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黄昏のG   作者: 裏山おもて
6章 楽園都市
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「見えました。おそらくあれが『楽園都市』です」


 砕氷駆動車を十二日ほど走らせて辿り着いたのは、一見して普通の要塞都市だった。

 暖域の広さはエヴァノートと同じくらいだが、外壁に囲まれた都市自体は小さい。岩窟都市のように土地が高地にあるわけでもなく、外からは灰色の合成石の壁とそびえ立つ塔が見えるだけのごく普通の要塞都市だ。

 都市旗は白背景に赤色の十字が描かれている簡素な旗だった。


「……あまり良い予感はしませんね」


 砕氷駆動車は暖域へと踏み入れた。樹氷片のないなだらかな土の地面になり、振動がぐっと減った。

 速度をゆるめて壁に近づいていくと、シンクが旗を眺めて顔をしかめた。


「どうして?」

「科学の時代、あの旗は〝医療の象徴〟でした。もしその理念を背負っている都市だとすれば、もっとその名を聞いてもいいはずなのですが……」

「たまたま似てるだけかも。科学時代に生きていた人間なんてここにはいなかったかもしれないし」

「そうですね。考えすぎても仕方ありません」


 門を探して外壁をぐるりと回っていく。

 壁上に見張りの兵士はいるものの、合図の旗を振ったりはせずに遠くを見ているようだった。

 そもそも、ユウトたちに気付いている様子もない。


「おかしいですね……門が見当たりません」


 たしかに変だった。

 ぐるりと回って一周。灰色の壁には門がなく、出入りができなくなっていた。これはさすがに不可解だ。


「あのー! すみませーん!」


 シンクが壁上に立つ兵士に声をかける。

 だが、兵士はどこか別の方向を見ているのかこちらの声に反応する気配がない。

 壁の高さはあるが、他に音もない壁外だ。声が聞こえてないわけじゃないだろうに。


「歓迎はされていないようですね。レイさん、中の様子を伺えますか?」

「え、ええ……わかったわ」


 レイもぼうっとしていたのか、少し反応が遅れてうなずいた。

 義眼がほのかに輝き、ユウトたちの脳に直接映像が流れ込んでくる。


 見えたのは地味な都市だった。

 兵士の視点だろうか。壁の上から見た街には、合成石の家が規律よく並んでいる。中にもうひとつ壁があり、その向こうに塔が建っている。だが城がある様子もなく、内壁の内側も同じような合成石の家がずらりと並ぶ。塔の向こうに唯一の農業地区が見えた。


 視点が切り替わる。

 街の中も殺風景だった。

 見回りの兵士だろうか、武器を手に石畳みの道を巡回している。昼間なのに通行人がほとんどおらず、姿が見えるのは貧困層の者だろうか、ボロ布を纏ったような男が数人道端で座り込んでいるくらいだ。彼らはなにかしきりにブツブツとつぶやいている。


 視点が切り替わる。

 農業地区の人間だろうか。土の畑を耕している。周囲を見ることなく、ただ一心に畑を耕しているのが視点からわかる。音も彼が土に鍬を突き立てる音しか聞こえてこない。

 

