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黄昏のG   作者: 裏山おもて
3章 失われるもの
31/73

10

 


 戦争だった。


 そこかしこで鎧獣と機動隊兵士が戦いを繰り広げている。

 魔法を雄叫び、鎧獣が吠え、剣と外殻がぶつかり合う。


 都市の近くは死屍累々が重なり合っていた。

 そのほとんどは鎧獣のものだったが、なかには人間の死体も混ざっている。体が折れ、潰れ、血が凍りついた死体。深手を負って動けなくなればこの寒さですぐに死んでしまうのだ。

 腐敗すらすることができない戦場で、死体が増えていく。


 誰かの嗚咽と叫び声が聞こえた気がした。

 幻聴なのか本物なのか、よくわからない。


「こっちです。まだ息があります」

「危ないシンク!」


 倒れた兵士を見つけては、生きているか確認する。

 呼吸を確認していたシンクの後ろから、大型鎧獣が突進してきた。シンクは弾けるように振り返ると、その脚を蹴り上げた。

 重い巨体が、宙に浮く。

 その隙にユウトがギアを解き放つ。烈風が上空に巻きあがりながら、鎧獣の体を吹き飛ばす。

 命を失った鎧獣が地面に落ちるのも見届けず、シンクは兵士を背中にかついだ。

 鎧獣から狙われていないことを確認してすぐに走り出す。ユウトはぴったりと寄り添い、周囲を警戒する。


「急ぎ、お願いします」


 鉄門の前で防衛線を維持するメオの脇をすりぬけ、門の中の医療班のところまで運んでくる。倒れた兵士は呼吸をしているものの、腹部の傷が大きく目は虚ろに漂っていた。

 医療班がすぐに治療を開始した。

 これで何人目だろう。数えてなどいなかった。


「ユウトはまだ動けますか?」

「大丈夫。そんなに使ってないから」


 必要最低限しか黑腕も使わないようにしている。

 シンクもまだまだ動けるようで、すぐにまた戦場へと引き返す。


 何度か怪我人の救護を繰り返していると、戦場の奥から二人の兵士が戻ってくるのが見えた。

 向かってきた鎧獣を返り討ちにしたユウトは、その二人とすれ違う。

 そのうちの一人がユウトの顔を見てピタリと足を止めた。

 目が合う。


「…………。」

「…………。」


 六年ぶりの対面だった。

 父――ゴート=レイトがユウトの顔を睨むように見つめていた。


 記憶のなかの父の顔より、皺がかなり増えていた。六年ぶりのその姿は記憶通りの堅い表情だった。息子が同じ戦場に立っていることに疑念を抱くことはなかったようだが、言葉すら交わそうとするそぶりも見せなかった。

 ユウトも黙って父を見る。


 何か言おうとしたけど、言葉が出てこなかった。

 正直、どう接していいのかわからない。

 いままでずっと自分を捨てた父を恨んでいた。でもそれが命令によるものだと知った。殺したフリをして殺さなかったのは、息子である自分を守るためなのかもしれなかった。それが本当なのか、それとも思い違いかわからない。いまは恨んでいないと言えば嘘になる。でもその恨みが正しいのかどうか、ユウトには自信がなかった。


