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黄昏のG   作者: 裏山おもて
6章 楽園都市
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 空き家を見つけて、中に入った。


 家具も何もない家だった。しばらく人の出入りが無かったのだろう。キッチンのそばに積もったホコリを払い、外套を脱いで荷物を置く。

 幸い水道は生きていた。泊まる場所どころか声をかける人すらほとんど見当たらなかったので、少し申し訳ないが拝借する。


 夜はすでに帳を落としていた。

 固形燃料に火をつけて、灯りと調理を同時に賄った。


「そろそろどこかで食料を調達したいですね」

「そうだね。さすがに尽きそうだ」


 布袋に入ってたパンもあとわずか。肉の保存食を除けば食材も殆ど残ってなかった。

 とはいえこの都市の通貨もなければ、市場も見かけていない。希望があるとすれば道中で見かけたパン屋くらいなものだ。

 せっかくの都市なのに、ひもじい気分になる。


「今晩は早めに寝ましょう。凍える心配もないですから」

「うん。久々にゆったり寝られるし」


 氷の世界では、いつも三人で一つの毛布にくるまっている。手足を伸ばすことはできなかった。


「いいんですよ今日も一緒に寝ても。そろそろ慣れてきたでしょう?」

「慣れるわけないだろ」

「どうしてです?」

「どうしてって……」


 思わず顔を逸らす。

 アンドロイドや鎧獣とはいえ見た目は美少女。ぴたりと密着して寝るなんて、心が休まるはずもない。

 シンクもそれをわかっててからかってくるのだ。


「どうしてですかね? 教えてくれないとわからないですよ。ねえレイさん?」

「……ええ、そうね」


 レイはどこかぼんやりした反応だった。

 いつもならここぞとばかりに「心拍数が上がってるわ」と拍車をかけるのに、今日は随分と大人しい。

 眠いのだろうか。


「ところで恥ずかしがり屋さんのユウトにひとつお聞きしたいのですが、ユウトは恋をしたことはあるのですか?」

「恋? さあ、わからないな」


 思い浮かぶ相手はいなかった。

 右腕を切り落とされる前は、仲の良い相手なんて妹のレイラくらいだった。ジルのところで育っているときは毎日の生活に必死でそれどころじゃなかった。初めてできた友達のミンファとメリダは、好きだったけれどそういう感情じゃなかったと思う。


「そうですか。では、これからですかね」

「そんなものあるとは思えないけどな」


 世界樹を目指した旅路だ。

 そんな相手も、余裕もあるとは到底考えられない。


「わかりませんよ。何があるかわからないのがこの世界です」

「そういうシンクはどうなんだ? アンドロイドでも心はあるんだろ? 恋とかするんじゃないのか?」


 そう、たとえば爽やかな凄腕の剣士とかに。


「私ですか? もちろん、生まれたときからユウトに恋をしていますよ」

「いやそういうんじゃなくて」


 そもそもシンクが生まれたのはユウトが存在しなかった時代だ。

 それに、ユウトが【黑腕】の持ち主だったからユウトを支えるようにプログラムされた、と本人も言っていた。たとえヒスイが言っていたように、そこに多少のバグが生じて愛と呼べる何かになっていたとしても、結局それはプログラムがあったからだろう。

 世界樹を破壊するために生まれた人工生命体。

 それゆえの、定められた道なのだ。


「もちろん、恋愛対象としてユウトを見ているわけじゃありませんよ。そもそも私には自己完結型遺伝子しか搭載されておりませんから、繁殖行為に対する欲求もないですし」

「は、繁殖って……」

「いわゆるセックスです。男女のもつれ、夜の営みのことです」

「わかってるって! みなまで言うな!」


 つい声を荒げてしまう。

 シンクはくすりと笑った。


「ですから私はユウトに恋をしていますが、そういうものではないので安心してください。前にも申し上げましたが、母親が息子に恋をするように、娘が父親に恋をするように、そういう類の恋なのです。形にならないものなのです」


 達観したようなセリフだ。

 それを恋と呼んでいいかはわからなかったが、否定はできなかった。ユウトには経験したことのない想いに違いない。


「ところでレイさんは恋をしたことがありますか?」

「わからないわ。恋がなにかわからないから」

「それもそうですね。言語化は難しいですし、ニュアンスになりますので教えることも難しいですね。物語を読んでいれば別ですが」

「文字はあまり読めないわ。人間ならみんなすることなのかしら」

「人にもよりますけど、ほとんどの方は経験します。ロマンスは人類に限らず、多くの生物が経験する事柄ですよ?」


 どこか遠い視線で、調理の火を見つめるシンク。


「もし私が普通の少女だったら、そういう恋に憧れていたかもしれません」

「……シンクも、人間になりたかったのかしら」


 レイがシンクをじっと見つめた。


「そうですね。この世界が平和で暖かな星だったら、それも良かったかもしれません。普通に生まれて、親やきょうだいと喧嘩して、ユウトに出会って恋をして、たくさん笑ったり泣いたりして暮らしていたかもしれませんね」

