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黄昏のG   作者: 裏山おもて
4章 眼と躰
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「メイジェンさんが?」

「はい。かなりの重体だということです。来ていただけますか?」

「すぐに向かいます。ユウトも一緒に」


 メイジェン総隊長が襲われた。

 彼女は機動隊の総隊長だというだけではない。この都市の誰よりも強く、そして聡明だという話は何度も聞いた。メオもシンクも同じように口をそろえてこう言っている。

 メイジェンより優れた戦士は存在しない。まさにこの都市の英雄として頂点にありつづけている人物だ。

 だから、そう簡単には信じられない内容だった。


 兵士の先導で、ユウトとシンクは都市の中心部へと向かった。

 大通りを走り、内壁を越えると途端に閑静な貴族街の道へと変わる。通行人もほとんどいない。陽も沈みかけた街を黙々と走っていく。


 王城は巨大な門の奥にあった。

 門が開かれると、その向こうに構えていたのは広い庭のようなところだった。


 ふだん目にすることのない緑色が映えている。草や木や花が咲き、随分と懐かしい気分になった。レイト家の屋敷の庭にも植物が豊富に生えていたことを思い出す。

 広い庭の奥には高い建物があり、その背後にいつも眺めている巨大な塔が建っていた。


 王が住んでいるのはここなのか。それとも別のところなのか。

 わからないが、兵士に案内されたのはその手前の建物だった。

 鍵のかかった扉を開けると、綺麗に磨かれた床と高い天井がユウトたちを出迎えた。

 出迎えてくれたのはそれだけじゃない。


「あらら~? そこにいるのは『黑腕』くんじゃないかなー♪」


 奥の階段に座っていた少女がこっちを眺めた。

 本部隊副隊長のフレアナ=フレインだ。一度すれ違ったから覚えている。

 彼女は軽く跳んでユウトのそばに着地すると、じろじろと眺めてきた。


「『魔女』さん♪ どうして『黑腕』くんを連れてきたのかな♪」

「万が一のときに守るためです。それよりフレアナさん、メイジェンさんの容態は?」

「さあ? わっかんない♪ 治療室にいるけど入っちゃダメだって♪」


 総隊長が一大事だというのに、楽観的な表情のフレアナ。

 なにを考えているのだろう。

 シンクは気にすることなく、近くの部屋の扉をじっと見つめた。その部屋が治療室なのだろう。耳をそばだてると、中から医療班の慌ただしい声が聞こえてくる。

 無事であればいいが。


「でもメイジェン隊長を襲うなんて、誰だろ~ね~♪」

「……そうですね。犯人は捕まったのですか?」

「それが逃げたんだって♪」

「そんな、まさか」


 あり得ない、とシンクが表情を固める。


「メイジェンさんを襲っただけじゃなく逃げたなんて……魔法はどうしたのでしょう」

「使えなかったんじゃないかな♪」

「それは考えられません。メイジェンさんが魔法を使えないときは、死ぬときのみです」

「なあシンク、総隊長の魔法ってそんなに凄いの?」


 そうまでしてメイジェンを信頼する理由がわからない。

 たしかに『複巣母体』にとどめを刺したとき、圧倒的な力を感じた。不可思議な力を感じ取ることもできたのだが。

 シンクは大きくうなずいた。


「はい。メイジェン総隊長の魔法は『時間操作』です」

「時間……?」

「触れたものや周囲の空間の時間をコントロールすることができる魔法です。その気になれば時間停止させた空間内を動いたり、人間を若返らせたり老死させたりもできます。魔力消費が激しいらしく持続性は乏しい魔法ですが、短期間の戦いであれば誰も敵いません」

「マジか……強すぎだろ」


 なるほど、誰もがメイジェンを認めるわけだ。


「しかしそのメイジェン総隊長が、襲撃を受けてあまつさえ取り逃がすなんて……相手も同系統の魔法を駆使したとしか思えませんね」

「あんな怖い魔法が二人もいるなんてヤだなぁ♪」

「不意を打たれたってことはないかな? 凄腕の暗殺者とか」


 魔法を発動する暇もなかった可能性はある。

 そう思ったが、シンクとフレアナにすぐに否定された。


「それこそ」

「ありえないね♪」


 断言された。


「メイジェンさんはもともとこの都市の暗部の家系(・・・・・)なんです。十代のころ、元暗殺者として異例の経歴で総隊長になったんですが、とにかく幼い頃からその技術を叩き込まれて育った彼女が不意を打たれるなんて考えられません」


