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黄昏のG   作者: 裏山おもて
3章 失われるもの
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「くそ……キリがない!」


 義手の力で鎧獣を圧し潰す。何匹目かもう憶えていない。


 東街の中心部は、ほとんど壊滅状態だった。

 絶え間なく降ってくる小型の鎧獣が暴れた痕跡が、瓦礫となって積もっていく。人々ははほとんど逃げているのだろうが、たまに家のなかに逃げ遅れた者たちがいた。鎧獣はその臭いを嗅ぎつけて、家を壊していく。


 通りには死体となった鎧獣と、あるいは喰われてしまった人間の姿も何人かあった。血で汚れた石畳が鼻につく臭いを放っている。

 ユウトはその光景を目に入れながら、歯を食いしばって鎧獣を倒していく。


 すでに討伐班もかなりの数が駆けつけていた。

 最初の襲撃から数十分が経ち、そろそろ降ってくる鎧獣より討伐班のほうが多くなってきた。とはいえ休む間もなく空から降ってくる獣たちに、体力は消耗していく。

 翼もなければ跳ぶ体型もしていないのに、空から墜ちてくる鎧獣。


「一体、どうやって……」

「わかりませんが、大元を絶たないと事態は好転しませんね。そろそろこちらも動きがあるとは思いますが」


 シンクが近くの鎧獣を蹴り潰しながら言ったとき、ちょうど都市の中心の空から飛び出てきたように、高速で遥か上を動く一人の影が見えた。

 まるで飛ぶように空を走る、赤い外套姿が二人。


「あれは――」

「ゴートさんですね。それと本部隊副隊長、フレアナ=フレインさんです」


 父だ。

 父の魔法は空気を固定することができる。見えない足場をつくることなど造作もないだろう。

 その父と共に空を走るのは、要塞都市が誇る攻撃的な魔法を有するというフレアナ。掃討作戦の要となるはずの女性だった。

 そのふたりがユウトたちの頭上を越えてあっというまに外壁の向こうへと駆けていく。


「どうやら、この鎧獣の雨はお二人が対処するようです」

「二人で……大丈夫かな」

「『複巣母体』そのものを相手しなければ問題はないでしょう。街の人もほとんど逃げれられたようですし、このあたりは班の方々に任せて私たちも一度防衛線まで向かいましょう」

「わかった」


 近くに降ってきた鎧獣の頭を潰して、すぐに駆けだす。

 人の気配がない路地を走り、外壁までたどり着く。

 一気に階段をのぼると、そこから見えたのは山のような鎧獣――『複巣母体』だった。

 ……デカい。やはりこの都市と同じくらいの大きさだ。

 そこから、まるで打ち上げられるかのように小さな影がこちらに発射されていた。


「……そういうことですか」


 その『複巣母体』の体の上にいたのは、強靭そうな太くて長い尾の生えた大型鎧獣だった。尾の生えた鎧獣たちは『複巣母体』の上にずらりと並び、その太い尾の上に小型鎧獣を乗せ、まるで投擲するかのように小型鎧獣を空に放っていた。

 それでも、飛来する鎧獣の半数はメオが斬撃を放って空中で撃ち落としていた。そのほかの者も、遠距離で魔法が使える者は外壁を越えようとする鎧獣に向かって攻撃をしかけていた。


「やあシンクちゃん。何か忘れ物でもしたのかい?」


 メオがこっちも見ずに、いつもの調子で話しかけてくる。


「ユウトがどうしてもというので戻ってきました。すこしお手伝い致します」

「そのまえに教えてくれないかい。鎧獣たちのこの襲撃、予想できなかったのかい?」


 シンクは三百年を生きる知恵袋のようなものだ。

 メオが批判的に言うのもわからなくもない。


「尾型の鎧獣は見たことがあったのですが、こういった攻撃方法は知りませんでした。おそらくここに来る以前、別の要塞都市と戦ったのでしょう。鎧獣は学習しますから」

「なるほど。やはり知能が低いわけじゃないんだね」

「厄介なのは攻撃だけじゃありませんね。別の要塞都市と戦った経験は、こちらの攻撃を受けないようにする工夫にも繋がるようです」


 シンクが眉間に力を込める。

 もともと明日の朝に奇襲するという作戦に決めた理由が、『複巣母体』との距離を近づけることだった。遠すぎる相手には、攻撃するにも捨て身にならなければないのだ。『複巣母体』と要塞都市のあいだに、攻撃部隊が撤退する通路をつくれさえすれば消耗戦も怖くない。だからある程度近づいてくれば、その役割を第二陣に任せるという思惑だったのだが。