「でも現実でのあなたは造られた命よ。それは、叶わないわ」

「わかっています。ですから、貴女がうらやましいですよレイさん」

「……なぜ?」

「貴女は人間になれるからです」


 シンクは強く断言した。

 その言葉に、レイは目を少し見開いた。


「確かに貴女は鎧獣から生まれ、鎧獣の仲間として育ちました。ですがその反面、人間と同じ身体機能を持ち人間と同じように過ごすことができます。心もまた、人間になることを求めている」

「でも、本当は鎧獣よ」

「それがどうしたのですか? 人間として産まれて来ても、人間として生きることを捨てた者などたくさんいます。そんな人たちより貴女はずっと人間らしいです。私は、自分が死なないことをわかっています。それゆえ自らが傷つくことを避けません。そんな心を持った者は人間になることはないのです。やはり人形と同じなのです」


 シンクは憂いているわけでもなく、ただ冷静に自分を見つめていた。

 自らが傷つくことを厭わない。

 それはユウトも、ヒスイとの戦いで強く感じていた。彼女たちは無尽蔵の回復能力があるゆえに、生物としての本能を捨ててしまっているのだ。


「ですからレイさん。貴女には期待してるんですよ?」

「なにを、かしら」

「色々です。色々」


 にっこりと微笑むシンクに、戸惑ったように視線を下げるレイ。

 そうしている間にもパンは焼けて、スープができあがった。

 ユウトが食べている間、シンクとレイはそのまま話を続けていた。シンクはレイが何を考えているのか、深く理解しようとしているようだった。真摯に、熱心に話をしている。

 シンクはユウトだけじゃなく、レイにも優しさを見せる。レイが【白眼】の持ち主だからというのもあるだろうが、この旅を初めて少しずつ情が移ってきたのかもしれない。


 ユウトにとってのレイは、どういう存在なのだろう。

 鎧獣は嫌いだ。だが、レイを疎ましいと思わなくなっていた。諦めたのか、それとも他に理由があるのかはわからない。何度も助けられたから、感謝している部分もある。


 食事と歓談が終わると、備わっていた風呂に順番に入った。

 この都市は豊富な水があるようで久々に思い切り体を流せた。これにはレイが一番喜んでいた。


 髪を乾かしてから、奥の部屋に毛布を敷いて寝る。部屋は少ないから三人同じ部屋だが、もちろんかたまって寝る必要がないので自由に寝転がった。


「さて、灯りを消しますね」


 固形燃料に蓋をすると、窓から差し込む月明かりだけになる。

 世界樹の穴に顔を出した月。

 月には何か模様のようなものが見える。その模様は、故郷で見てもこの都市で見ても、まったく同じように見えるのだ。

 こんなに離れた場所でも同じだなんて、不思議だ。

 ユウトはそう思いながら眠りについたのだった。






 カタリ、と物音が聞こえたのは深夜。

 静寂が包むなかで目を覚ましたユウトは、何かの気配を感じて窓の外を眺める。

 隣でレイがぐっすりと寝ているが、シンクの姿はない。


「……シンク?」


 シンクが外に出たと思い、立ち上がる。

 窓の外は細い路地だ。灰色の石畳だけがまっすぐ伸びるなんの変哲もない道。

 そこに、少女がうずくまっていた。

 小柄な少女だった。シンクではない。

 その少女にどこか見覚えがある気がして、目を凝らす。

 月明かりが横顔を照らした。


「ミンファ……!?」


 いや、違う。

 ミンファより少し痩せている。でも、確かに似ていた。

 ユウトはとっさに家の外に出て、路地に回った。

 ミンファに似ている少女は路地で震えていた。

 どこか怪我をしているのか――そう思ったが、彼女は自分の喉をかきむしっていた。


「なにしてるんだ!」


 爪が血で滲んでいた。

 とっさに少女の手を掴み、押さえつける。

 少女は焦点の定まらない目で空を見上げ、うわごとのように呟いていた。


「いやだ……わたしの……かえして……いやだ……」

「っくそ! 力が強い……!」


 かなり腕に力を込めていても引き剥がされそうになる。

 少しばかりの魂威変質を使って、やっと拘束する。

 誰かに見られたら勘違いされそうな状況だった。かといって離せば自傷行為を再開するだろう。


 やきもきしながら、それから少女が気を失うまでの数分間、ユウトは彼女を押さえつけていた。

 とはいえ沈黙した街にユウトと少女の声が響いても、機動隊どころか誰かが様子を見に来ることもなく、ただ風の音だけがユウトたちを眺めていた。


「なにをしているのかしら」


 少女が大人しくなってから、ようやく異変に気付いてレイが起きてきた。家の窓を開けて、眠そうにあくびをしていた。


「ちょっと手伝ってくれると助かるんだけど」


 ユウトは事情を説明しながら確信していた。

 この街は、どこかがおかしい。



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