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黄昏のG   作者: 裏山おもて
4章 眼と躰
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 考えすぎかもしれない。


 良くも悪くも、ユウトは時間があれば深く考えてしまう癖があった。

 幼い頃から小屋のなかに籠り、書物を読んでは色々な物を作っていた。体を動かすことよりじっと考えながら作業をするほうが得意だ。

 そのせいで考えすぎることもしばしばあった。気にしなくてもいいことを気にしてしまうことは自覚している。


 今回も、的外れなことを考えているのもしれない。

 復興に(せわ)しない東街のいたるところに貼られた人相書き。

 そこに描かれていた似顔絵は、ユウトが知っている少女にすこし似ていた。


「……まさかな」


 人を傷つけるような子には見えなかった。

 杞憂であればいい、と思いつつ扉をくぐる。

 機動隊の隊舎は今日も静かだった。

 隊舎のなかで本仕事をするのは医療班くらいだ。閑散とした隊舎を二階にあがり、詰所に顔を出す。


「やあユウト。時間通りだな」


 ユウトを待っていたのはメリダだった。


「待たせたかな。ごめん」

「いや、時間ちょうどだしな。それにどうせ仕事も与えられないからな、ヒマな時間には慣れたよ」


 メリダは首の包帯を指さして肩をすくめた。

 ミンファが連れ去られたとき、頭部を強打されたメリダは首筋を痛めていた。治癒魔法でも治りが悪いらしく、完治するまで安静を言いつけられているらしい。


「これもアタシが弱いせいだ」


 メリダが自嘲する。ミンファが死んだのは自分がやられたせいだと悔やんでいるようだった。葬式のあと、あのときちゃんと守っていれば、と泣きながら墓前で謝っていた。

 そのときかける言葉が見つからず、面と向かってちゃんと話をするのも久々だった。


「それで、何か用だった?」

「呼び出して悪かったな。ちょっと手伝ってほしいことがあって」


 人がまばらな詰所の隅で、向かい合って座る。

 メリダが声をひそめた。


「いま機動隊はみんな総隊長暗殺未遂の話題で持ちきりだけどな、ユウト。それに混じって妙な噂を聞いたんだ」

「噂?」

「ああ。受付ロビーで働いている事務員、いるだろ? 普段はあたしら機動隊員とはあまり関わらないけど、最近ヒマでよく話すんだ。事務員の休憩室に出入りしてるしな」

「なんでまたそんなとこに」

「娯楽用の小説がいくつも置いてあるからちょっと拝借してるんだ……ってそんなことはいいんだ。それで、そこに出入りしてるときに小耳に挟んだんだよ。キナ臭い噂を」


 さらに声を抑えたメリダ。

 噂話なんてあまり興味はなかったが、メリダの話に熱が籠ってきたので口を挟むのはやめておく。


「いま、調査隊が管理してる樹氷片が足りないだろ? 製造局も困ってるって話だよ。だがよく考えたら少しおかしくないか? 中央調査隊が備蓄してる樹氷片まですっかり空になるってのは考えづらい。少なくとも、樹氷が降らない期間を余裕で生き延びるくらいの備えはあるはずなんだ」

「そう言われてみればそうかも」

「そうなんだよ。で、噂の出番だ。いま樹氷片が高値で地下取引されてるって知ってるか? もちろん無加工の純氷をだ。その元手を用意しているのが、機動隊員だって話なんだよ」


 根も葉もない噂……にしてはやけに具体的だ。

 メリダの言葉にさらに力が入る。


「樹氷の二次取引は特定取引法で禁止されてる。違反すれば刑罰の対象になることくらい誰でも知ってるが、もちろん大きな商会の連中も違法に地下取引をしてるだろうぜ。けっこうな金になるし、なにより正規ルートから仕入れられない状況だ。商会の連中は多少高くても目をつむるだろうし、都市機動隊もおそらく見て見ぬふりをしてる……だが問題はそこじゃない」

