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黄昏のG   作者: 裏山おもて
4章 眼と躰
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 外から、誰かが戦うような音が聞こえてくる。

 それに比べて大広間のなかは異様なほどの静寂に包まれてた。

 倒れた者たちのなかで、動くのは五人。

 グレゴリアとシンク、ユウトはじっと残りの二人を見つめていた。

 膝をついて頭を垂れる壮年の男。そして彼を見下ろして顔面蒼白で言葉を失うメリダ。


「……すまない、すまない」


 かすんで消えるような声で、謝る男。

 ユウトの聞き違いでなければ、彼は。


「父さん……なんで……」


 メリダは男の肩を掴んだ。

 激しく揺さぶる。


「なんで……父さんはこういうことが嫌いだったんじゃないのか! だから商会もクビになって、だからあたしはっ!」

「すまない……こうするしかなかったんだ……」

「なんでだよ!」


 メリダの目から落ちたのは涙だった。

 一筋の雫が、冷たい床に落ちる。


「間違ったことがが嫌いで、だから貧しくなって、だから苦労してきたんじゃないのか! これじゃあ父さんが嫌ったあいつらと同じことをしてるじゃねえか!」

「しょうがなかったんだ。家族を……おまえを、守るために。こうするしか稼げなかったんだ……すまない」

「だからって、だからって……っ!」


 何度も何度も首を振るメリダ。

 商売がうまくいったからなんとかなったのだ、と笑いながら言ったメリダの表情を思い出す。

 その商売が、まさか不正取引だとは思ってもみなかったんだろう。

 信じて、いたのだろう。

 父親は気力をすべて失ったかのようにうなだれた。


「ごめんメリダリア……ダメな父さんで。こんなことに手を染めてしまって。このまま捕まってしまうんだろう?」

「あたしは、あたしが……っ!」


 メリダは嗚咽を必死にこらえていた。

 わかっているんだ。

 これはメリダが始めたことだった。じっとしていられなくて、内部不正を暴いたのはメリダだった。その結果がこうなったことは、メリダも理解していた。

 自分の父親の罪を、自分の手で暴いてしまったのだ。


「なんでだよ、畜生ッ!」


 メリダは吠えた。

 様々な感情がメリダのなかに渦巻いて、彼女の目から涙を落とし口から慟哭を漏らした。

 あまりにも、報われなかった。

 誰も彼女を責めることはできなかった。褒めることもできなかった。

 声をかけることすら、躊躇われた。


「貴殿がメリダリア新兵じゃな」


 そんなメリダに、グレゴリアが歩み寄っていった。


「貴殿の父親は許されぬ罪を犯した。それは貴殿もよくわかっておろう。だが罪とは決してぬぐえぬものではない。それをいますぐ理解せよとはこの老獪、口が裂けても言えぬ。だが貴殿の行いは決して間違ってはなかった。貴殿の父親には罪を悔い償ってもらうが、それもいずれ許される時がくるじゃろう」


 メリダの方に手を置くグレゴリア。


「貴殿は試されておる。その強い正義感が本物かどうかをな。口では簡単に言うが、乗り越えることは並大抵のことではないだろう。だからこそ貴殿は乗り越えなければならぬ。その力を、心を、より美しく昇華させるために」

「……わかって、ます……!」


 歯を食いしばるメリダ。


「だが無理はしてはいかん。壊れそうになれば、いつでもこの老獪を頼るがいいメリダリア新兵。貴殿はいずれこの都市を背負って立つほどの兵士になれると、この儂が保証する。だから案ずるな。英雄十傑であるこの儂が貴殿の支えになろうぞ、若人よ」


 いままでのグレゴリアからは意外なほど、優しい言葉だった。

 メリダはぐっと拳を握りしめた。

 涙を堪えて、叫びを堪えて。


「厳しいようじゃがメリダリア新兵。仕事を、頼めるかの」

「……はい」


 メリダは大きく息を吸って、父親の腕を掴んだ。


「容疑者、確保しました。抵抗の恐れは無し。これより留置所へ送還します」

「うむ。つらい任務をすまぬのう。任せたぞ」


 メリダはそのまま扉を出て、父親を連れて行く。

 監視はつけていない。いや、あえてつけなかった。グレゴリアもそうあるべきだとわかっているのだろう。

 ふたりの姿が見えなくなると、グレゴリアが目を閉じて息を漏らした。


「……予想外の展開じゃの」

「そうですね。ですが、無事解決しました」


 シンクが周りを見回す。

 意識を失って倒れている者ばかりだった。機動隊の隊員も数名、中央調査隊の隊員もかなり混じっているが、首謀者はひと目みてわかった。グレゴリアが最初に倒した樹氷のそばで気絶する男。

