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黄昏のG   作者: 裏山おもて
プロローグ 拝啓、息子へ
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 予想よりもデカい。

 風に流されて都市へ堕ちてくる樹氷を眺めながら、ゴート=レイトは舌打ちをした。


「初手は私がやる。『魔女』は私が仕損じた樹氷を頼む」

「僕は?」

「細かい樹氷が抜けると厄介だ。フォローを頼んだ」


 ゴートと青年は右腕を掲げる。

 いつでも魔法を発動できるように体勢を整えたとき、突如、上空の樹氷に不自然に亀裂が走った。

 直後、まるで内部で爆発するかのように樹氷が四つに割れた。

 体積が減った氷はそれぞれ風に流されてバラけ始める。


「うわっ。ゴートさんヤバいです!」

「慌てるな。一番大きいものは私が追う。『魔女』はその次の大きさを。おまえはそのつぎだ、できるか?」

「やるしかないんですよね。でもあの一番小さいのはどうします!? ぜんぶ都市内部に落ちてきそうですよ」

「私か『魔女』がどうにかするしかないだろう」


 ゴートがそう言うと、青年は緊張に表情を固めながらも風に流されて軌道が変わった樹氷を追う。『魔女』は落下地点を読めているのか、すでに離れた場所に陣取っていた。

 一番巨大で重い樹氷は、ほかにくらべて風の影響を受けない代わりに最初に落下してくる。ゴートは壁の上で右腕を掲げ、唱えた。


「【空の障壁・反】」


 その直後、落下してきた樹氷はゴートの頭上で見えない壁に激突して、都市部の外へと跳ね返っていった。外壁のむこうがわの地面に樹氷が落ちたのを無事に見届けてから、すぐに視線を走らせる。


 青年は右手から炎の魔法を吐き出しながら堕ちてくる樹氷を溶かしていた。

『魔女』の上に落下するはずだった樹氷は、いつのまにか消えていた。

 一番小さかった樹氷の塊は――


「くそっ」


 突風に煽られたのか、予想していた範囲を大きく超えて街の中に落下しようとしていた。

 三つにくらべて小さい樹氷といえど、人間と同じ大きさほどはある。家の屋根を突き破るどころかその周囲を吹き飛ばすくらいの衝撃が生まれるはずだ。

 ゴートは右手を掲げた。

 しかし、魔法の効果範囲外。

 すぐに外壁から飛び出して樹氷を追う。家の屋根伝いに駆けていくが樹氷の落下速度までには間に合わない。


「逃げろ!」


 落下していく地点には露店がたくさん並んでいる広場があった。いまも大勢の人たちで賑わっている。ゴートの声が届いたのか、そのうちのひとりが樹氷に気づいて叫び、気づいた者たちが慌てて逃げようとする。

 なにか手はないかゴートが周囲に視線を走らせたとき、ひとりの少年が広場の中央に立っていた。

 見覚えがある影。


「ユウト!?」


 なぜここに、と思ったのもつかの間、ユウトが右手を空に掲げてつぶやいた。


「【空の障壁・箱】」


 樹氷は見えない壁にぶつかり、止まる。まるで箱のなかに閉じ込められたかのように跳ね返ることもできずに、その勢いを空中で停止した。

 ゴートがすぐに駆け寄った。


「ユウト……おまえ、なぜ」

「父さんの仕事、見てみようかと思ってさ。見様見真似だったけどうまくいってよかったよ」


 ユウトが魔法を解除すると、樹氷は落ちてきて地面に突き刺さる。

 まだ広場には街の人たちが残っていたけど、誰も怪我することなく無事に済んだようだった。


「……そうか。助かった」

「へへっ」


 頭を撫でると、嬉しそうに笑うユウト。

 危険なことはするなと叱ろうかとも思ったが、ユウトのその無邪気な笑顔を見ているとそんな気も失せた。


「あとは私たちの仕事だ。おまえは家に帰っていろ」

「はあい」


 ユウトは鼻歌まじりに歩きながら広場から離れていく。

 ほんとうに成長したものだ。

 感慨深くもあったが、なぜかすこし寂しくもあった。


「ゴートさん、あれが噂の息子さんですか?」


 機動隊員の青年がようやく駆けつけてきた。彼の炎の魔法は強いが、やはり樹氷はそう簡単には溶けてくれない。かなり手こずったようだった。

 青年は感心したような、羨ましがるような口調でつぶやく。


「あの魔法力、凄まじいですね。うちに入れば即戦力じゃないですか」

「まあな」


 ユウトの魔法は戦いに使えば圧倒的だろう。

 しかしそれよりユウトの興味があるのはモノづくりだ。ユウトの創生魔法は都市の防衛よりも生産や発展に役に立つだろう。

 自由気ままに生きたがったユウナの子だ。好きな道に進む選択肢を与えてやりたかった。


「そんなことより調査兵を呼んでこい。住民たちが触れて感染するまえに、樹氷の回収を急ぐんだ」

「了解しました」


 青年が走っていくと、広場がまたざわめき始めた。樹氷の危機をまぬがれた人たちは、ゴートと樹氷のカケラを気にしながらもいつもどおりの生活に戻っていく。


「しかし……末恐ろしいな」


 いとも簡単に、ゴートの魔法を真似してみせたユウト。

 地面に突き立った樹氷をじっと見つめて、ゴートは身震いした。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



「ゴート、すこし話がある」


 都市防衛を任されている機動隊は、都市中心にある城のなかに本部を構え、東西南北それぞれの外壁付近には支部の隊舎があった。

 ゴートは東部の副隊長をつとめていて、隊舎のなかには自室がある。そこで今月分の樹氷による被害報告書をまとめているとき、部屋の扉が無造作に開かれた。


「メイジェン総隊長、なぜここに……!」


 機動隊すべてをまとめる女性――都市防衛の最高責任者。それが彼女だった。

 メイジェンは険しい表情を浮かべていた。


「大事な話だ。ついてこい」


 そう言ってゴートが連れられたのは会議室。

 そこには先客がずらりと座っていた。

 英雄十傑と呼ばれる都市最強を誇る機動隊員たちが、ほとんど全員揃っていたのだ。それぞれ支部の隊長か副隊長、本部隊の重要なポストについている者たちばかりだ。それがこの東部支所に集まるなんて、ただごとではない。

 彼らに見つめられて、ゴートも緊張しつつ席に着く。

 部屋の一番奥に座ったメイジェンが全員の顔を見渡すと、彼女は静かに口を開いた。


「集まってもらって感謝する。全員、さきほど発生した樹氷嵐に関しての実態報告書を読んでもらっているとは思うが……それに関して、重要任務がひとつ命じられた」

「……命じられた?」


 機動隊総隊長のメイジェンに命令が下ることは珍しい。都市防衛に関しては彼女が最高責任者だ。この要塞都市では誰よりも強く、誰よりも聡明だ。彼女に任務を命じることができるとすれば、それこそ都市を統括している者――王くらいだろう。

 そうだとすれば、この緊急招集はかなりの急務ということになる。都市そのものの生存が関わるほどの重要任務だ。

 全員が固唾をのんで見守るなか、メイジェンは淡々と告げた。


「我々が与えられた任務はただひとつ。……ユウト=レイトを殺害せよ」


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