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黄昏のG   作者: 裏山おもて
5章 ナノマシンという病魔
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「ご迷惑をおかけしました。彼らの魂に、冥福を」


 犠牲になった者たちを埋葬しているうちに夜が明けた。

 すでに街の人々はそれぞれの仕事へと向かったのだろうか。鉄門の前には、ユウトたち以外には老王ネロと、彼を守る兵士が二人のみ。


「勿体なきお言葉。これからの旅路、くれぐれもお気を付けくださいませシンク様」


 ネロが深く頭を下げた。

 シンクを狙って襲撃してきた男が『岩窟都市ウルヴォロス』から来たというのなら、また同じような者が来るかもしれない。いつまでもこの都市に残っていては迷惑をかけるだけだろう。

 シンクを狙った理由を確かめるべく、すぐにでも出発しようということになったのだった。

 ここからまた歩いて七日ほど。それで岩窟都市に着くらしい。


「それではお元気で……」

「お待ちくださいシンク様!」


 門を出たところで、外壁を守っていた兵士が声をかけてきた。


「もし岩窟都市へ向かうのであれば、アレを使ってみてはいかがでしょうか」

「……なんですか?」

「アレです」


 兵士が指さしたのは門を出てすぐにあった大きな白い布だった。

 誰かの荷物だろうか。ユウトたちの背丈よりも少し高く、幅もある。前後の長さもかなりのものだ。

 シンクが怪訝な表情を見せると、兵士はすぐに走って布を取った。

 布の下から出てきたのは、見たこともない巨大な鉄の塊だった。


「あの男がこの都市に来るために使ったものだと思われます。ここに乗り捨てられていたのですが……何分、我々にはさっぱり使い方がわからなくて」


 困った顔をした兵士の言葉は、なるほど確かに納得できた。

 その鉄の塊は奇抜な形をしていた。前面に大きな掘削機のようなものが備わっており、掘削機を装着している胴体は太くて大きい。胴体の下部には長い連結板のようなものが無数の歯車を覆いつつ左右対称に設置されており、後部には人が座れそうな場所がある。その場所にはいくつもレバーのようなものが備わっていた。

 貴重な鉄をふんだんに使っている。なんだこれ。


「……こんなものが、この時代に……」


 シンクが深刻そうに顔をしかめた。


「これ、なんなの?」

「かつて科学の時代、そのなかでもまだ人間自身(・・・・)が戦っていた時代の機動兵器と非常に似たような形をしています。戦車と呼ばれていました」

「科学時代の兵器?」

「はい。かつては巨大な武具が取り付けられ、動きながら敵を粉砕する役割を担っていました。これは氷の大地で動くために少し形は違いますが」

「ってことは、これも【科学の神器(オーパーツ)】?」


 滅多に目にすることのない科学時代の遺産。

 ユウトの右腕と、レイの右眼。もちろんそれ以外にも存在することは知っているが、この鉄の塊がそうだとでもいうのだろうか。

 シンクは首を振った。


「いえ、おそらく【神器(オーパーツ)】を元に造られた、樹氷を砕いて進むための機動車ですね。『砕氷駆動車』とでも呼びましょうか。……しかしこれほど精巧に造られているなんて、どこにそんな技術が……」


 熟考しようとしたのか、口元に手を当ててじっと『砕氷駆動車』を見つめるシンク。

 科学時代の兵器がどんなものなのかは知らないが、確かにこんな鉄の塊はユウトも見たことがなかった。話にも聞いたことすらない。いったい誰がこんなものを造りあげたのだろう。