 中央調査隊の幹部だ。胸に勲章がつけられている。


「あとは運搬するだけじゃな。外はどうなっているのか見てこよ――」


 グレゴリアが扉に目を向けて、言葉を止めた。

 その違和感にユウトとシンクも振り返る。

 小柄な少女が、いつの間にか立っていた。


「また会ったわね」

「――貴殿は!」

「待ってグレゴリアさん!」


 反射的に殴りかかるとするグレゴリアを止める。

 グレゴリアはハッとして足を止めた。拳をゆっくりと下ろす。


「賢明ね」

「ぐぬぬ。この儂が振り上げた拳を止めるとは」


 悔しそうにするグレゴリアだが、相手が悪い。

 グレゴリアも少女の力の話を聞いているのか、それがわかっているようだった。

 この少女にかかれば相討ちになってしまう可能性が高い。

 どうすればいいのか見当もつかないが、攻撃が得策ではないことは確かだ。


「あなたが例の女の子ですね?」


 シンクが問いかける。

 少女は首をかしげた。


「言っている意味がわからないわ」

「失礼しました。あなたがメイジェン総隊長を襲撃し、昨晩樹氷を奪おうとした方ですね?」

「だとすれば、どうするの?」

「今日もこの樹氷を狙ってきたのですか?」

「会話になってないわ。言葉はもっと繊細に扱うべきじゃないかしら」


 睨み合うシンクと少女。


「まあどちらにしろ、あなたにはもっと聞きたいことがあります。樹氷を奪わせるわけにも、逃がすわけにもいきません。覚悟してください」

「そう。でも、その意思が私に届くとは限らない」


 瞬間的に膨れ上がったのは、異様な気配。

 少女の右目が銀色に輝く。

 でも今回は攻撃をしようとはしていない。ただ傍観しているだけだ。魔法の対象になるとは思えない。

 そう思ったのもつかの間、ユウトの視界に違和感。


「え」


 ユウトはグレゴリアになっていた。

 自分でも何を言っているのかわからないが、確かにユウトはグレゴリアだった。ユウトの視界ではなく、グレゴリアの視界でグレゴリアの意識でグレゴリアの体だった。

 つい動けない。すぐそばにユウト自身が見える。ユウトは同じように驚いている。


「なんだ、これ……」


 そうつぶやいたのは、ユウトとグレゴリアふたりとも。

 まるで意識も体も混濁し、ふたりで一人になっているようだった。試しに腕を少し動かしてみると、グレゴリアの体とユウトの体がどちらも動いた。

 混乱する。否、混乱するように仕向けられているのだろう。メイジェンやメリダのときは、その自覚すらなかったようなのだ。

 ……目の前の少女に勝てる気が、まったくしなかった。


「やはり、そうでしたか」


 その様子を見て肩を落としたのはシンクだった。

 シンクだけは何ともないようにため息をつくと、その手をユウトに向けてかざす。


「【切断(アンチ・リンク)】」


 ぷつり、と意識が一瞬途切れた気がした。

 気がつけばユウトは、ユウトだった。

 いつもの視点で、いつもの体で、いつもの思考。

 自分の手をまじまじと見つめる。


「……もどった」

「体はなんともないですか?」


 顔を覗きこむようにして聞いてくる。


「ああ、うん」


 妙な感覚だったけど、いま思うと不思議だ。ずっとユウトはユウトとしてグレゴリアを見ていたのに。グレゴリアも驚いたように自分の手とユウトを交互に眺めていた。

 だがそれより驚いていたのは、少女だった。


「あなた、なんなの……」


 無表情だった顔が、少しだけ訝しげなものに変わっていた。


「それはこちらの台詞です」


 シンクはじっと少女を――少女の輝く右目を見つめていた。


「こんなところでお目にかかるとは思っておりませんでした。あなたのその右目は義眼ですね。『霊王の五躰』のひとつ――『白眼(びゃくがん)』」

「えっ」


 ユウトはとっさに自分の右腕と、少女の右目を見比べる。

 世界樹を破壊するために生み出された五つの科学兵器。

 そのうちのひとつが、少女の右目だという。

 少女は沈黙を挟んでから答えた。


「……だとすれば、なんだと言うの?」

「『白眼』は対象の脳波に干渉し共感覚ネットワークを強制構築することで対象同士の感覚・感情・意志を任意で繋げることができます。それゆえ脳を有する生物にはとても優れた兵器になります」

「だからそれがなんだと」

「ですが、私に対しては有効ではありません」


 シンクは自分の体に手を当てて、にっこりと微笑んだ。


「私の名はシンク。私の体に無数に巡らされているのは、『霊王の五躰』のひとつ『無限心躯(むげんしんく)』です。機能は増幅型ナノマシンによる高機能運動や環境適応、自己修復。ならびに分子振動調整による樹氷の構造分解と吸収、『霊王の五躰』の制御・統制です。つまりあなたのその右目は、私の前では無力になります。以後、お見知りおきを」


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