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黄昏のG   作者: 裏山おもて
3章 失われるもの
23/73

   

 地面に空いた穴を鎧獣たちが迂回してくるには、まだ時間がかかるだろう。


 ユウトとメオはそのあいだに鉄門まで退避していた。分厚い鋼鉄の門が少しだけ開いて都市への入口となっていく。

 暖域の暖かい空気が流れ込んできて、ほっと息をつきたくなる。

 だが安心している場合でもない。シンクを置き去りにしてしまったのだ。

 振り返り、遠くを眺める。


「……シンク……」

「呼びましたか?」

「え?」


 すぐそばから声が聞こえた。

 いつの間にかシンクが隣に立っていた。ついさっき腹に大穴を開けたはずの少女は、何事もなかったかのように首をかしげている。

 傷ひとつついてない綺麗な腹が、破れた服の下に見えた。


「服と外套、新しいのもらわないとダメですね」


 唇をとがらせたシンク。

 ついさっき、間違いなく樹氷が腹を貫いたのだ。服が丸く破れているから見間違いってことはないだろう。

 一体どういうことだ。

 まじまじとシンクのお腹を眺めていると、メオが肩をすくめた。


「シンクちゃんは不老で、不死なんだよ。それゆえの『魔女』なのさ。それよりそろそろ中に入らないかい? 安全で温かい場所でゆっくりお茶でも飲もうじゃないか」

「……不死ですか」


 不死の存在なんておとぎ話でしか聞いたことがない。アンドロイドがどういう仕組みで生きているのかわからないが、とにかく杞憂で終わってよかったってことだろう。

 こんど不死の秘密を聞いてみよう。教えてくれるかはわからないが。

 ユウトたちは促されるがまま都市のなかへと入った。

 鋼鉄の扉が閉じられると、疲労が押し寄せてきた。


「いやあそれにしてもまいったねえ。鎧獣の群れがふたつも近づいてくるなんて、なにかの予兆かな」

「あ、そうなんですメオさん! 大変なんですよ!」


 ユウトはすぐに状況を説明した。

 地平線に、山のように巨大な鎧獣が姿を見せている。

 あんな図体のある鎧獣なんて聞いたことがなかった。この都市より大きいかもしれないのだ。

 メオは目を細めた。


「ほほう、それは一大事だね。シンクちゃんはその鎧獣がなにか知ってるかい?」

「おそらく『複巣母体(ふくそうぼたい)』ですね。別名は〝暴食の山脈〟」


 どちらも聞き覚えのない単語だった。

 それはユウトだけじゃなく、メオも同じのようだった。


「なにやら禍々しい呼び名だねえ」

「鎧獣の生態はあまり知られてませんが、彼らは普段『巣』のなかに隠れています。その『巣』とは彼ら自身の母親です。『巣』の役割を持つ母体の鎧獣は、基本的に動きません。肥大した外殻の下で子どもを守り、食料である新鮮な樹氷を子どもに取ってきてもらって栄養を賄ってるんです。なので母体は大きな体と強い繁殖力を持ちますが、運動能力はとても低いのです」


 母体と子ども。

 さっきの群れは鎧獣の子どもの軍隊たちってことだ。


「母体は基本、ひとつの巣しか持ちません。しかし稀に複数の巣を持った母体が生まれます。それが『複巣母体』です。子どもが多い分、巣となる体と外殻はさらに発達し、供給される食料も多くなります。そのサイクルの結果、異常なほどに巨大な体を持つようになるんです」

「それで、群れも複数飼ってるってことかな」

「しかし『複巣母体』はそのコミュニティの大きさゆえ、食料――新鮮な樹氷に困るのです。樹氷が常に墜ちてくる場所を探して、ふだん動かない母体は動かざるを得ない。おそらく都市の近くにいる『複巣母体』も、栄養源を探して彷徨ってるんでしょう」


