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黄昏のG   作者: 裏山おもて
5章 ナノマシンという病魔
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「さっきのひと、親しい知り合いなのか?」


 簡単な身体検査を受けてから解放された。この都市でもシンクの名前は浸透しているらしく、ある程度は敬意をもって対応され、拘束されるようなこともなかった。

 レオンという壮年の剣士の忠告通り、ユウトたちはまずは外壁のそばにある小さな酒場で部屋を借りた。外来客はやはりどこの都市でも珍しいようで、いつもは飲み潰れた客が泊まってくような寂れた宿屋だった。

 小さな酒場ゆえ空き部屋はひとつしかない。ベッドはふたつだけだ。それでも部屋を貸してくれたことに文句は言えないので、ユウトはその代わりシンクに質問をぶつけてみた。

 レオンのことだった。


「元仲間、とでも言いましょうか」


 シンクは荷物を部屋の端に置きつつ、懐かしそうな表情を浮かべた。


「ユウトがまだ生まれる前、少し離れた地域で鎧獣の異常な大量発生があったのです。原因は複巣母体の停留だったのですが、その地域にある都市間で遊撃隊を結成し、複巣母体の討伐に向かったのです。私はちょうどそのとき【五躰】の情報を探るために立ち寄った要塞都市でその遊撃隊に参加し、そこに彼――レオンさんがいたのです」


 そういえばシンクは何度か複巣母体と戦った経験があると言ってたっけ。


「レオンさんは非常に優秀な剣士です。もしエヴァノートに生まれていれば英雄十傑は間違いなかったでしょう。その時はまだ二十歳の青年でしたが、そのときからあんな感じの人でしたね。変わってなくて安心しました」


 ふふふ、と笑顔を浮かべているシンク。

 複巣母体と戦ったその時のことはまったく想像できないが、レオンを信頼していることは伝わってきた。たしかに腕が立ちそうな佇まいだったが、それ以上に彼の澄んだ瞳がユウトの記憶に残った。

 またどこかで会うこともあるだろう。そんな予感がした。


「しかし、そのレオンさんがああ言っていたのです。用心したほうがよさそうですね」

「そうみたいね」


 と、ため息をつくように言葉を漏らしたのはレイ。

 右眼が薄く輝いていた。


「どうかしたのか?」

「どうかしたか聞きたいのは私のほうよ。どうしてこう、ゆっくり休ませてくれないのかしらね」


 肩を落としながら、レイが感覚を繋げてきた。

 脳に流れ込んできたのは数人の視点。ユウトたちがいる酒場をじっと見つめて囲んでいる。だが今すぐ襲って来ようとしているわけでもなさそうだ。武器に手をかけることもなく、誰かの合図を待っているのかじっと身を潜めているようだった。