 こんな、武骨で冷たい兵器を。


 ……とはいえ、考えてもわかることでもない。

 すぐにぐるりと砕氷駆動車のまわりを一周し、胴体の上に飛び乗った。


「動かせそうなのか?」

「どうでしょう。見たところそれほど損傷はなさそうですが……少し、離れて頂いてよろしいでしょうか」


 シンクの言葉に、ユウトとレイは距離をおいた。

 操縦するためのレバーを動かしていると、胴体の内側から地面を揺らすほどの重低音が響いてきた。巨大な鉄の塊が、かすかに振動している。


「問題なしです。ユウト、レイさん、乗ってください」

「……わかった」


 動いてる鉄の塊の上に乗るなんてさすがに緊張する。

 ユウトはシンクの後ろに慎重に飛び乗った。小刻みに振動を繰り返す鉄の上では、少しバランス感覚を保つのが難しい。乗り場は低い柵のようなもので囲まれていたので、それに掴まっておいた。

 レイも同じようにユウトの隣に乗り、しっかりと柵に掴まった。


「では行きますよ」


 ガゴン、とひときわ大きな音を唸らせた砕氷駆動車は、左右の板のような足をぐるぐると回転させて進み始めた。それと同時に、前方にある掘削機も回転を始める。


「うおっ、とと」


 機体は大きく揺れながら前に進みだした。柵に掴まっていてもかなりバランスが悪い。


「お二人は座っていてください。これから氷の地面になるので、もっと揺れますよ」


 シンクの言葉に素直にしがたい、鉄の床に座ることにする。

 砕氷駆動車はゆっくりと進み始め、やがて土から氷の地面に変わるとその速度を一段階上げた。すぐにユウトたちが普通に歩くほどの速さになると、前方に樹氷片が立ち塞がり始める。

 だが前方の巨大な掘削機はいとも簡単に樹氷を砕くと、胴体下部にある吸入機構から砕いた樹氷片を呑みこんでいく。燃料が補充されていくからか、その速度をますます上昇させていく砕氷駆動車。

 その度に大きく揺れるので、ユウトは落ちないように柵にしがみついていた。


「尻が、痛いっ!」

「それくらい我慢してください。これなら一日で岩窟都市に着けそうです」


 たしかに、すでにユウトたちが走るよりも速くなっていた。

 さすがに見上げるように巨大な樹氷は砕けないため、多少は遠回りになってしまうだろう。だがそれにしても、ほとんどの樹氷は砕いて進めるためほとんど直進状態だ。

 あっというまに都市から離れていく。

 シンクの操縦で、みるみる姿が小さくなっていく要塞都市。


「……便利だな」

「そうですね。さすが科学の力です」


 ほんとうに便利だ。

 振り返りながら、ユウトは息を吐き出した。

 白んだ呼気は風に溶け、後ろへと流されていく。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



 次の都市に辿り着くまで、そう時間はかからなかった。

 太陽が傾き始めたころには、すでに前方に大きな要塞都市の姿が見えていた。

 木を描いた旗を頂点に抱く、要塞都市。

 砕氷駆動車の断続的な揺れに気分を悪くしていたユウトは、レイに肩を叩かれて顔を上げる。すでに視界を遮るような樹氷もなく、その要塞都市の姿がはっきりと目視できた。


「岩窟都市……」


 つい感嘆を漏らす。

 その名の通り、姿を現したのは岩窟都市だった。

 外壁よりも遥かに高くて巨大な一枚岩。そこに無数の穴があいていた。エヴァノートよりも巨大な岩にあいた穴からは、地面に向かって途方もない数の階段が掘られている。おそらくその穴の中で人々は暮らしているのだろう。


 岩の上には城が建っていた。城の周りには家も見える。あそこが貴族街だと直感的にわかったのは、ウルヴォロスはエヴァノートと社会構造が似ていると聞いていたせいかもしれない。