 いままで生きてきた三百年のあいだに何度か目撃したのだろう。

 シンクの言葉を疑う理由はなかった。


「なるほど。ってことはもしその〝食いしん坊〟がこっちに向かっていれば、とてもピンチなわけだ」

「ええ。都市すら喰らい尽くします。鎧獣にとっては人間も栄養源ですから」


 シンクの言葉に想像してしまう。

 巨大な鎧獣に呑みこまれていく街と、人々。

 ……ぞっとした。

 それまでおとなしく話を聞いていたユウトは、ふと疑問に浮かんだ言葉を口にする。


「人間が栄養源なら、最初から都市を狙いそうなものだけど」

「いえ、都市は暖域に造られてます。暖域のすぐそばの世界樹はいわば樹枝の末端なんです。樹氷が剥がれて落ちる頻度は高いですが、小さくて古いものばかりで感染力も低いんです。鎧獣たちがエサにするには不向きなので、群れからはぐれた単体くらいしか、ふだんは都市の近くでは見かけないんです。それにこの外壁のおかげで人間の匂いは隠されてますしね」


 コンコン、とシンクは鋼鉄の扉を叩いた。

 なるほど。壁を造る技術がある者たちが貴族として優遇されるのは、その理由もあるのか。

 この都市を守るために絶対的に必要な外壁。

 ユウトは外壁を見上げる。

 灰色で固められた、合成石の分厚い壁。これがもし『複巣母体』に破壊されてしまえば街は壊滅するだろう。


「……行き先が逸れていればいいのですが」

「そうだね。僕らもそう祈るしかない」


 シンクの神妙な面持ちに、さすがのメオも真剣にうなずいたのだった。



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



 ユウトはひとまず、医務室に向かった。


『複巣母体』のことは、ひとまずメイジェンの指示を仰いで対処するようだった。近づいてきたとしても『複巣母体』は進む速度がかなり遅いようで、はやくてもまだ数日はかかるとのことだ。