「……またか」


 理由はわからないが、とにかく狙われているらしい。


「どうするの? ネットワークは展開し終えたから、襲われる前に防げるわ」

「少し様子を見ましょう。監視目的の可能性もありますから。本格的に襲ってくれば反撃もやむを得ませんが、その場合はできればひとり捕らえてください。情報が欲しいです」

「わかったわ」


 レイが見張っててくれるなら安心だ。

 ユウトはベッドに横になった。

 昨日の深夜に起こされてからそれ以来寝ていなかった。寝不足と砕氷駆動車の揺れも相まって、気分が悪かったのだ。


「すまん。僕はちょっと休憩……」


 睡魔を感じる間もなく、ユウトは眠りに落ちた。






 妙な夢を見た。

 氷のない世界の夢だった。

 土色の大地と、緑色の森林と、藍色の空。文献のなかにしか書かれていないような光景が、自分の周りを囲んでいた。陽光は暖かく、風が爽やかに吹き抜ける。

 そこでユウトは泣いていた。

 世界樹はない。鎧獣もいない。それは望んだ世界のはずなのに、ユウトはすべてを失ったかのような悲しみに暮れていた。理由は定かではない。ただ悲しかったのだ。

 赤子のように泣いて、泣いて、ただ泣き続ける。

 そんな夢だった。






 目が覚めたとき、外はまだ暗かった。

 窓辺に灯りを置いたまま、シンクとレイが外を眺めていた。シンクは眠る必要がないから当然として、レイは眠そうな目でぼんやりと窓の外――空を眺めている。


「もう起きたんですか。まだゆっくりしててもよろしいんですよ」

「そうはいかないだろ」


 レイがまだ起きてるってことは、まだ周囲から監視されてるってことだろう。

 仮眠程度の時間だったみたいだけど、意外と頭もすっきりした。


「それよりレイも寝ろよ。見張りは僕とシンクでやる」

「そうわけにいかないわ。これは私の役割だもの」

「でも相当眠そうだぞ」

「これくらいどうってことないわ」


 眠気で閉じかける瞼をこすって起き続けるレイ。


「ユウトの言う通りですよ。まだこちらを見てるだけのようですし、今のうちに寝ておかなければ次はいつ寝られるかわかりませんよ」

「でも私はまだ」

「いいから寝ろって。必要だったら叩き起こすから」

「……わかったわ」


 しぶしぶうなずいて、ユウトと交代でベッドに横になった。

 やはり無理をしていたようで、すぐに寝息をたてはじめた。昨日は一睡もしてなかったから当然だろう。

 レイの無垢な寝顔をちらりと見たシンクが、表情を和らげた。


「思ったより素直な子ですね。もう少し抵抗があると思いましたが、かなり協力的で助かります」

「そうだな。『白眼』は役に立つし」

「そういうことでは……。ユウトはまだ、レイさんのこと嫌いなんですね」

「ああ。鎧獣は嫌いだ」


 ユウトは正直に答えた。ミンファを殺されたこと、エヴァノートの街を壊したこと。決して忘れることはできない。

 レイが直接そうしたわけでも、その意志がなかったことも理解している。それでも単純に割り切れるものじゃなかった。

 鎧獣は嫌いだ。

 何もできなかった自分と同じくらい。


「シンクは嫌いじゃないんだな。鎧獣のこと」

「好きとは言いませんが、嫌いではないですよ。生態のこと、知能のこと、いずれをとっても興味深い相手ですが……それとは別にレイさんのことは好きです。この子には悪意や害意がありませんからね。とても純粋な女の子です」


 慈しむような視線をレイに送っていた。

 確かにシンクの言うことはユウトも実感していた。一度は拷問にかけられた相手の提案をすんなり受け入れて、文句もなく従う。シンクからすれば、レイはどこまでも純粋に映っているのだろう。

 ユウトはレイのそういうところが不気味で理解できないのだ。


「まだ幼子のようなものなんですよ」


 そんなユウトの心を見透かしたようにシンクは言う。


「自分の足で歩き始めたばかりの女の子なんです。きっと私たちが思っている以上に好奇心旺盛ですよ。ユウトのことだって気にしてるみたいですしね」

「僕が人間だからな」


 人間になりたいレイにとっては、一番手っ取り早い研究対象だ。

 シンクは微笑んだだけで肯定も否定もしなかった。

 それから会話は続かずに沈黙が落ちた。夜風が岩窟を通る音が、笛の音のように聞こえてくる。身を潜めた者たちは、まだこっちを監視してるのだろうか。

 ユウトはしばらく黙考していた。レイのこともそうだが、さっき見た夢のこともだ。ほんのわずかな時間の夢だったのに、やけに鮮明に覚えていた。

 ふと、ユウトは思う。

 もしあれが現実になるなら。


「なあシンク、世界樹を破壊したら――」

「静かに!」


 ユウトの言葉を遮り、シンクが口元に手を当てた。

 なにかの気配を感じ取ったのだろう。ユウトも口を噤むと、風の音に混じって何かうめき声のようなものが数回聞こえてきた。

 窓の外を注視していると、物陰から男がよろよろと歩いてきて道の上で倒れた。そしてその後ろから顔の下部を布で隠した男がひとり、周囲を気にしながら慎重に歩いてくる。

 男は左右を見渡して誰もいないことを確認すると、手に持っていた小さな筒のようなものを上に掲げた。その視線は、じっとこちらを見つめている。


「彼に敵意はないわ」


 ユウトが警戒すると、シンクに起こされたレイはあくびを噛み殺しながら言った。

 その言葉どおり、男の持っていた筒はチカチカと光っただけだった。何かのメッセージだろうか、筒は定期的に明滅を繰り返す。


「なんだ……?」

「簡素なモールス信号です。『狙われてる。助けてやるからこい』……そう言ってますね。どうしますか?」

「どうするって……」


 事情はわからないが、罠だという可能性は充分ある。だがレイが「近くには誰もいないわ」とつぶやいたのを聞いて、迷う必要はないとユウトは考えた。

 この都市がどういった状態なのか分からない現状、こっちに敵意がなく情報をくれそうな相手が現れたことに喜ばない理由はない。


「誘いに乗ってみよう。なにかわかるかも」

「ユウトならそう言うと思いました」


 シンクがうなずいて、荷物を担いで窓から飛び降りた。ユウトとレイも後に続く。

 男は三人が部屋から抜け出したのを眺めて、こちらに背を向けて歩き出した。周囲の警戒は怠らないのか、ユウトたちが見失わない速度で慎重に歩いていく。

 夜の闇に溶けるように、細い裏路地を進む。

 男がたどり着いたのは、都市の中心に鎮座している巨大岩――その無数に空いた穴のひとつだった。

 一度だけ振り返りユウトたちがついてきていることを確認して、岩窟のなかへと進んでいく。


 ユウトたちも、岩窟のなかへと入っていった。


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