 聞かなくてもいいことを聞いてしまった気がする。

 とにかく、かなり考えづらい状況だということはわかった。

 これ以上あれこれ想像で言っていても仕方ないだろう。

 黙っていると、ようやく治療室の扉が開いた。

 中から医療班のひとりが出てきて、シンクとフレアナの顔を見ると息をついた。


「ああ、副隊長様がた……たったいま手術が終わりました」

「メイジェンさんの容態は?」

「内臓破裂、左足部喪失により出血性ショックがひどい状況でしたが、なんとか脈は正常にもどりました。生きてます」

「ちょっとどいて♪」


 医療班員を押しのけるように治療室に入ったフレアナ。

 ユウトとシンクもそれに続く。

 ベッドの上でまぶたを閉じているメイジェン。その左足が根元から失われていて、顔色もまるで死人のような状態だった。

 だが、胸はゆっくりと上下していた。


「……よかったです」


 ホッと息をついたシンク。

 すぐに近くの椅子を持ってメイジェンのそばに置き、座る。

 フレアナも安心したのか、すぐに笑顔のまま目を細めてジロリを周りを見渡す。


「治療、これ以上必要なのかな♪」

「いえ、しばらく安静にしていれば、いずれ意識は取り戻すかと……」

「ならみんな出て行ってね♪ また敵が襲ってきたら殺されちゃうよ~♪」


 恐ろしいことをいうフレアナ。医療班の者たちは顔をひきつらせてすぐに出て行く。


「あと隊長の目が覚めるまでこの部屋は立入禁止にするね♪ 誰も近づかせちゃダメだからね♪」

「わ、わかりました。失礼します!」


 バタンと扉を閉められる。

 まだ治療の跡が生々しく残っている。

 血の匂いが充満した室内。

 そこでシンクと反対側――窓際に椅子をもってきて座るフレアナ。


 ふたりで守るように、メイジェンを挟んだ。

 そこまで警戒する必要があるのだろうか。


「もしメイジェン総隊長を殺すつもりなら、目が覚める前に戻ってくるでしょう。意識を取り戻せば私たちも犯人の特徴が知られますし、メイジェン総隊長も二度は不覚を取らないはずですから」

「……じゃあ、僕も」

「ユウトは上を警戒しててください」

「わかった」


 周囲を副隊長ふたり、上をユウトが監視する。

 時間を操作する魔法使いを襲撃できるような相手だ。

 緊張したまま、長い時間を過ごすことになった。


 外は深い夜の闇に包まれていた。






 結局、陽がのぼるまで何事もなかった。

 張り詰めた空気を破ったのは、小さな一言だった。


「……私としたことが」

「メイジェンさん! 起きたんですね!」


 ベッドに寝転ぶメイジェンが、うっすらと目を開いていた。

 彼女は長いため息をつくと、自嘲するように笑った。


「ああ。史上最悪の寝覚めだよ……左足がないというのは、随分と奇妙な感覚だな」

「少しは他人の痛みも理解できたんじゃないかな♪」

「キミに言われるとは思わなかったぞフレアナ。とはいえ、確かにその通りだ。常に理解しようとしてきたつもりだったのだが……いやはや、実際自分がこうなってみると違うものだ」


 天井を眺めたまま、自分の左足の付け根を触って顔をしかめるメイジェン。


「この喪失感、言葉にできないな。なあ少年」


 メイジェンの視線がユウトを捉える。

 ユウトは無言でうなずいた。


「とはいえ私は卑怯だ。こんな傷さえも一過性の事象でしかない」


 ほんの一瞬だった。

 まばたきの刹那ほどの時間で、メイジェンは魔法を発動させた。

 その魔法は時間を操作すること。

 触れた足の部分が時間を逆行し、その怪我さえもなかったことにしてしまう。

 傷が塞がるのではない。怪我を負う前に戻されたのだ。


「うむ。五体満足はいいことだな」


 メイジェンの怪我は完治してしまった。

 ……少し、羨ましい。

 ユウトは目を逸らした。


 ベッドから起きあがった総隊長は、何事もなかったかのように地面に力強く立った。さっきまで消えていた威圧感も元通り復活している。


「命を繋いでくれた医療班に感謝だな。君たちも夜通し守ってくれたのだろう。感謝するよ」

「それよりメイジェンさん。何があったんですか?」


 シンクが怪訝な表情で問う。フレアナもじっと耳を傾けていた。

 もったいぶることもなく、メイジェンはさらりと告げた。


「襲ってきたのはまだ年端もいかない少女だったよ。小柄で、どこかぼんやりとした風合いのな。もちろん返り討ちにしてやろうと思ったが、相手の力のほうが上手だった」

「相手も時間の魔法だったんですか?」

「いや、あれはそういう類の力ではなかった」


 メイジェンは陽の登った窓の外――明るい庭を眩しそうに見つめた。


「いつものように魔法を使ったはずだった。空間の時間を止め、私だけの世界になるはずだった。だが相手はそのなかで動き、私だけが時間を止められていた……錯覚を起こす魔法なのか、それとも効果を反転させるような魔法なのかはわからない。とにかく私は自分の魔法で自ら動きを止めてしまい、その少女に殺されかけたのだ」

「へえ♪ すごい魔法もあるもんだね♪」

「それでメイジェンさん、少女とやらの特徴はわかりますか? すぐに機動隊に知らせましょう」

「ああ、そうだな。背格好は小柄で細く、見た目は十五歳ほどの少女だ。髪と瞳の色は薄い鈍色で無感情な表情だった。声はよく通りそうな澄んだ音色だったよ」


 ふと、ユウトの頭に浮かんだのはひとりの少女。

 名前も知らない、少女の顔だった。

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