。」


 思い返えすまでもなく、外界の旅は極寒だ。

 穴の中で寝ると風は防げるが、そもそも氷の中で寝るのだ。防寒具と毛布だけじゃ凍傷を負ってしまうため、必ず三人で身を寄せ合って寝ていた。恥ずかしくて口に出せなかったが、シンクとレイと体温を共有するのはとても暖かく、なおかつ安心だった。

 最初の頃は暗い穴のなかで寝るだけでも不安で仕方がなかった。外敵は寒さだけじゃなく、自分の心とも戦う必要があったのだ。

 それでもここまで旅をしてこれたのは、シンクが無理やりにでも一緒に寝ることを決めたからだ。


「おまえにだって、必要な時もあるもんな」


 ユウトは少し迷ったあと、横になり、震えるレイの体を後ろから抱きしめた。


「……ユウ……ト?」


 思ったより小さな体だ。頼りないほど華奢な体だった。

 毛布越しに伝わったのは、ただそれだけの感覚。

 軽く衝撃を受けた。

 ……こんなの、ただの寒さに震える少女じゃないか。

 鎧獣だとか人間だとか、あれこれ考えていたのがバカみたいだ。

 そんなこともわからずに憎いとか憎くないとか悩んでいたのか。目の前にいる少女のことをちゃんと見もせずに、考えようともせずに、ミンファの仇だと思い込んで、気を許さないように警戒して、それがミンファのことを大事に思っていた証拠になるとでも考えて。


 ……バカじゃないのか。


 レイに罪はなかった。そんなこと最初から理解していたのに。こうやって自分から抱きしめてみるまで、存在自体がまるで恐ろしいものでもあるかのように錯覚して。

 自分が恥ずかしくなる。


「……ごめん……」


 ユウト自身、それもわかっていたはずだった。

 認めたくなかったのだ。憎める相手が欲しかっただけだ。誰かのせいにして、責任から逃げたかっただけだ。


 レイはそんなユウトの心を見抜いていた。おそらく、感覚を共有するまでもなく。だから憎いと思う感情がレイに向くたびに、どこか悲しそうな表情になっていた。レイは歩み寄ろうとしていたのに、それをユウトが拒絶するから。

 最初から、レイはユウトをただのユウトとして見ていたのに。


「ごめんな……レイ」


 その優しさに、いままで甘えていた。

 こうやって抱きしめるまで、きちんと自覚できなかった。

 レイは深く息を吸って、毛布のなかでもぞもぞと動いてユウトに体を向けた。

 赤く上気した顔を、その額をユウトの胸に押しつけて。


「……ユウト、ありがとう。とても暖かいわ」


 いつのまにかレイの震えは止まっていた。

 二人分の体温がユウトも包み込んでいた。自分が必要だと思ったから、ただレイを温めるためにやったことなのに、ユウトにもその暖かさが伝わってくる。

 ……そうだ。

 本当はそういうことなのだ。


「レイ」

「なにかしら」


 本当なら、旅をする前にわかっていなければならなかった。レイやシンクは当然のようにわかっていたはずだ。ユウトが子どもだっただけだ。ただそれだけの話。


「これからは、ちゃんと向き合うから」

「……そう」


 返事は短く、そっけなかった。

 でもユウトの感情は伝わっただろう。 

 レイはユウトの腕のなかで、すぐに寝息をたてはじめた。

 いままで何度もみたレイの寝顔。

 だけど少しだけ、いままでとは違って見えた。




「お待たせしました。スープができまし――」


 シンクがスープの皿を抱えて部屋に戻ると、すやすやと眠るユウトとレイの姿を見えてとっさに口を閉じた。

 抱き合って眠る二人はとても健やかで、安心しきった表情をしていた。

 いままでとは違う深い眠りだ。旅をしてから初めてユウトが心から安らいでいるのがわかって、シンクはつい微笑んだ。


 スープ皿を置いてユウトの頭を撫でる。

 長くて透き通った白い髪。

 その髪の滑らかな感覚を指先で感じながら、彼女(・・)は小さくこぼした。


「少し大きくなりましたね……お兄ちゃん」



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