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黄昏のG   作者: 裏山おもて
3章 失われるもの
30/73

 


 護りたいのではない。

 護らなければ、ならない。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



 劣勢なのは否めない。


 先手を打たれ街に鎧獣の侵入を許してしまった時点で、用意していた戦術のほとんどが使えなくなった。鎧獣退治の経験がある討伐班の半数が、街の防衛に回されてしまった。

 やや勢いがあるのはグレゴリア率いる第二陣か。

 周囲を鎧獣の群れに囲まれながらも、一歩ずつ『複巣母体』にむけて進撃をつづけている。


 とはいえこの戦況を変える(かなめ)はそこではない。

 尾型の鎧獣を殲滅できるか否か、だ。

 超大型鎧獣――『複巣母体』の甲殻の上で、なおも小型鎧獣の投擲を続ける尾型の鎧獣。それらの他にも大型の鎧獣がまるで護衛のようにたむろしている。

 目算、おおよそ総勢百体ほどか。

 それら対して挑むのはたった二人だ。

 ゴート=レイトとフレアナ=フレイン。

 ここを失敗すれば、要塞都市に未来はない。


「――いけるか、フレアナ嬢」

「もっちろん♪」


 やたら軽い声で、フレアナがうなずいた。

 まるで散歩に来ているかのような反応に、ゴートは苦笑する。若干二十歳にして英雄十傑の一席を担っているその実力は認めるが、人格にやや問題があるのではなかろうか。

 まあ、こんなときにメイジェン総隊長の人選を批判している場合でもない。

 すでに『複巣母体』の上空だ。ゴートは空に展開していた見えない足場を解いた。


「きゃっはは~♪」


 落下が始まる。

 フレアナが楽しそうに降下の風を浴びながら、ポケットから石ころをいくつも取りだす。なんの変哲もないただの石だ。


「いっくよ~♪ 【焔の彗星】♪」


 それを、右手で振りかぶって下に向かって投げた。

 落下の勢いそのままから放たれたいくつもの小石は、重力をともなって風を裂き『複巣母体』に着弾する。

 小石が硬い甲殻へぶつかった瞬間、そこから灼熱の衝撃が膨れ上がったかと思うと、大爆発を巻き起こした。

 熱風が空まで舞い上がってくる。とっさに外套をひるがえして熱波から身を守った。


「加減をしろ!」

「ごっめ~ん♪」


 もうもうと煙が立ち込めるなか、ゴートとフレアナは『複巣母体』の外殻に着地した。

 叱ったものの、やはりフレアナの魔法の威力は強烈だった。周囲の鎧獣はひとたまりもなく吹き飛んでしまっていた。

 しかし『複巣母体』の外殻は、少し焦げただけでビクともしていなかった。


「ほんとに傷一つついてな~い♪ ちょっとショック~♪」


 フレアナが笑顔のまま唇をとがらせた。

 いままで何度か『複巣母体』と交戦経験のあるシンクが、その甲殻の硬さと厚さのせいで上部からの攻撃はほとんど通らないと言っていた。

 その言葉通りのようで、エヴァノート屈指の破壊力を持つフレアナの魔法でもこの程度。

 幸先が悪そうだ。


「予定通り二手に分かれるぞ」

「は~い♪」


 ゴートとフレアナはすぐに走る。目標はすべての尾型の鎧獣だ。

 駆けだしたゴートに、遠くから尾型の鎧獣の一体が小型鎧獣の弾丸を投擲してくる。すぐに魔法で防いで、小型鎧獣の口の中に剣を突っ込んで仕留める。

 後ろでフレアナが踊るように爆発を生んでいた。空気を固めるだけのゴートの魔法とは、派手さも威力も桁違いだった。


 魔法の強さは戦う強さだ。それは認めよう。

 英雄十傑のなかでも総隊長および副隊長二名がすべて女性なのは、なぜか女性のほうが強い魔法を有する傾向があるからだ。その理由は定かではないが、魔法が進化の形なのだとすれば生物学上うなずける結果だろう。そこに感情を挟む必要はない。