 この要塞都市に来る前に、その戦いを経験したのか。

 撤退通路を確保するにはまだ距離が遠かった。それに要塞都市から『複巣母体』の直線距離に、大型鎧獣の群れがいくつも固まっていた。

 最初から、こちらの動きを読んでいるようだった。


「せめて尾型の鎧獣を倒してしまえば戦況は変わるのですが」

「そのためのゴートさんとフレアナ嬢だね。尾型は彼らに任せるしかない。とはいえ戦いが始まった以上、僕らもここで手をこまねいてるわけにもいかないね。地上からも攻め込みたいところだけど……さてどうしたものか。メイジェン総隊長からの伝令はまだかな?」

「――そこで、儂の出番じゃ」


 後ろからぬっと影が差した。

 メオの言葉に応えたのは、東部隊の者ではなかった。


 外壁に上がってきたのは一人の男だった。ユウトの二倍はあるのではないかという身長に、三倍はありそうな筋肉。まるで巨人かと思うようなその体格の上についた小さな頭はつるりと禿げており、そのぶん立派な白い髭を蓄えていた。顔は深い皺がいくつも刻まれていて、その筋肉隆々の体型を見なければ老父と言えるだろう。

 ……誰だろう。威圧感が凄まじい。

 その巨体の老人は、髭を撫でながら眼下を――鎧獣の群れを見下ろした。


「思ったほどおらぬのう。あと数百匹群れてると思っておったわい」

「グレゴリア爺さん、遅いですよ」

「ほほほ、ちょいと茶菓子が切れておったのでな、買いに行っておったわ。メオの坊主、メイジェン総隊長からの指令じゃ。貴殿はこのまま防衛線を維持しゴートとフレアナがこの攻撃の元凶を止め次第、地上へ降りて『穴倉』を実行せよとのことじゃ」

「了解ですよっと」


 メオは老人の言葉を聞いて、少し気が楽になったようだった。表情にさっきより余裕がでてきていた。

 呼ばれた名の通りであれば、この巨大な老父は英雄十傑のひとりグレゴリア=レグザだろう。第二陣として退路の確保を任されるはずだった怪人。

 なるほど、人間にしては飛びぬけて巨大な体躯は怪人と呼ぶにふさわしい。

 その怪人グレゴリアは、シンクの頭をポンと叩いて首をかしげた。


「それにしてもなぜ貴殿がここにおるのじゃ、魔女よ。今頃は姿を消しておるはずではなかったかの。それとも儂がボケただけかの?」

「事情がありまして。それよりその言葉、そのまま返しますよグレゴリアさん」

「儂か。儂はそうだな、そろそろ死に場所を探そうと思うてのう」


 冗談なのか本気なのか。

 グレゴリアは目を細めて、地上を眺める。


「メイジェン総隊長からのもうひとつの伝令じゃ。第二陣の作戦を、今時分より実行せよとのことじゃ」

「……つまり、この距離の退路を確保しろということですか?」

「まあそうなるの」


 無茶だ。

 ここから『複巣母体』までの直線距離を、鎧獣ひしめく戦場のなか守り続けろということだ。

 本来予定していたほぼ倍の面積を、同じ人数で守り抜くなんて無茶苦茶だ。

 まるで死ににいけ、と言われているようなもの。


「ほっほっほ……まあそう怪訝な顔をするでない若人よ」


 顔をしかめたユウトを見て、グレゴリアは笑った。

 お茶に誘われたかのような気軽な声で。


「貴殿のその腕が、噂の『黑腕』じゃろう? もとより貴殿は儂とは違う。この世界が貴殿の活命を必要としておる。ゆえに貴殿のような若い命を残すため、この老獪いくらでも身を削り、後世に縁を紡ごうぞ。……のう、諸君?」

『ハッ!』


 グレゴリアの後ろにいたのは、各部隊の討伐班の者たちだった。

 経験豊富な人材ばかりを集めたのだろう。恰幅がよい者も多いが、それ以上に戦いを重ねて傷を負ってまで生き残ってきた者たちばかりだ。

 彼らのなかで、眼下の鎧獣の大群を見て動じる者など誰一人いなかった。

 それどころかグレゴリアに賛同するばかり。

 彼らは剣を掲げ、外套をはためかせる。

 これが機動隊討伐班の猛者たち。第二陣を担当する戦士たちか。


「では、グレゴリア=レグザ。推して参る。者ども儂に続け!」


 外壁から飛び降りた、グレゴリアたち。

 鎧獣の群れの正面に着地し、そのままの勢いで群れのなかへと突っ込んでいく。


 無謀な特攻のようにも見える。

 だが、その速度と力は圧倒的だった。グレゴリアの巨大な拳は鎧獣を軽々と吹き飛ばし、群れを割って進んでいく。彼の後ろに続く戦士たちもまた、的確に鎧獣たちを仕留めていく。


「……相変わらず、なんて豪快な爺さんだ」


 メオが苦笑する。

 その声に応えるかのように、地上からグレゴリアの高らかな笑い声が聞こえてきた。

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