 すぐに都市中央の本部に向かったシンクと別れて、メオとユウトは隊舎へと戻ってきた。

 疲労困憊なのもそうだが、メオとの訓練で痛めた体をすこしでも楽にしてやりたかった。打撲に効く薬があるとメオから聞いてさっそくやってきたのだ。

 医務室の扉を叩くと、かえってきた返事は聞き覚えのある声だった。

 すこしか細くて高い声。


「ど、どうぞ」


 椅子に座って書類を書いていたのは小柄な宣伝アイドル。


「やあミンファ。いま大丈夫?」

「ゆ、ユウトくん……どうしたの? 怪我しちゃったの?」


 ぴくり、と肩を動かしてもじもじと手を動かしたミンファ。

 奥にあるベッドは仕切りがかけられていて、誰かが寝ているようだった。起こさないように小声になりながらうなずいた。


「打撲の薬があるって聞いてさ。欲しいんだけど」

「あ、うん。あるよ。ちょっとまってね」


 ミンファは立ち上がって、薬棚をごそごそと漁る。

 その背中は本当に小さい。肩幅も腰もお尻も足も。

 背格好だけだと十二歳くらいにも見えるんじゃないだろうか。顔も整っていて可愛らしいから、そう考えると妙なファンがつくのも無理はない。


「あのね、メオ隊長から治癒魔法の使用許可書がもらえれば、わたしの魔法ですぐ治せるんだけど……」

「これくらい自力で治せってさ」

「そっか……。あ、あった。これかな?」


 ちょっと自信なさげに差し出してきた塗り薬。

 ユウトは受け取ると、外套と制服を脱ぐ。


「ひゃっ」


 ユウトの上半身を見て、小さく悲鳴をあげたミンファ。

 顔を赤くしながら目を逸らした。


「……ご、ごめんなさい。まだ見慣れなくて」


 医療班なのに致命的な純朴さだ。

 すこしはシンクにも見習ってほしいところだ。部屋着がほとんど下着状態のアンドロイドを思い出して苦笑する。

 ユウトが薬を塗っていると、こっちに背を向けたミンファが遠慮がちにつぶやいた。


「あの、ユウトくん……さっきのすごかったよ」


 樹氷のことだろうか。

 ユウトが「メリダのおかげだよ」と答えると、ミンファは首をふるふると振った。


「メリダもすごかったけど、ユウトくんもすごかったの」

「そうかな。ありがと」

「ううん。こっちのせりふ。ユウトくんがいなかったら大変なことになってた」


 それはそうかもしれないけど。

 しかし、鎧獣の群れに一日に二度の樹氷嵐、そして『複巣母体』。

 雲行きが怪しくなっている。


 せめて『複巣母体』がこっちに向かっていなければいいんだが、どうも嫌な予感がぬぐえない。

 そう考えていると、ひととおり薬を塗り終わった。とはいえさすがに背中側は自分じゃ塗れなかった。

 ……いや、やってみるか。

 ユウトは薬を指に塗って、姿勢を曲げて自分の背中をみようとする。


「んぬぬぬぬ」


 首が痛かった。

 さすがに無理か。

 ため息をついたとき、ミンファとばっちり目が合った。

 ミンファはおろおろしていたが、自分が医療班だということを思い出したのか、耳まで顔を赤くして喉から声をしぼりだした。


「ま、まかせて……」


 ユウトの手から薬を取る。


「いいの?」

「う、うん……がんばりましゅ」


 気合を入れたせいか呂律が回ってなかった。

 なんか、悪いことしちゃったかな。


 椅子に座ったユウトの背中をミンファの震える指先がなぞっていく。

 冷たい薬の感触。

 沈黙が少し気まずい。

 そう思ったユウトの背中に、弱々しく話しかけてくるミンファ。


「あ、あの、ユウトくんはどうして機動隊に入ったの? シンクさんから誘われたんだよね……?」

「そうなんだけど……やっぱりこれかな」


 右腕を掲げる。

 黒く輝く義手。科学時代の遺産だ。

 ミンファが不安そうな声を漏らす。


「あのね、右腕なくなったら魔法が使えないって聞いてたんだけど、ユウトくんは使えるんだね」

「僕の力ってわけじゃないよ。この義手は、ちょっと特別みたいだからね」

「そっか……そうなんだね」


 魔法じゃないけれど。

 とはいえ機動隊に入ると決めたのは、なにも黑腕だけが理由じゃない。

 何度も自分に言い聞かせた言葉を、ミンファにも口にする。


「あと、離れて暮らしてる妹がいてさ。そいつをちゃんと守れるようになろうって思ったんだ」

「そうなんだ。お兄ちゃんなんだね、ユウトくん」

「ああ。ミンファは兄弟いるのか?」

「わからないの。わたし、捨て子だから」


 ミンファはユウトの背中を指先でなぞりながら、淡々と語る。


「生まれてすぐに捨てられたの。施設で育って、たまたま魔法のおかげで機動隊に入ることができたの。でも、悲しくないよ。施設のみんないい人で不自由はしなかったから」

「そっか……僕と同じだね」

「え、ユウトくんも?」


 ミンファは驚いたようだった。


「うん。僕は十歳のときにね。だから妹とは離れ離れ。でもこの腕のおかげで機動隊に入ることになったから……そう考えるとなんだか似てるのかもな僕ら」

「そうだったんだ……」


 ミンファの手が背中から離れる。

 塗り終わったのだろうか。

 後ろを見ると、ミンファは自分の手をぎゅっと握って胸に当てていた。

 すこし赤くなった頬。

 さすがに塗るのが恥ずかしかったんだろう。


「こんな話してごめんな、ありがと。そろそろ行くよ」

「ううん。こっちこそ、ごめんね」


 服を着て、外套を手に持って医務室を出る。

 扉を閉めようとすると、ミンファがとっさに声を出した。


「あ、あのねユウトくん。いちど、妹さんに会いに行ったらどうかな?」

「会いに……?」


 それは考えたこともなかった。

 妹がいるのは貴族街だ。内壁のむこうには許可がないと入れない。

 それに、死んだことになってるらしいんだ。そんな兄が顔を見せたら騒ぎになるだろう。


「……できないよ」

「べつに顔を合わせなくてもね、見にいくくらいはできると思うの。事情はわからないけど、こっそり見にいくくらいなら大丈夫じゃないかな。だってユウトくん、なんだかさみしそう」

 

 見にいくだけ。

 それなら問題はないかもしれない。貴族街に入ることは許されないかもしれないけど、いまのユウトならバレずにできる自信はあった。

 ユウトは笑みを浮かべて、ミンファに手を振る。


「ありがとね。考えておくよ」

「うん」


 ミンファと別れて廊下を歩く。

 ……こっそり会いにいく、か。

 そんな小さな欲の芽が、ユウトの胸に芽生えたのだ。



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