 そのほかの視点も似たようなもので、賑やかさとは程遠いものだった。

 活気のない街だ。


「もういいです。ありがとうございますレイさん」

「ええ。でも、ネットワークが開いてる人間が少ないわね」

「理由は探れますか?」

「少し待って。……わかったわ。おそらく、みんな寝ているわね。ネットワークが閉じたり開いたりする人間が相当数いるから、深い睡眠ではないようだけれど」

「こんな昼間からですか?」


 シンクが驚いたように空を見上げる。

 太陽はまだ頂上にいる。ちょうど正午に差し掛かったころだろう。


「この街の人間は夜行性なのかもしれないわね」

「そんなまさか。夜行性生物への進化は、世界樹時代の到来とともにとっくに断絶したはずです。それを人間が遂げるなんてあり得ません」

「この街の人たちの生活リズムはおいといてさ、僕らはどうすんの?」


 見かねたユウトが口を挟んだ。

 問題はむしろこれだ。

 さすがにこの都市で情報を仕入れなければ、この先の旅路が不安すぎる。

 シンクが壁を見上げた。


「門がない以上は登るしかないでしょう。いくらなんでもユウトの〝ブレード〟で壁に穴を開けるわけにはいかないでしょうし」

「……登る?」


 耳を疑った。

 こんな高い壁をよじ登るなんて人間には無理だろう。それこそ壁を歩く魔法でも使えない限りは。


「たしかに私たちは魔法を使えませんが、持っているもので工夫することはできます」


 なにやらアイデアがあるようだった。







 昔から、何かを作るのが好きだった。

 幼い頃に使えた創造魔法は、材質や性質、形などを細かくイメージできていればなんだって創りだせた。物だけでなく他人の魔法まで再現できる万能ぶりだ。

 今になってその利便性は理解できたが、とにかく物を創るのが好きだといってもこれは想定外だった。


「……まさか樹氷を利用するなんてな」


 暖域の外に落ちている樹氷片。

 大きいものであれば、降ってきたままの形で地面に突き立っている。

 それを〝ブレード・ギア〟で切りだして、杭のような形にした。

 杭状になった樹氷を、シンクが壁に投げて突き刺した。

 衝撃を与えられた樹氷片は、外壁に感染して氷と化す。

 杭の部分は壁に刺さったまま、まるで足場のように壁から出っ張っている。ユウトたちはその足場を踏み台に跳んで、壁の上まで登った。


「でもいいのか? こんな真似して」

「あとでちゃんと樹氷成分だけ吸収しますよ。元に戻ります……ある程度は、ですが」


 悪びれた様子もなく、シンクは街を眺めていた。

 まあ外壁の一部分が欠けるくらいなら、とユウトも視線を移す。

 灰色の規律正しい街並が眼下に広がっていた。


「でもさ、本当にここ大丈夫なのか?」


 壁上には兵士がいる。ユウトたちからさほど離れていない場所にも兵士は立っているのだ。

 だが、彼らは何をするわけでもなく壁の外を眺めている。こちらに関心を持っていないし、むしろ気付いているのかも怪しい。

 あれは一体なんなのだろう。


「なんか、変だよな」

「そうですね……でも意識はあるみたいなので放っておきましょう。こちらも許可なく都市に潜入している身なので、騒ぎにはしたくありませんし」


 そう言って近くの階段から降りていく。

 たまたまあの兵士が寝不足だということはないだろうが、シンクの言う通りこちらに気付かないならそれに越したことはない。

 そそくさと後に続いて都市へ降りていく。


 階段を下るとすぐに住宅街だった。

 やはり人の姿はほとんどなく、閑静な街という印象だった。時折街の人とすれ違うもののこちらを気にする様子もなく自由に街を歩けた。

 外壁に扉がない以上、他の要塞都市との交流はないのだろう。警戒心が薄かった。

 さすがに宿屋はないだろうから、まずは酒場を探すことにした。

 大通りを中心にしばらく歩く。

 雑貨屋はいくつか見つけられたが、酒場がどこにも見当たらない。食料品を売っている店もほとんどなかった。


「酒のない都市ってあるのか?」

「かなり貧しいか、あるいは法律で禁じられてるのかもしれません。となると情報収集が難しくなりますね」


 酔ってる相手なら楽なのですが、とシンクがため息をつく。

 やはり周囲に酒場らしきものはなく、ひとまず休息をとることにしたユウトたちは大通りの途中にある広間のような場所で腰を下ろした。


「ほんと、人の気配が少ないな」

「そうね。まだ寝ている人が多いみたいよ」

「そういえば壁の上から見たとき城っぽいのが見えなかったけど、ここは王様とかいないのかな?」


 都市を運営するうえで、王の役割は重要になるはずだが。


「そうですね。一応建物としては存在しませんでしたが、内側にも防壁がある以上はどこかに都市運営を司っている方々はいるのでしょう。もしかすると、生活基準はすべての都市民が同じなのかもしれません」

「……つまり、貧富の差がないってこと?」

「ええ。エヴァノートの近くにあった小さな都市、覚えてますか?」


 もちろん記憶に新しい。

 質素で謙虚な年老いた王のいた、あの小さな名もない要塞都市。


「あそこと同じような社会制度なのかもしれません。雑貨屋がある以上、ここには通貨が出回っているのでしょう。ただもしかすると、一定の食料や日用品は配給の可能性がありますね」

「……つまり、平等主義ってこと?」

「多少なりともありえるでしょう。家も仕事も都市から受けて、ノルマさえこなせば一定量がもらえる。もちろん贅沢はできませんが、生きていくのに困らない程度には恩恵を受けることができる。そんな都市なのかもです」


 なるほど。水と食料に困らない都市であれば、それも可能か。

 貧富の差がない。

 岩窟都市ではその差が激しく、比較的貧困者が少ないというエヴァノートでも貧民層はある程度いた。

 そう考えれば、ここはかなり理想的な都市に近い気がする。


「……もちろんそうかもしれません。そのかわり、脆弱性も高まりますが」

「それはどういう――」


 詳しく聞こうと思ったとき、レイがユウトの肩を叩いた。

 彼女が指をさしたのは壁の上。

 そこに設置していた鐘が揺らされて、都市に大きく鳴り響いた。


「まさか、樹氷が!?」


 故郷では鐘の音は樹氷嵐の合図だ。

 しかしシンクは首を振る。


「いえ、樹氷嵐の兆候はないですし、そもそも暖域ギリギリまで都市を広げてないので、樹氷嵐が起こっても安全です。何か別の合図かと」

「起床時間みたいよ」


 レイがつぶやいた。

 それからほどなくして、ぞろぞろと周囲の家から人々が出てきた。

 さっきとはうって変わって、大通りに人が溢れかえった。

 がやがやと賑やかになり始める。


「いま起きるのか。変な生活リズムだなあ」

「……そうですね。それと、おそらく予想は当たってますね。みなさん同じ方向に進みだしました。手には籠を持ってます。食料配給に向かっているものかと」


 ぞろぞろと都市の中央に向かって歩いていく都市民たち。

 ユウトたちを気にする者はほとんどいなかったが、中には何人かこちらを訝しむ視線で見てくる者もいた。それでも機動隊に通報されることもなさそうだったので、ユウトたちは身を隠さずにじっと座っていた。


「食料配給が終われば、きっと街も賑やかになるでしょう。それまで待ちましょう」

「そうだね。そうしようか」


 ユウトはそううなずきつつも、少し違和感を覚えていた。

 ぞろぞろと街を歩く彼らの表情だ。

 賑やかになっているのは、彼らの足音ばかり。

 街を歩く人々の顔には笑顔が一つもなく、話し声もほとんどなかった。


「……やっぱり変な街だな」


 その予感はすぐ的中することになる。

 食料配給を終えて戻ってきた都市民たちは、家に帰ってくるとまたすぐに寝始めたのだった。

 夕方になり雑貨屋も店を閉め、さっきよりもさらに静寂が増す。

 閉じられた家の扉。薄暗くなり始めた街に、灯りが燈ることはなかった。

 ユウトたちは顔を見合わせる。


「どうなってるんだ?」

「わかりません。いったい、どういうことでしょうか……」


 誰かに話を聞くこともできず、ユウトたちはその静寂を受け入れるしかなかった。


『楽園都市バラギ』


 ここは、戸惑いと静寂の都市。



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