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黄昏のG   作者: 裏山おもて
5章 ナノマシンという病魔
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「な、なんだコレ……?」


 わけがわからない、と狼狽えながら膝をついた男。

 その腹は自分の武器で引き裂かれて、歪な傷口から血と臓物がボタボタと地面に落ちていく。


「く、そ……ッ!」


 血を吐きながら、ゆっくりと倒れる。

 地面に伏すとそのままピクリとも動かなくなった。かなり腕の立つ実力があっただろうが、レイの『白眼(びゃくがん)』と対峙して勝てる人間なんてそうはいないだろう。

 ユウトたちは息をつくと、王の方へと振り向いた。


「説明してもらえますか?」


 どう見てもただ事ではなかった。

 王はうなだれた様子で唸ると、倒れた執事に歩み寄りこと切れた彼の目を閉じてやった。歳を重ねたその顔の皺を悲しそうに歪ませて、口を開いた。


「三日前の出来事じゃった。突然この男がやってきて、王城を乗っ取ったのじゃ。滅法強くてのう……熟練の兵士はことごとくやられ、いまは戦闘もしたことのない新兵くらいしか残っておらぬ。そやつはそれからじっと、この都市に身を潜めておった」

「なんのために?」

「シンク様。貴方を殺すため、と言うておった」

「私を、ですか」

「はい。この男はこの先にある『岩窟都市ウルヴォロス』から来たと言うておった。不老不死であるシンク様を殺すなど、気が狂っているとしか思えませぬが……しかし我々も従わねば命がない。せめて男を手助けするフリをして、シンク様には逃げてもらおうと思ったのじゃ。シンク様であればかすかな異変にも気付くじゃろうし、屋敷の避難通路も知っておられるじゃろうと」


 そこから先は、ユウトたちも見たとおりというわけか。

 シンクの存在はこの周辺の都市には知れ渡っているらしい。エヴァノートやこの都市では崇められる存在であるが、その不死性をやっかむ者やその秘密を探る者もいるようだ。


「そうでしたか。私のせいで……」

「シンク様が気に病むことは御座いませぬ。ただ、シンク様を狙う輩は後を絶ちませぬゆえ、今後もお気を付けくださいませ」

「ご忠告、感謝します。……しかし『岩窟都市』とは、友好的な関係を気づいていたはずです。なにかあったのでしょうか」


 シンクが思案し始めたその時、様子を見守っていた都市民のひとりが叫んだ。


「危ない!」


 反射的に振り返る。

 見えたのは、武器を振りかぶる男の姿だった。自滅したはずの男が、その腕を振りかぶってレイに斬りかかっていた。

 とっさに跳んで避けるが、その腕を武器が掠めて血が舞う。レイは腕を押さえて距離を取ったまま相手を睨む。


「なぜ……!?」


 レイは困惑していた。

 彼女の義眼はまだ発動していた。だが、男はその剣先を自分に向けることはなかった。それどころか腹の傷は塞がっていて、完全に再生してしまっている。

 男はそのままレイを追撃しようとする。

 ユウトがとっさに横からギアを解放した。


「【バースト】!」


 今度は避けられず、男は烈風に巻き込まれて吹き飛んだ。

 燃え盛る屋敷の壁に激突して、そのまま地面に落ちる。

 これで生きているほうがおかしい――そう思ったのもつかの間、男はゆっくりと立ち上がった。


「傷が……!?」


 男の傷が、まるで逆再生をするかのように治っていく。

 見覚えがあった。それは紛れもなくシンクと同じ、不死の証だ。


「レイ、ネットワークは?」

「展開してるわ。でもこの男のネットワークは閉じてる……」

「つまり?」

「脳が正常に機能してないってことよ」


 どういうことだ。

 よく観察してみると、確かに男の表情はさっきまでの享楽的な笑みもなく、ただぼんやりとこっちを見ているだけだった。まるで屍のまま動いてるかのように、だらりと腕を下げてユウトたちを虚ろな瞳に映している。

