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黄昏のG   作者: 裏山おもて
5章 ナノマシンという病魔
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 力があっても、及ばない。

 自分が中心になってすべての物語が進むなんて、そんなことは幻想だ。

 例え、もし世界を救うために選ばれた一人でも。

 目の前のものを救えるなんて保証はどこにもないのだ。

 ――否。

 たった一人救うことすら難しい。

 当然のように他人の人生は、自分が関与しない間にもどんどん進んでいて。

 自分がそれを知った時、すでに終わっていることの方が多いのだから。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



「それでは、お世話になりました」


 ガコン、と重い音とともに冷たい風が入り込んでくる。

 要塞都市エヴァノートの西門の前には、ユウトとシンク、そして小柄な少女――レイが立っていた。外界のからの凍てつく空気に息を白ませている。

 外套を身に巻き付け、その上からそれぞれが荷物を背負っていた。


 これから世界樹に向けて旅立つのだ。

 この星の核が汚染されてしまうまでに、世界樹を破壊する。シンクと約束をした時から覚悟していたはずだったが、やはりこの都市を離れるとなると緊張する。

 生まれ、育った都市だ。外の世界のことはまだ何も知らなかった。


「長い旅になるな。気をつけろよ」


 見送りに来ていたのはメイジェンひとりだけ。

 時間は夜明け前。まだ周囲は薄暗かった。まわりには門兵くらいしかいないが、彼らもユウトたちの会話が聞こえない距離に立っている。

 世界樹の破壊のことも『霊王の五躰』のことも、機密事項だから当然と言えば当然だ。


「この都市のことをお願いします」

「ああ。こちらも新しい英雄十傑を探さねばなるまい。とはいえシンクの代わりなど、到底見つけられまいだろうが」

「新世代には強い魔法を持った子どもが沢山います。あとは教育次第ですよ。これからの時代に大事なのは力ではなく、心です」

「肝に銘じておくよ」


 メイジェンは苦笑しながら、ユウトの肩を叩いた。


「では少年。この世界を任せた」

「はい。努力します」

「頼んだ。それと君もだよ。鎧獣の子」


 鋭い視線をレイに投げかける。

 レイはぼうっと空を眺めていた。メイジェンに話しかけられてようやく視線を戻す。


「あなたに言われなくても、やることは変わらないわ。この人たちについて行くだけよ」

「そうか。それは済まなかった」


 睨み合うように、レイとメイジェンの視線は交差する。

 恨みはないとは言っていたが、レイにとっては紛れもなく親の仇であるメイジェン。

 メイジェンにとっては自分を殺しかけた相手のレイ。

 互いが互いに好意を持っているなんてあり得ない。

 それでもなお、敵意も何もかもがこの瞬間には必要がない。

 二度と会うことがない可能性のほうが高いのだ。そんな旅路の前では、腹の探り合いは長くは続かなかった。


「では、旅路の無事を祈る」


 メイジェンがシンクに視線を戻してうなずいた。

 シンクが先導し、まだ薄暗闇の氷の世界へと足を進める。

 ユウトとレイも後に続いた。気圧の壁を越えた瞬間、肌を刺すような空気に変わる。

 そろそろ慣れたはずなのに、思わず身震いした。

 これから先はどんな道が待ち受けているかもわからない。シンクが一緒だとはいえ、鎧獣であるレイを連れているのだ。楽しい道程になることはないだろう。

 それに。


「……さよなら」


 ユウトは都市を振り返る。

 結局、父とも話せなかった。真意を聞くことはできなくなってしまった。過去にこだわるのは女々しいかもしれない。そうわかっていても、捨て去ることはできない。

 この腕を切り落とされた理由を、最後に聞いておきたかった。


「すべてが救えたら、また戻って来れますよ」

「うん」


 シンクの言葉に視線を前に戻す。

 これからしばらくは極寒の旅路だ。どこに鎧獣が潜んでいるかもわからない危険な旅。

 ユウトは雑念を振り払って、前に進んだ。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



