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黄昏のG   作者: 裏山おもて
2章 氷の世界
20/73

 

 次の日も。


「ユウトくん、楽しい訓練の時間だよ」


 その次の日も。


「さあ今日も訓練いってみようか」


 またその次の日も。


「ユウトく~ん」

「だあああもうイヤだ! 帰りたい!」


 悲痛な叫びが氷の世界に木霊した。

 何日も続けて外壁の向こう側に連れてこられていた。

 体のなかを流れる魔力をコントロールし、身体機能の上昇に使う魂威変質。


 魔法を使っていた頃は、確かにその力の流れを意識したことはある。だが魔法を使えなくなって六年だ。錆びついて固まったその感覚を解きほぐすには、並大抵じゃできなかった。

 そのせいもあって、隊長のメオは容赦がなかった。


「ほうら、(うずくま)ってないで立ちなよ。死ぬよ?」

「っ!?」


 メオが地面に落ちていた樹氷のカケラを軽く蹴った。目視ギリギリの速度で飛んできた氷の一片は、慌てて避けたユウトの頬をかすめた。

 頬に血が滲んで、しかし傷が空気に触れると即座に凍りつく。


「ちょっと、休憩しましょうよ……!」

「なにを言ってるんだい。休憩してるじゃないか」

「メオさんはそうでしょうけどね!?」


 片手で本を読んでこっちを見てすらいない。それなのに殴りにかかってもひらりと(かわ)される。カウンターに蹴りを叩き込まれて飛ばされる。


「速度が足りないよ。圧倒的にね」


 腹を蹴られて胃の中のものをすべて吐く。吐いてる最中も殺す気で蹴りかかってくるから油断もできない。

 スパルタどころじゃない。拷問だ。


「こんなもの、死ぬ気になれば死ななくて済む程度だよ」

「――っぐ!?」


 必死に抗おうにも、都市から――メオから離れるわけにもいかない。いつどこで鎧獣が襲ってくるかわからないから、と少し見晴らしのいい場所をメオは指定しているのだ。

 逆に壁のなかに戻るには、東の鉄門を開いてもらわないとならない。メオが許可しない限りは開けられない。

 つまり逃げられないってことだ。


「集中が途切れてるよ。目が追いついてない」


 メオの足捌きはのらりくらりとして独特だった。呼吸のタイミングを合わせて予測で避けることができない。しっかり目で追わないと必ず攻撃を受ける。

 本日何度目かわからない蹴りを受けて吹き飛ばされた。

 地面に突き立った樹氷に背中をぶつけて、倒れる。

 ……もう帰りたい。

 息絶え絶えに地面に転がったユウトの頭上から声が降ってきた。


「そろそろお昼にしませんか、おふたりとも」


 天使がいた。

 いや、シンクだった。手に三つ弁当箱を持っていた。


「……ああ、このまま召されたい……」

「もうそんな時間か。楽しい時間は早いねえ」


 メオも笑顔でこっちに歩いてきた。

 シンクから弁当を手渡される。ようやく休憩だ。

 外套を体に巻きつけながら、ユウトは胃の痛みに我慢して食事を摂った。彩のある野菜が入ったバランスの良い弁当だ。味付けもうまい。


 でもどうせすぐ吐くのに意味あるんだろうか、これ。

 先に食材たちに謝っておいた方がいいのかもしれない。ごめんなさい許してください全てはやたらサデイスィックな隊長さんが悪いのです。

 シンクはポットから暖かいお茶をカップに注いで、


「メオさんの特訓は厳しいですか?」

「見てわかるだろ」

「肉体的にはそうですけど、心は見えませんから」


 にっこりと笑うシンク。

 たしかにそうなんだけど。


「でもユウト、この数日でずいぶんと成長しましたね」

「そうか?」

「そうですよ。ほら」


 と、不意を打ってシンクがフォークで目をめがけて突き刺してきた。

 とっさに魂威変質で動体視力を上げたユウトは、スレスレで避ける。

 耳元でフォークが唸った。冷や汗が背中に流れていく。


「ほらね、えらいです」

「か、確認が過激すぎるだろ……」


 ナデナデと頭を撫でられる。

 褒められて嫌な気にはならないが、本気でビビった。


「それにしたって厳しすぎないか」

