表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏のG   作者: 裏山おもて
4章 眼と躰
46/73

10

 

「『白眼』に、『無限心躯』……!?」


 ユウトはシンクの体と少女の右目を何度も見る。

 世界樹を破壊するために造られた五つの科学兵器『霊王の五躰』。そのひとつはユウトの腕にある。残り四つのうち二つがすでに目の前にあるなんて、偶然にしてはできすぎている。

 それにシンクが『霊王の五躰』のひとつだということも、聞いてなかった。


「シンク、それってどういうことだ」

「ごめんなさいユウト。言うべきタイミングを逃してしまって……説明はきちんとあとでします。それよりあなた、その右目をどこで?」

「私が知るわけないわ。生まれたときからよ」


 少女は右目の力の解放をやめた。

 銀色の輝きと共にこの場に充満していた異様な気配が薄れていく。


「……詳しく話を聞かせて頂く必要がありますね。大人しく捕まってもらえますか?」


 シンクが一歩、少女に近づく。

 だが、少女は抵抗する手段を失ったわけではなかった。

 今度は低い姿勢をとり、まるで四足の獣のような体勢になった。


「魂威豹変」


 少女が唱えた瞬間、彼女の口元に牙が生えたような錯覚が起こった。

 まるで獣が憑依したかのように、少女は四足でシンクに跳びかかった。見えない爪で引き裂こうとするかのように腕を振るう。

 シンクは後ろに跳んでかわした。


「ほほう。珍しい技術を持っておるのう」


 どこか楽しそうにつぶやいたのはグレゴリア。


「この都市の戦法ではないの。どこの生まれじゃ……と言いたいところだが、言葉も通じんか」

「ぐるるるる……!」


 喉を鳴らして少女がグレゴリアを睨む。

 だがその体格差は、いくら牙や爪を生やしたといっても埋まるものではない。


「グレゴリアんさん、決して殺さないように」

「わかっておる」


 グレゴリアは間合いを詰めると、少女に向かって拳を振り下ろす。

 跳躍して拳を避けた少女。グレゴリアの腕の上に飛び乗って、そのまま首元に噛みつこうとするが、グレゴリアはそのまま腕を振り払った。

 少女は飛ばされて天井に足をつくと、そのまま真上からグレゴリアに牙を剥く。

 本当に獣のような動きだった。

 だがグレゴリアはもう片方の腕を振るって、少女を殴り飛ばした。


「ギャン!」


 短い悲鳴を上げて、少女は壁にぶつかった。

 そのままズルズルと壁をずり落ち、床に倒れる。

 気を失ったようだった。


「なんじゃ。もうおしまいかの。打たれ弱いものじゃ」


 グレゴリアは気を失った少女を掴んで持ち上げる。

 ぐったりと、完全に力が抜けてしまっている。


「さてどうするかの。この後始末もせねばらんし、応援を呼ぶかの」

「そうですね。ですがその前によろしいですか」


 シンクが尋ねると、グレゴリアは片方の眉を上げた。


「なんじゃ」

「いま聞いたことは、できれば聞かなかったことにして頂きたいのです。私の不老不死の力の正体も、その少女の右目のことも」


 それは世界のための秘匿。

 敵から身を守るために必要なことだった。

 グレゴリアはとぼけるように首をかしげた。


「はてなんのことかのう? 最近は耳が遠くてのう。それに心なしかボケてきてしもうたか、儂はなんにも聞かなかったわい」

「……ありがとうございます」


 グレゴリアは少女を抱えたまま歩いていく。

 すれ違いに、駆けつけた機動隊員たちが入ってきた。部屋の状況を見て顔をしかめていたので、事情を説明しておいた。


「思わぬ収穫ですね。私たちも行きましょう」


 シンクに連れられて、ユウトも建物から出る。

 前を歩くグレゴリアの肩に背負われた少女を眺めて、シンクが神妙につぶやいた。


「しかし疑問です。『白眼』の適合者は、予言によればここから遠く離れた都市に住む老人のはず。この都市の少女が適合者なんてことあるのでしょうか。予言が外れているとは思えませんし……」