「早くも暖域のようですね。飛ばしますよ」

「うおっと」


 氷が土の地面に変わる。上空を覆う樹氷が途切れ、真上は青い空に変わった。

 地面の起伏もほとんどなく、平坦な道を勢いよく進む。

 みるみる近づき、岩窟都市を見上げるような距離になると、外壁の上にいた見張りの兵士が黄色い旗を掲げて振った。

 ユウトたちを乗せた砕氷駆動車はゆるやかに速度を落とし、外壁のそばで停車した。


 外壁は『エヴァノート』ほど高くない。近くまで鎧獣が寄ってこない立地だからだろう。


 壁を見上げていると、大きな鉄門が重い音を立てて少し開いた。

 出てきたのは壮年の男だった。

 腰に長剣を提げた男前の剣士。どこかで見覚えがあるような顔をしていたが、知り合いがこんなところにいるはずもない。気のせいだろう。


 彼は数名の兵士たちと共にユウトたちが乗る砕氷駆動車の近くまで歩いてくると、ユウトたちを警戒して剣を向ける兵士たちに手を掲げ、武器を下げさせた。


「……久しいな、シンク」

「レオンさん!」


 シンクが喜びの声を上げた。

 砕氷駆動車から飛び降りると、レオンと呼んだ壮年の男に駆け寄りその手を握る。


「どこに行ったのかと思ったらこの都市にいたのですね! 十五年ぶりですか!」

「ああ。ちょっと野暮用で立ち寄ってな。二年ほど剣客として世話になったが、丁度次の都市に出発しようとしていたところだ」


 どうやら知り合いらしい。

 レオンと言うその剣士は、ちらりとシンクの背後にいたユウトたちに視線を投げる。

 一瞬だけ視線が交差する。

 ほんのわずかな一瞬だけだったが、水よりも澄んだ瞳だった。心の奥底まで見透かされそうなほどに綺麗な眼。

 なぜか心臓がドキリと跳ねる。


「シンクも旅の途中とみた。ついに、重い腰を上げたか」

「はい。準備が整ったので」

「そうか……思ったより青いな」

「これからの時代を切り開く仲間ですからね。本当ならレオンさんもお誘いしたいところですが」

「ははは。俺はシンクの仲間になれるような器じゃないさ。それに、もう若くないしな」


 自嘲しながらも、爽やかに笑うレオン。

 その顔を見て穏やかに微笑むシンク。

 ただの知り合いじゃなさそうだった。


「だが運が良かったなシンク。俺がいる間にこの都市に来れて」

「どういう意味です?」


 首をかしげるシンクに、レオンはちらりと後ろ――兵士たちを一瞥した。


「この都市ではいま厳戒令が布かれてる。本来なら都市内に入る許可は下りなかったはずだ」

「そうなんですか。じゃあ、どうして?」

「今日までは俺が壁上防衛の責任者だ。誰も文句は言わせないし、言われても夕暮れごろにはここから出ていくつもりだ」


 悪戯っ子のように笑ったレオン。

 その言葉通り、たしかにレオン以外の兵士たちはどこか張り詰めたような空気を身に纏っていた。

 キナ臭い噂があるように、平常時というわけではなさそうだった。


「そうなんですね。ご助力、ありがとうございます」

「なあに。昔のよしみだ」


 レオンはシンクの肩をぽんと叩く。


「この都市になんの用かは知らねえが、あまり長居しないほうがいいぞ。とりあえず今日は夕暮れも近いからな。岩窟の外で宿をとることを勧める。それと部屋の鍵は厳重に――」

「レオン様」


 と、レオンの言葉を遮ったのは兵士のひとり。

 なにやら言いたそうな表情でレオンを睨んでいた。


「ああはいはい。そろそろ門を閉めたいってよ」


 指先で都市の中を指したレオン。

 ユウトたちはシンクを先頭に、兵士たちに囲まれながら都市のなかへと向かう。砕氷駆動車は何人かの兵士たちで壁の近くに移動させていた。

 レオンも同じように都市のなかへと戻るのかと思いきや、彼はそのまま門の外で立ち止まっていた。


「俺は今日付で解任されるから、外周を見回りしてそのまま都市から離れるよ。久々に会えてよかったぞシンク」

「私もです。お気をつけて」

「ああ」


 レオンはうなずくと、少し間を置いて口を開いた。

 門が閉まっていくその向こう側で、真剣な表情を浮かべて。 


「シンクにかけるには適切な言葉じゃないかもしれねえが……いいか、死ぬなよ」


 その言葉が終わるか終わらないかのところで、門は完全に閉まったのだった。



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