「そうですかね。メオさんは隊長さんですし、真面目にユウトのことを考えて訓練してくれてますよね?」

「いやあストレス発散は気持ちいいねえ」


 真面目にやってないじゃないか。

 そもそも存在自体がふざけてるようなひとだ。真面目に期待するほど甘えてない。

 とはいえ上達してるのも事実だった。とくに平常時なら反射的に視力の魂威変質ができるようになっていた。

 外壁から飛び降りても問題なく着地できるようにもなった。走る速度もかなり上げられる。あとはメオを殴るだけだ。


「……それが遠いんだけどな」


 苦笑する。

 ユウトが弁当を食べ終わって一息ついたとき、すぐ近くの警鐘が鳴った。

 とっさに空を見上げると、キラキラと舞う樹氷の粒子。

 数日ぶりの樹氷嵐の前兆だ。


「よっと。じゃあ、戻りますか」

「はい。ユウトもすぐに」

「わかってる」


 メオが走った。あっという間に遠ざかっていく、その後ろ姿。

 ユウトも足に魔力の流れを集中させる。

 イメージは、足の裏から力を放出するように。筋繊維から神経、骨の髄までうまく魂威変質を起こして走ると爆発的に脚力が跳ねあがる。地面を蹴ってぐんぐんと門へと近づくメオの背中を、ユウトは同じように走って追う。シンクはユウトのすぐ後ろにぴたりとくっついていた。


 耳元で風が唸る。

 少しだけ心地よかった。


 門から都市の中に戻り、階段を駆け上がる。

 外壁の上から空を見上げるとすでに樹氷が剥がれ落ちはじめていた。


「これは……まさに嵐だねえ」


 メオの感心したような声。

 樹氷嵐といえど、あまり複数の塊が墜ちてくることはない。基本的にはひとつの大きな塊だ。

 だが今回は少なくとも八つの塊が、同時に墜ちてきていた。

 鋭く尖った、凶器のような形だ。


「どうしますか?」

「じゃあ今回は、僕に任せてもらおうかな」


 メオは軽く答えるとポケットから一枚の紙を取り出した。

 小さく折り畳まれた、金属のように輝く紙だ。


「【折紙(おりがみ)解除】っと」


 その一枚の紙がゆっくり開いたと思ったら、面積を広げながらあっというまに長細い形をつくっていく。みるみるうちに紙は一本の剣のような武器に変わっていった。

 初めて見た魔法だった。


「単純なものだよ。僕が傷をつけた物なら、好きに折り畳んだり元に戻すことができる。ただそれだけの、収納の魔法さ」


 メオは笑って「戦い向きじゃないけどね」と付け加える。

 とはいえ驚いたのはそれだけじゃない。メオが手にした武器も珍しいものだった。

 剣……じゃない。刀身はゆるやかに曲がって細い。鞘も曲がっていた。


「……刀……?」

「そうさ。よく知ってるねユウトくん」


 ジルの店で、一度だけ見たことがある。かつて科学の時代にある地方でのみ生産されていた、名声と機能性と美しさを兼ね備えた武器だ。切れ味は他の武器に比べて段違いだが、ジルいわく剣の何倍もつくるのが難しくて滅多に見ることができないという。

 その刀を腰に構えたメオ。

 空から墜ちてくる八つの樹氷を眺めて、目を細めた。


「さてユウトくん。君は視える(・・・)かな」


 迫る樹氷。

 メオは右手で鞘を持ち、左手を柄に添えた。

 その視線が上空の樹氷を捉えた瞬間。


 かすかな金属音が、聞こえた。


 ほんの一瞬だ。

 魂威変質で動体視力をあげたユウトの目にすら、残像しか残らなかった。メオが抜き放った刀は美しい曲線を描いて、鞘に戻された。

 耳に届いたのは刀身が鞘に納まったときの音だけ。


 次の瞬間、上空のすべての樹氷に亀裂が走った。

 魂威変質を使い音速を超えた抜刀術は、その斬撃を上空まで届かせたのだ。

 そのまま迫ってくる樹氷群。

 メオは右手を掲げた。


「【舞の折紙】」


 魔法が発動する。

 圧縮されるように樹氷たちが瞬時に小さく折り畳まれた。

 樹氷が、折紙のようにその姿を変えた。


 ひらひらと舞い落ちる紙吹雪。

 刀を提げた英雄十傑は、その樹氷のなれの果てを指先で弾いて薄く笑った。


「さ、訓練の続きといこうか」


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