「機動隊員が用意した、か」

「そうだ。それが本当なら大問題だ」


 そこまで言われれば、メリダが何を言おうとしているのかさすがにわかった。

 もしそうだとすれば機動隊員の不祥事ってだけじゃない。おそらくその噂が流れるほどに規模が大きい状況があるのだ。単独犯ではないだろう。

 たしかにこの噂話、聞き捨てるには少し厄介だ。


「……メリダ、もしかしてつぎの取引の情報掴んでる?」

「ご明察。伊達にここ数日プラプラしてたわけじゃないさ。治安巡査班として見逃すわけにはいかないだろ?」


 ニヤリと笑ったメリダ。


「総隊長暗殺未遂の件ではかなりの数の人間が捜査に動き始めた。その陰でこそこそしてるやつらの鼻っぱし、バキバキに折ってやろうじゃねえか。ってことでユウトも手伝ってくれ」

「べつにいいけど……取引はいつ?」

「今夜だ」

「いやいや早いよ」


 さすがに話が急すぎる。

 すこし呆れてしまった。


「いきなりすぎないか。せめて小隊ひとつ連れてく準備くらいしようよ」

「新兵が聞きつけた噂なんかに、大事な部隊の出動許可なんて出ないだろ。だからこそユウトに頼んでるんじゃないか。なあ、いいだろ?」

「それもそうだけど……はあ、わかったよ」

「よし決まりだな。頼むぞ」


 肩をポンと叩かれた。

 噂を確かめて報告するくらいなら、まあそれほど危険なものでもないだろうけど。

 ユウトはため息を漏らすのだった。






 冷たい夜風が吹きつけた。


 都合のいいことに、シンクはどうしても参加しなければならないと英雄十傑の会議に行っていた。英雄十傑の会議にはさすがに同伴できないから、残って留守番だった。

 夜間外出なんて不良少年みたいなだ、とぼんやり考えて、ユウトは家から抜け出した。

 待ち合わせ場所にはすでにメリダがいた。

 時間ちょうどについたユウトに、感心したような声を出す。


「ユウトの体内時計はすごいな。約束に一分とずれない男は他にいないぞ。前世は時計なのか」

「ふざけたこと言ってないで案内して」

「せっかちだな。まあそう余裕があるわけでもないか」


 メリダの先導で街を歩く。

 ふたりとも機動隊の外套を身に着けていた。私用ではあるが、機動隊の仕事になる場合もある。目印があるのとないのでは仕事の効率が違う。


 薄暗い夜の街を、静かに移動する。

 取引が行われるのは、中心街から大きく離れた寂れた住宅地。小さな家が密集するその地帯には一か所だけ大きな倉庫がある。石材や建築物資を置いている倉庫だ。

 そのなかで取引があるらしい。


 ユウトとメリダは魂威変質を使い、近くの家の屋根に飛び乗った。

 倉庫が見下ろせる場所だ。倉庫には小さな窓がついていて、ここから見下ろすとちょうど中が見える。

 あとは屋根に伏せて身を隠し、じっと待つだけ。

 取引にはまだ少し時間がある。周囲には誰の気配もなかった。


「それにしても、どうやってこの情報手に入れたんだ? これもたまたま聞いたとか言わないよな」

「買ったんだ。金の力だよ」


 メリダは指で円をつくった。


「北街に千里眼って呼ばれる凄腕の情報屋がいるんだ。一般市民の顧客は受け入れてないらしいけど、あたしはたまたま小さい頃から顔見知りでね。頼みこんだら売ってくれたのさ」

「そこまでしたのか」

「そうまでしなけりゃ、掴める情報でもないからな」


 べつに自分が解決しなければならない事件でもないだろうに。

 感心するというより驚いた。

 メリダは苦虫を噛んだような表情をした。


「……じっとしてられなかったんだ」


 唇を噛んで、拳をぎゅっと握りしめていた。


「ミンファを守れなくて、安静にしてろって言われて……アタシはさ、考えるのが得意なほうじゃないし、喧嘩ばっかしてていつも怒られてばっかで、てんで誰かの役に立つとか苦手でさ。だからあたしはあたしなりにやってみようって思ったんだ。自分にできることを、できる限り」


 メリダは悔やんでいる。

 ミンファのことも、自分のことも。

 少し強引なのは前と変わらない。でも、自分のために動いてるわけじゃないってことは伝わってきた。

 死んだミンファに見られても恥ずかしくないように。

 そんな風に言っているように思えた。


「強いな」


 ユウトは小さくつぶやいた。

 夜風が、肌に染みた。



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