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黄昏のG   作者: 裏山おもて
プロローグ 拝啓、息子へ
5/73

  

 ユウト=レイトの殺害。


 その場に緊張が走った。

 ゴートの表情がこわばる。


「……メイジェン総隊長、もう一度聞かせてもらってもよいか」

「ユウト=レイトを殺害せよ。これが我々都市機動隊――いや、『英雄十傑』に下された命令だ」


 ゴートとメイジェンは睨み合う。


「ユウトは私の息子です。そんなこと……」

「ああ知ってるさ。ゴート、貴方が幼い頃から愛した女性との息子だということも、その彼女の形見だということもな。だが英雄十傑の子息の命を奪うなんていう命令を、わたしが素直に受けるとでも思ったのか? もちろん抗議して議論した……その結論として、この命令を受諾するしかなかったのだ」


 メイジェンはため息を大きく吐き出した。表情には疲れが見える。

 だからといって、ゴートが素直に聞き入れるわけもない。


「そうまでする理由が、ユウトにあるのか?」

「都市を守るためだ。いや……世界を、と言ったほうがいいか。ユウト=レイトの強すぎる魔法の力は、ここにいる者ならすでに知っている。彼が世間に出てその存在を認知されれば、この都市で彼を知らない者はいなくなるだろう」

「それとなんの関係が?」

「強すぎる魔法は、世界樹を育てるのだ」


 メイジェンの言葉は、寝耳に水だった。

 魔法が世界樹を育てる。聞いたこともない突拍子な話だ。

 ゴートは眉間にしわをよせて唸った。


「そんな理由でユウトを殺すなど……」

「わたしもそう思ったさ。だがな、残念なことに明確な理由があるのだ。これは極秘中の極秘だが……貴方にだけは見せていいと許可が出ている」


 そういってメイジェンが渡してきたのは書類だった。

 ゴートはすぐに目を通した。分厚い書類の隅から隅まで一文字も逃すことなく。


「これは……!」

「にわかには信じがたいだろう。わたしも同じ気持ちだよ」


 手が震える。

 書類に書かれてあったことに、ゴートは言葉が出てこなかった。

 長くこの要塞都市に住んでいても知らなかった事実。魔法を使い戦いを重ねていくなかでもまったく気づかなかった。


「……まことなのか」

「まごうことのない真実さ。その危険性を承知してまでユウト=レイトを生かしておく選択肢は、わたしには取れない」

「それは……しかし……」

「すでに決定したことなんだよ、ゴート。貴方がこの要塞都市に不信を持ち、英雄十傑をやめたいというのなら好きにすればいい。しかし貴方が抵抗しようともここにいる十傑諸君にかかれば、この任務を止めることなどできないだろう」


 部屋のなかにずらりと並んだ視線は、ゴートの一挙一動をじっと見つめていた。

 事実、ここにいる者はみなゴートと同じ程度の力を持っている。なによりメイジェン自身が任務に動けばゴートでは到底太刀打ちできないだろう。

 ゴートは手にした書類を、グシャリと握りしめた。


「……わかった」

「すまないな。わたしだって貴方を敵にしたくはない」

「これが都市を守るために必要だというのならどんな苦渋でも耐えよう。だが総隊長、ひとつだけ頼みがある」

「なんだ?」

「この任務は私にやらせてくれ」


 ゴートの震える声は、小さくとも悲痛に呻く叫びだった。

 その提案に異議を唱える者はいなかった。

 メイジェンは目を閉じて首肯する。


「わかった。まかせたよ、ゴート=レイト」



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



 それは風の強い夜だった。

 天を覆う世界樹の影響で、要塞都市は曇らない。ぽっかりと穴が空いたように晴れた空には星たちが輝いていた。

 風が窓を揺らし、夜はざわめいている。

 街は寝静まっている。灯りがついているのはレイト家の居間くらいだった。そこでは家主のゴートと、召使いたちが集まっていた。


「――というわけだ。みなの者、すまない」

「そんな、あんまりです……」


 ゴートが命じられた内容を話し終えると、召使いたちは口許を手で覆った。

 せめてユウトの世話をしてくれていた者たちには、先に話しておこうと思ったのだ。

 そのなかでも乳母をしていたステラは、大粒の涙をボロボロとこぼしながら膝をついてしまった。


「旦那様、どうにか、どうにかならないのですか!?」

「ステラ……」


 ユウトの母親代わりとして、十年間世話をしつづけてきたステラ。本当の母親のようにユウトに愛情を注いでくれていたことも、ユウトがほかの誰よりもステラにだけは心を開いていることも知っている。

 自分の息子のように、想ってくれていたのだろう。


「すまない」

「イヤです……イヤです……」


 泣きながら肩を震わせるステラに、ゴートは奥歯を噛みしめた。


「すでに、決まったことなのだ」

「うううっ」


 ほかの召使いたちも表情は暗く沈んでいた。

 彼女たちを見ていると、自分の覚悟も揺らいでしまいそうだった。

 思わず視線を逸らそうとしたゴートの耳に、小さな物音が聞こえてきた。

 部屋の入口からだった。


「あっ……」


 レイラが扉を半分開けて、こっちを見ていた。

 こんな夜遅くにまだ起きていたのか、それとも目を覚ましたのか。

 その小さな影は逃げるように飛び出していった。自分の部屋にもどるわけでもなく、玄関のほうに向かって。


「レイラ!」


 ゴートは椅子に立てかけていた剣を手に取り、慌てて追いかける。

 心臓の鼓動がやけに大きく感じた。

 玄関を抜けて中庭にまわる。レイラはもう小屋に辿り着こうとしていた。

 ……自分の選択は、これでよかったのだろうか。

 わからない。

 ゴートは幼い頃から、ユウナのそばにいることが当たり前だった。ずっと彼女を守るために生きていた。彼女が死んでしまったあと、彼女が遺したユウトを同じように守っていくつもりだった。


「おにいちゃん! にげて! にげてえ!」


 レイラが小屋の戸を叩いて叫ぶ。

 ゴートが右手を掲げると、レイラの動きがぴたりと止まった。すぐに眠るように気を失う。

 ゴートは気を失ったレイラの体を抱えてそっと庭の芝生に寝かせておいた。

 ちょうどそのとき、小屋からユウトが出てきた。


「あれ、とうさん?」


 いつも眠そうなやわらかなその目は、ユウナにとても似ていた。いつか大きくなったらどんな男になるのだろう。自分よりも立派になってほしい。そう想いを馳せたこともあった。

 ゴートは息を吸って、剣の鞘を抜き捨てる。


「……父さん?」


 右手をかざす。

 ユウトの体は固定される。これで逃げることも動くこともできない。

 事態を飲みこめないユウトは戸惑いながらゴートの顔を見上げていた。


「え、なに? どうしたの?」


 息子の顔を見ないように、ゴートは剣を掲げる。


「な、なにするの? 父さん……?」


 一撃で、なるべく痛みをあたえないように。

 集中する。

 集中しろ。


「ねえ……なんで、泣いてるの?」

「……ッ!」


 手が震える。

 涙で視界が滲んでいた。

 心がやめろと叫んでいた。

 でも、もう遅かった。

 ユウトを守るためにはこうするしかない。


 ――すまないユウナ。


 息子を自分の手で守るのは、これで最期だ。

 剣を持つ手に力を込める。


「やめて父さん……なんで……っ!?」

「……すまない、息子よ」


 寂寥に滲んだ言葉が漏れる。

 怯えた息子の表情が網膜に焼き付いた。

 この表情は、死ぬまで忘れることなどないだろう。 


 ゴートはまっすぐに、剣を振り下ろした。


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