 氷が支配する大地。

 三百年も昔、世界を突如として覆った氷の世界樹は、瞬く間にすべての景色を氷へと変貌させてしまった。

 海も、大地も、山も、砂漠も都市もなにもかも。

 氷が汚染する世界では誰も生き残ることができなかった。


 昼は空から墜ちる巨大な樹氷がすべてを砕き、汚染する。

 夜は息をするのも苦しいほどの極寒が闇を包む。

 そんな過酷な環境にも、一時的になら耐えられるかもしれない。帰る場所があると思えば我慢もできるかもしれない。

 だがその寒さと危険に何日も晒され続けると考えたら、心底恐ろしい。


「冷えてきましたね。そろそろ宿を見つけましょうか」


 ほとんど無言で歩き続けて、半日。

 ユウトたちは西方向にあるという小さな要塞都市に向かっていた。

 そこら中の地面に突き立っている巨大な氷が行く手を阻み、その隙間を縫うようにして進むしかない。半日かけて進んで、ようやくエヴァノートが見えなくなるくらいの距離だ。これでは何日かかるかわかったものじゃない。

 すでに時間も夕方。吐き出す息がかなり色濃く白んできたのを見て、シンクがつぶやいた。

 ユウトも魂威変質で体表面の温度を上げているから寒さはあまり感じないものの、けっこう疲れてきていた。


「っていっても、夜の寒さを凌ぐ場所なんてこんな場所にあるとは思えないんだけど」


 ユウトが樹氷の壁に囲まれた周囲を見渡して嘆息する。

 樹氷の陰に隠れても防げるのは風くらいだ。たいした役にも立たないだろう。

 そう思ったが、シンクは首を振った。


「そんなことはないですよ。ここはかつて、都市部でしたから」

「都市部? ここが?」


 要塞都市があるわけでもなければ、暖域でもない。

 さすがに冗談だろうと思ったが、シンクの言ったことはそういう事ではなかった。


「科学時代の、です。この一帯はむかし巨大な商業都市だったんですよ。天を衝くほどの高さのビルが地平線まで乱立し、世界有数の灰色の森林コンクリートジャングルと呼ばれていました」

「地平線まで、って……」


 つまりこの景色にあるすべての樹氷が、昔は人間がつくった合成石の建物だったということだ。

 どれだけ繁栄し、どれだけの資源を使えばそんなことが可能なのだろう。どれだけのものを支配すればそんなことができるのだろう。自然を淘汰し、生命を蹂躙し、あらゆる犠牲が必要になるはずだった。

 その景色は、ユウトには想像もつかなかった。


「なんかその時代の人間って、いまの世界樹そのものみたいだ」

「……そうですね。そうだったのかもしれません」


 小さくつぶやいたユウトの言葉に、少し戸惑ったような反応をしたシンクだった。


「とにかくそのおかげで、ここの地下深くにはたくさん空間が眠っています。地下に潜れば寒さもそれなりに凌げますから」


 シンクはそう言うと、視線を左右に走らせる。

 三百年ものあいだ樹氷が降り続いて、地形は大きく変わってしまったはずだ。それでもなお残っているということは、かなり地下開発がされていたに違いない。

 陽が沈む前に見つけたのは、樹氷の陰に隠れた地面に開いた裂け目だった。

 シンクが覗き込む。


「なにか見えるのか」

「はい。どこかの地下施設だったのでしょう。広い空間があります。ここでいいでしょう」


 シンクは反応を待つまでもなく、地面の割れ目に跳び込んだ。

 中は真っ暗だ。つい足が竦んでしまう。


「あなたは行かないの?」


 レイが久々に口を利いた。

 無言で暗闇をのぞくユウトを見つめて、彼女は右目を銀色に輝かせる。

 レイの義眼は『共感覚ネットワーク』を構築し、他人の感覚を知ることができる。もちろんユウトの感情の動きも筒抜けだ。防ぐことができるのは、シンクのみ。


「……そう。怖いのね」

「ちょっと、勝手に感覚繋ぐなよ」

「恥じることはないわ。恐怖はどんな生物でも持っている感情だもの」


 そう言ってレイは躊躇なく穴の中へと跳び込んでいった。

 鎧獣の少女にそう言われて黙ってるような意気地なしじゃない。


「くそっ!」


 ユウトは深呼吸をひとつして、暗闇に跳び込んだのだった。

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