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黄昏のG   作者: 裏山おもて
1章 胎動
6/73

  

 夜は嫌いだった。

 街から灯りが消えて、人々が寝静まる。石でできた灰色の街に冷たい宵闇がおとずれる。誰の声も聞こえないことが恐ろしかった。

 眠れない夜には、窓を開けて空を眺める。

 天を覆いつくす世界樹の氷の枝も、街の真上だけぽっかりと穴があいている。そこから見える星空は、どうにも窮屈な景色だった。

 もし世界樹が消えてなくなれば、きっとこの空は美しくなるだろう。

 夜でも光が溢れる空になるに違いない。

 そんな日が来るなんて想像もできないけど、もしそんな日がやってくることがあるとするなら、その夜は一晩中起きていて、満点の星空を眺めていよう。

 だから、それまでは、夜は嫌いだ。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



「おおい、朝だぞ」


 要塞都市エヴァノートは、陽が昇ると同時に街が活気づきはじめる。


 空を覆う氷のむこうがわに太陽の姿が見えると、都市の中心にある塔に旗が掲げられる。それが街の一日が始まる合図だった。

 エヴァノートの都市旗は、剣と盾を交差させた赤い旗だ。どんな脅威も防ぎ、どんな障害も打ち砕く。そんな武骨な精神を掲げているらしい。

 ほかの要塞都市を見たこともないから、それが普通なのかどうかもわからない。すくなくとも街の一角からその旗を見上げても、闘争心が湧いてくることはなかった。

 もちろん眠気がさめることもない。


「おい! さっさと起きねえかねぼすけユウト!」

「はいはい。起きてるってば!」


 階下から聞こえる怒鳴り声に、眠い目をこすりながら返事をする。


「よいしょ」


 ユウトは左手でベッドの横のテーブルに置いてある銀色の義手(・・)を手に取り、右腕にあてがった。

 肩のすこし先からは、存在しない自分の右腕。

 その代わりになる金属の腕を繋ぎ合わせるこの作業が、一日で一番億劫だった。


「……ん!」


 ガチャリと金属が噛みあわさり、義手は右腕に接合された。腕全体に走る痺れるような痛みに、眠気が一気に吹き飛んだ。


「っくううう……」


 この作業をつづけて、もう六年ほどになる。

 痛みには慣れない。


「おいさっさと飯食え! 仕事行け!」

「もう、わかってるって!」


 せっかちな声に急かされて、ユウトはベッドから飛び降りた。

 狭い部屋から出て階段を下りると、ちいさなテーブルと椅子に窮屈そうに座っていた大男と目が合った。


「まったく、おめえは放っておいたら死ぬまで寝やがる。ほら、さっさと食って片づけろ」

「いただきます、お師匠」

「だから、師匠じゃねえってなんべんも言ってるだろうが」

「いただきますジルさん」


 筋骨隆々の男――ジルは、不機嫌そうに髭を触りながら、器用にフォークを持つユウトの義手を睨んでいた。


「ユウト、腕の調子はどうだ?」

「すこぶるいいよ。最近は湿度も安定してるし痛みもない」

「ならいいが」

「あれ? もしかして心配してくれてる?」

「義手の、だ」

「ふうん。そういうことにしておくよ」


 ユウトが笑うと、ジルは眉を吊り上げた。


「生意気言うようになったな、泣き虫ボウズが」

「お師匠のおかげだよ」

「だから師匠じゃねえ」

「師匠だよ。生意気の師匠」

「ああん? 六年前は泣いてばっかだったくせによ」


 ジルは鼻で笑い飛ばした。


 ――六年前のあの夜。


 父にわけがわからないまま右腕を切り落とされた(・・・・・・・・・・)ユウトは、気が付けばこの家の前に倒れていた。腕を失い、魔法を失い、家を失ったユウトを拾ってくれたのは目の前にいるジルだった。


 この街では珍しい義肢職人のジルは、悪態を吐きながらもユウトの面倒をみてくれた。それからジルの手で義手が造られ、失ったユウトの右腕は鉄の義手になった。


 それから家に置いてもらって一緒に暮らしている。

 妻も子供もいないジルは、口は悪いけどいろんなことを教えてくれた。いままで家の小屋に閉じこもっていたユウトには、この都市のことも世界のことも、知らないことがたくさんあった。

 六年前はまだ、親に捨てられた十歳の子どもだった。


「六年前はまだ子どもだったんだし」

「いまでもガキじゃねえか」

「お師匠にくらべたらそりゃあそうだろうけど」

「なら、俺がおめえをガキ扱いするには十分な理由だろうが」

「むむむ……」


 なかなか口喧嘩で勝てることはない。

 義肢職人とは思えないくらいに負けず嫌いな性格のジルには、口だろうと拳だろうと喧嘩しても敵わなかった。

 黙りこくって朝食を喉にかきこむユウトは、ぜんぶ食べ終わると食器をキッチンに置いて、壁に掛けてあった鞄を手に取った。


「じゃあ、仕事行ってくる」

「ちょっとまて」


 ジルの声に、ユウトは足を止める。


「なに?」

「そろそろその長い髪、切ったほうがいいんじゃねえか?」


 ジルはユウトの髪をうざったそうに眺めた。

 ユウトは鏡を見る。そこに写っていたのは、真っ白な長髪の少年。

 腕を切り落とされた日。

 ユウトの艶のある黒髪は、色が抜け落ちて白色になってしまっていた。

 その白髪を後ろで纏めて背中側に垂らしている。


「動きにくいだろ。切ってやろうか」

「それくらいいいんだ。これは、大事な髪だから」


 ユウトは捨てられた。

 もともとレイト家では厄介者だった。正式な妻ではない母親から生まれて、ずっと隔離されて育ってきた。自分に魔法の才能があることは父に教わったけど、それしか持っていなかった。

 だからユウトは生まれもった以上のものを身に着けさえすれば、家族に認められると信じていろんなことを勉強した。

 それでも、ユウトは魔法を奪われて追い出されてしまった。


 あの夜、すべて失ったはずだった。

 ただひとつだけユウトが残していたのは、妹のレイラが好きだった長い髪だ。レイラとの大事な想い出があるうちは切ることはできなかったのだ。


「……そうか。それなら、何も言わん」

「じゃあ、行ってきます!」


 ユウトは玄関にかけてあった深緑色の外套を羽織ってから、右腕の義手をその内側に隠して街のなかへと飛び出した。


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