 生きた死体(リビングデッド)

 そんな言葉が脳裏をよぎる。

 傷が治り、レイの感覚支配も届かない。


「どうすればいいんだ……」

「ユウト、第二のギアを使ってください」


 シンクがつぶやく。


「……え、いやあれは」

「使ってください」


 躊躇うユウトに、シンクが念を押した。

 シンクがそう言うなら、とユウトはうなずいてギアを捻る。

 いつもの逆回転。それで、第二のギアが解放される。エヴァノートで『G』から受け取っていた、新しいギアだ。


 エヴァノートを出発してから一度試していた。体力の消耗は少ないが、【バースト・ギア】と比べると威力も範囲も限定的だ。鎧獣との戦いでも役に立たない。

 あまり使うことはないだろうと思っていたが、こんなに早く使うとは思わなかった。

 ギアを捻ると、義手内部が音を立てて変動する。

 数十、数百の歯車がかみ合わさり、内部に隠されていた武器が腕の部分から飛び出してくる。細い鉄線で義手と繋がれた、漆黒のナイフだった。


「【ブレード・ギア】」


 そのナイフを黑腕で握りしめると、刃の部分が幽かに振動し始めた。魂威変質をしていてもわずかにしかその目で捉えることのできないほどに、細かくて速い振動速度。

 そのブレードは樹氷だろうが金属だろうが、なんでも切断できる高性能の武器だった。

 だがユウトが使うことに躊躇う最大の理由が、その特徴にある。


「シンク、近づかないでくれよ」

「わかってますよ」


 この武器を誤ってシンクの指に触れさせた瞬間、彼女の指が燃え始めたのだ。とっさにシンクが自分で指を切り落として事なきを得たが、どうやらシンクの体内にあるというナノマシンを破壊してしまうということだった。

 つまりこれはシンクを殺せる唯一の兵器。

 対アンドロイド用の兵器でもあるのだ。


「いくぞ」


 なんでこんなものが黑腕に備わっているのか。

 それはわからないが、これが効果があるというのなら。


「魂威、変質!」


 ユウトは(ブレード)を構え、最大限の力で地面を蹴った。

 制御できるギリギリの速度。

 一瞬で、男とすれ違う。

 斬った感触すら手に残らなかった。


「あ、ガ」


 男の首がずるりと胴体から離れて、落ちた。

 その瞬間、男の血が燃えた。

 青い炎だった。

 男の体は焔に包まれ、燃え上がる。血も、肉も、骨すらも残さないほどに熱くて猛々しい業火が男を焼いていく。

 まるで魂そのものが燃やし尽くされるかのような光景だった。

 ユウトは男から目を背けてギアを閉じる。

 刃の振動が止まり、武器はするすると鉄線に引かれて腕のなかへと収納された。


「……シンク、どういうことなんだ?」


 いまいち理解できていなかった。

 アンドロイドを殺すための武器で、男は灰になった。

 脳が機能してなかったということはもともと死んでいたのだろう。男は自分の武器で腹を裂いたときに一度死んでいた。

 二度目の死は、ユウトがその手で与えたのだ。


「……おそらく、操られていました」


 シンクは声を抑えて、ユウトとレイにだけ聞こえるような小声で言った。


「彼の体中にナノマシンが混じっていたのでしょう。心臓が死に脳が停止してから、ナノマシンが発動するようにプログラミングされていたようです」

「ってことは、アンドロイドだったのか?」

「いえ。あくまで死んだ後に体を動かすために搭載されていたのでしょう。ナノマシンは彼が生まれたあとに混入されたものだと思われます」


 男の体はすでに灰になってしまっていた。

 屋敷を包む赤い炎が、眉間にしわを寄せたシンクの顔を照らす。


「しかし、誰がそんなことを……」


 わからないことは、まだまだ多いようだった。




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