 だが、戦う意志は魔法とは関係のないことだ。


 機動隊に入り、もう二十年以上経った。英雄十傑のなかでも歴は長いほうだ。数多くの鎧獣と戦うなかで、経験とはまた違う感覚がゴートのなかで培われてきた。

 意志、とゴートは読んでいる。

 この都市を護りたいという心は常に持っている。それとは別に、護らなければならないという強い意志が根付いていた。


 死ぬことに怖れていないわけではない。

 ただ、戦う意志がたしかにある。ゴートのなかで強く存在していた。

 剣を振るい、魔法を使い、魂を削って戦う。

 それが使命になっていた。

 強い魔法ではないかもしれない。

 それでも、この意志だけは誰にも負けない。


「【空の障壁・剣】!」


 剣の周りの空気を固めて、鎧獣の外殻を破壊する。

 粛々と――だが確実に鎧獣を屠っていく。

 それが、ゴート=レイトの戦いだった。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



 時間が刻々と過ぎていく。

 太陽はすでに頂点に達していた。空に開いた穴から顔を覗かせた陽光が、まばゆく都市を照らしている。


「やるね、さすがゴートさんにフレアナ嬢だ」


 徐々に飛んでくる鎧獣の数が減り、防衛線に立つ兵士たちだけでほとんど守れるようになっていた。それなりに時間はかかったが、街中の鎧獣もほとんど討伐できているようだった。


「次の局面に移りましょう。メオさん、『穴倉』を」

「はいよっと」


 メオが外壁上を移動し、鉄門の真上から飛び降りる。

 グレゴリアの部隊が引きつけているとはいえ、都市周辺は鎧獣の群れで溢れている。

 すぐに鎧獣たちが反応してメオに殺到しようと押し寄せる。それを待つ間もなく、メオは刀で地面を斬りつけながら駆け出した。

 鎧獣たちから逃げるように、縦横無尽に氷の大地を走り回るメオ。

 その動きの理由はすぐにわかった。

 ある程度走り回ると、メオは右手を掲げて魔法を発動させる。

 大地が折り畳まれ、穴がいくつも開いた。

 そのなかへ落下していく鎧獣たち。


 むろんそれだけで鎧獣が死ぬことはないが、穴は深く登ってくることはできない。メオのおかげで外壁の近くはかなりの数の穴が開いていた。小回りの利かない鎧獣にとっては、この周辺で戦いにくくなるだろう。


「さすがですね、頼りになります」


 決して強い魔法ではないが、これもまた戦術的な魔法の使い方だった。

 メオが手を掲げて作戦完了の合図を出した。


『おおおおおお!』


 それとほぼ同時、怒号が聞こえた。

 いつのまにか鉄門のそばには、武装した機動隊兵士たちが多く控えていた。

 他の部隊の者たちだろう。ようやく集まったのか、ゆっくりと開く門を前に剣を掲げて叫んでいた。

 その先頭にいるのは巨大な剣を両手に携えた男。

 その男が号令すると、彼らは開いた門から氷の世界へなだれ込んでいく。


「第三陣の出撃ですね。戦況が大きく変わります、私たちもそろそろ動きましょう」

「わかった。でも、何をすれば……」


 グレゴリア率いる第二陣が、『複巣母体』までの鎧獣たちのほとんどをひきつけている。その隙に『複巣母体』まで突き進んでゆく第三陣。

 とはいえ、そこかしこで乱戦の様相を呈している。英雄十傑ならともかく、大型鎧獣一体に対して機動隊兵士数名でようやく渡り合えるくらいだ。ユウトが参戦して役に立つとは思えない。


「なにも戦うだけが援護ではありません」


 ちら、とシンクが視線を動かしたのは、鉄門のすぐそば。

 門の内側に簡易なやぐらが組まれていた。そのなかで控えているのは医療班だった。小柄なミンファも混じっている。

 十人にも満たない彼らは、当然武器を持たない。


「医療班の方々は戦場には降りられません。それでも戦場では数々の怪我人が出てしまいます。彼らを救護して連れ戻るくらいなら、私たちでもそれほど難しくないでしょう」

「わかった。やろう」


 戦火はすでに広がっている。街の怪我人はどんどん医療班のもとへ運ばれていくが、壁の外は人手が足りない。いまできることは、誰かの命を救うことだ。


「それでは、参りますよ」


 壁から飛び降りるシンク。

 すぐさまユウトも後に続いた。

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