 聞きたいことは山ほどある。

 だが、ユウトはゴートの息子であると知られてはならない。こんな時に、こんなところで話すべきじゃないのはわかっていた。


「ねえねえどうしたの? きみ、だれかな♪」


 ゴートが足を止めたのに疑問を持ったのか、フレアナが首をかしげて近づこうとする。


(くだん)の『黑腕』の少年だ。気にするな」


 それを止めたゴートはフレアナの背中を押して先を促す。

 すこし不満そうだったが、いまは作戦の途中だ。すこし眠そうにあくびをしたフレアナは、ゴートとともに都市へと戻っていく。しばし休息してから、また出陣するのだろう。

 彼らの背中を見送ったユウトの肩に、シンクが手を置いた。


「……いずれ、ゆっくり話をしてもらいましょう」

「うん。それよりもいまは、みんなを助ける」


 自分に言い聞かせるようにユウトはつぶやいて、また怪我人を探し始める。

 すこしずつ死体の割合が多くなってきた。






 ゴートとフレアナが尾型の鎧獣をすべて討伐し、空から鎧獣が降ってくることはなくなった。

 東街の中心部はかなり破壊され、もはや原型はとどめていない。被害だけでいえばかなり甚大だったものの、死傷者はそれほど多くなかった。

 医療班に運ばれている者の多くは戦場で傷ついた者だった。

 救護はユウトとシンクが中心になって動いていたが、もちろん二人だけですべてを担っているわけではない。


 魂威変質を会得したばかりの新兵たちも同じように動いていた。

 ユウトが怪我人を探していると、樹氷の陰から飛び出してきたメリダにぶつかりそうになった。

 顔を見合わせる。


「おっと。ユウト、戻ってきてたんだな」

「うん。メリダもいい働きっぷりみたいだね」


 さっき医療班たちの会話を小耳に挟んだが、怪我人の救護数は新兵のなかでもメリダが断トツのようだった。

 たしかに、メリダの魔法は搬送の補助に向いているだろう。


「ユウトがこの前の戦いでヒントをくれたおかげだ。この魔法、腕力と併用すれば負担がかなり減って使い続けられる。ありがとな」

「いいって。それより、そろそろメリダも休んだほうがいいんじゃないか」


 周りを見回す。

 死体の数も、そろそろ増えなくなってきた。

 こうして会話していても飛び出してくる影もない。


「そうだな……この辺りはもう誰もいないか」

「グレゴリア部隊のおかげだよ。『複巣母体』の近くまで、もう歩を進めているらしい。戦場がそっちに移ってるって」

「さすがにそこまで追ってはいけないからな……戻るか」


 メリダはそう言いながらも、ちらりとユウトの後ろに立っているシンクを一瞥する。


「ところでシンクさんは戦わないのですか? 英雄十傑なんですよね? あ、いや非難をしたいわけじゃないんだ。なぜいまもユウトと共にいるのか素朴に疑問で」

「私の役目はユウトを死なせないことですから」

「都市の防衛よりも優先で、ですか?」

「はい。すべての事項よりも最優先です」

「なるほど……ミンファも大変だ」


 ニヤリと笑うメリダだった。

 なぜそこでミンファの名前が出るのかわからなかったけど、とにかくここには長居する理由もなさそうだった。


「シンク、僕らも戦場のほうに移動する?」

「いえ、さすがにその距離から怪我人の救護はできません。ユウトも一度戻って休んでください」

「わかった」


 三人はそのまま踵を返して都市へと向かった。

 いつのまにか、陽はかなり傾いていた。

 そろそろ黄昏時だろう。


「やあ、お疲れ様。誰かを助けるのが似合うね、ユウトくんは」


 都市付近の穴を迂回して防衛線の先頭――メオのいるところまで戻ってくると、メオがユウトの肩を叩いてねぎらってくれた。

 冗談めかして言ったが、どうやら本気のようだった。

 ユウトは「ありがとうございます」と答えて、そのまま横を通りすぎようと――


「下です!」


 とっさにシンクが叫んだ。

 あまりに鋭い声に、反射的に視線を下に向ける。

 地面から飛び出してきたのは、牙だった。

 かなり小型の鎧獣だった。

 細長い形をした、片腕ほどの太さの鎧獣。そいつらは体を螺旋状に回転させながら地面から一斉に飛び出してきた。鉄門の前で防衛線を築いていた兵士たちの足もとから、まるでタイミングを合わせたように次々と。


 反応できた者は少なかった。

 いきなり飛び出してきた細長い鎧獣に、体の節々を貫かれる兵士たち。

 ユウトはなんとか避けていた。

 だが、メリダはその脇を食い千切られてしまう。


「ぐっ……」


 顔をしかめて片膝をつくメリダ。

 飛び出した鎧獣は、そのまま落ちるとまた地面に潜る。


「みなさん、樹氷の上に!」


 シンクが指示を出すと、兵士たちはすぐに近くに落ちている樹氷の上に飛び乗った。このあたりは腰くらいの高さの岩のような樹氷がゴロゴロ転がっている。自分で動けないほど負傷した者はおらず、避難するのに苦労はしなかった。


「敵さんもなかなかやるね」


 感心したような口調でも、メオの顔は険しかった。

 その手には細長い鎧獣の死骸が握られていた。大人の人間の二の腕と同じような長さと太さだ。全身が薄い外殻で覆われていて、顔の正面にはノコギリのような細かく鋭い牙がついている。


「コレが例の魚型の鎧獣かい、シンクちゃん」

「ええ。やはり潜んでいましたか」


 予想はしていたのだろう。

 だが反応は難しい。また地面に潜った鎧獣は、どこにいるのかわからない。

 地面に降りた途端、食いつかれてしまうかもしれない。

 そんな恐怖に兵士たちの足が竦んだ。


「メリダ、大丈夫か?」

「ああ平気だ。ちょっと齧られたが問題ない……アタシの肉は不味いらしいな」


 痛みに顔をしかめていたものの、それほど重傷ではなさそうだ。

 とはいえどうすればいい。

 相手は地面のなか。自分たちの真下ゆえに、メオにも手の出しようがない。


「ここは私が」


 動いたのはシンクだった。

 なにを血迷ったのか、そのまま地面に降り立った。

 自殺行為だ。


「シンク……!?」


 周囲の戸惑う反応にシンクは微笑む。


「ではメオさん、頼みますよ」

「……うん、任されたよ」


 なにをするのか理解したのか、苦笑を浮かべるメオ。

 シンクがそっと目を閉じた瞬間だった。

 地面から、一斉に飛び出してくる魚の鎧獣。

 その牙はシンクの体をつぎつぎと食い破り、血肉とともに舞い上がった。


 血液が、肉片が、臓物がそこら中に飛び散る。

 獣たちの集中砲火を浴びたシンクの体には、言うまでもなく無数の穴が空いていた。

 致命傷どろこじゃない――はずだった。


「なっ!?」


 その傷が瞬時に塞がっていく。

 皮膚が、血が、骨が、臓器がみるみるうちに再生していく。体の中にある何かに修復されていくように、傷が逆再生をするように治っていく。じっと目を閉じたシンクの体は、食い破ったはずの鎧獣がまだ空中にいるあいだにすべて元通りに治ってしまった。


「さすが『魔女』。恐ろしいねえ」


 メオがつぶやきながら放った斬撃は、地面に潜ろうと落下する鎧獣たちをことごとく切り裂いて地面に落とした。

 ゆっくりと目を開くシンク。

 その瞳の燃えるような色は何事もなかったかのように輝いていた。

 兵士たちが絶句するなかで、シンクはにこやかに笑みを浮かべた。


「また服がボロボロです……あまり見ないでくださいね?」



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