 不吉な風が、夜の街に吹いていた。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



 少女はそのまま本部に連れて行き、地下施設に収容された。


 ユウトは本部の会議室でじっと座っていた。

 いま、地下室でメイジェンとシンクが尋問にかけているらしい。どこで『白眼』を手に入れたのか。そしてなぜメイジェンを襲撃し、樹氷を狙うのか。


 まだまだ夜は長い。少し疲れていたユウトは、体を休ませるために尋問に同席はしなかった。

 会議室には一人だけだった。グレゴリアは少女をメイジェンに引き渡すと、事後処理のためにすぐに踵を返していった。

 誰もいない部屋で、ついうとうとしてしまう。


 机に伏せて舟をこいでいると、ぼんやりとした夢を見てしまった。

 どこか遠くで誰かが叫んでいる。

 自分はそれを暗い闇のなかで眺めていた。誰かの悲鳴を、現実ではない遠くから聞いていた。

 その叫びが少しずつ近づいてくる。

 一歩、また一歩と叫び声が迫ってくる。

 そしてやがて、ユウトの全身に強烈な痛みが――


「うわあああっ!?」


 飛び起きた。

 机の上で起きて、すぐに左右を確認する。

 誰もいない会議室。寝る前と同じだった。

 ユウトは自分の手を眺めた。夢とはいえハッキリと感じた痛みに、小刻みに震えてしまっていた。


「……なんだ、いまの」


 ごくりと喉を鳴らした。

 現実の感覚がそのまま夢に反映したようだった。それほど現実味があった痛みだ。

 背中を冷や汗が流れ落ちて、ユウトは立ち上がった。

 嫌な予感に引かれるように地下室へと向かった。

 地下室への階段を降りるにつれて冷くなる空気が、ざわざわと肌を撫でる。

 暗くて狭い空間は嫌いだ。階段を踏み外さないように足早に降りていった。


 地下室は長い廊下と、いくつか部屋があった。

 扉は分厚い鉄でできていた。その部屋の最奥から、誰かの声が聞こえてくる。


「……シンク? メイジェン総隊長?」


 ユウトはゆっくりと扉に近づき、開いた。


「ああああああああっ!」


 耳をつんざく悲鳴が聞こえた。

 部屋のなかでは、少女が壁に張りつけられていた。目隠しをされて、服をすべて剥ぎ取られた状態で、手足を錠で縛られて壁に固定されていた。座ることもできず、全裸の状態で壁に背中をつける少女。


 その少女の両腕に、二本の棒が押し当てられていた。

 それを握るのは年老いた男。なにか小さくつぶやきながら、魔法を発動させていた。


「あ、ああ、ああああっ!」


 少女が喉がちぎれるほどの悲鳴をあげて、体を痙攣させる。

 ユウトはその光景に足が竦んだ。

 なにをしてるんだ。なにを……。


「見学してもあまり楽しいものではないぞ」


 その様を傍観しているのは、シンクとメイジェンだった。

 メイジェンは目を細めて少女を見つめていた。


「自白剤も効かなかったからな。自ら口を割ってもらうしかあるまい」

「だからって、こんな拷問みたいなこと……」


 少女は絶叫しながら悶えていた。視界も防がれて『白眼』の力も使えないのか、ただ痛みを受け入れるだけ。


「『霊王の五躰』のひとつを持っているだけでなく、適合している。世界を救う妨げになるかもしれんのだ。理由をはっきりさせておかねばならん」

「……シンクも、そう思うのか」

「はい。本来は適合するはずのない人物が適合している。私も把握していない事情があるのかもしれませんが、しかしメイジェン総隊長を狙ったことを考えると、あるいは敵だという可能性もありますから」

「でも、このままじゃ死んでしまう」


 メイジェンを襲ったのは事実だろう。『白眼』に予想外に適合していることも疑念なのはわかる。

 だが、ユウトは納得できなかった。

 少女は前に言ったのだ。


『生き物は持ち物ではないわ』と。


 ただその一言が、ユウトに迷いを生んでいた。そんなことを言える少女が、なんの理由もなくメイジェンを狙ったりしないだろう。


「あああああああっ!」


 口から魂をしぼりだすかのように叫ぶ少女。全身が痙攣しては、痛みに悶え動く。


「我慢してください。私たちだって、やりたくてやっているわけではありません」


 シンクはじっと少女が自白するのを待っていた。

 事情を話そうとしない少女。

 彼女がなにか話すなんて想像できなかった。

 なら、待っているのは死という未来だけだろう。

 ユウトは痛みに震える少女に、つい語りかけた。


「教えてくれ。君は誰なんだ……君は何者なんだ。頼むから教えてくれ。僕はもうこれ以上、誰かが目の前で死ぬなんて見たくない……もうイヤなんだ。だから教えてくれ。頼む、頼む!」

「あ、あ、あああああ!」

「教えてくれ。君の名を。君の過去を!」


 聞こえていたのかは、わからない。

 だがユウトの声が途切れてから数秒後、少女が初めて叫ぶのをやめて歯を食いしばった。

 目隠しがずり落ちていた。少女の右目がユウトを捉える。

 喉から漏れたのはたった一言。


「【接続(リンク)】……ッ!」


 次の瞬間、 ユウトの脳に映像が流れ込んできた。


 まるで自分が見たかのように、記憶として。

 それは、氷に囲まれた世界の出来事だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