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黄昏のG   作者: 裏山おもて
2章 氷の世界
19/73

 

「あ~……疲れた」


 窓の外に見える空がすこし薄暗くなってきた。

 夜が東の空のむこうからやってくる。気温も下がり始めた。


 隊舎二階の詰所で、倒れるようにして椅子に座りこんだ。足がもう動かない。体力と気力の限界だった。

 そんなユウトを眺めて、メオが水を飲みながらカラカラと笑った。


「体力ないねえ」

「……ついこの前まで靴磨きだったんです」


 一日中、メオと外壁の向こう側――氷の世界で走り回っていた。

 体内に流れる魔力をコントロールし、意識した場所に集約させることで身体能力を強化する。魂威変質と呼ばれるその技術は、熟練の機動隊員なら誰でも使いこなせるらしい。鎧獣や樹氷に挑むためには欠かせないものだった。


「ならなおさら鍛えないとね」

「だからっていきなり実践はおかしくないですか」

「ユウトくんの魔力回路はすでに拡張されてるからね。基礎訓練はいらないんだよ」

「……そんなことした覚えないんですけど」


 十歳まで魔法は使っていたが、それ以外のことはしいてないはずだった。もちろんジルに鍛えてもらったわけでもない。


「生まれもった素質だね。もともと君の魔力総量は常人とは桁違いなんだよ。もし生身の右腕があれば、今頃は誰にも真似できない超弩級の魔法が使えたはずさ」

「それにしても、ちょっとやりすぎなような……痛っ」


 頬の傷をなぞって顔をしかめた。

 メオとふたり、魂威変質を使って殴り合った。殴り合うというのは少し違うかもしれない。メオに与えられたのは『一発でもメオを殴る』という課題。一日中やっていたけど、ユウトの拳はかすりもしなかった。逆に何度となく蹴り飛ばされて傷があちこちにある。

 メオは肩をすくめて、


「今日は初日だから優しくしたよ。明日からは遺言書いてきてね」

「本気だ!?」


 口元は笑っていたけど目は笑ってなかった。

 恐怖に慄いていると、まだ人の少ない詰所に入ってきた背の高い少女と目が合う。

 少女は眠そうにしながら、ユウトとメオの隣に腰かけた。


「ふああ……おはようございますメオ隊長」

「おはようメリダリアさん」

「ユウトもおはよう」

「おはよ」


 夜警のメリダは仕事前だ。外套を椅子にかけて、薄着のまま半分閉じた目をこすりながら食堂に向かった。

 同じように夜警の治安巡査班のひとたちが続々と出勤してくる。

 そのなかに紛れて、背の低い少女がオドオドとしながら詰所に入ってきた。両手で救急箱を抱えている。

 ミンファだ。

 きょろきょろと周りを見回していたから手を振ると、こっちを見つけてぴょこぴょことやってくる。

 なんだかネコみたいだった。


「お、お疲れ様ユウトくん」

「ミンファもお疲れさま」

「ほほう。さっそくうちのアイドルと仲良くするなんて、見かけによらずやるじゃないかユウトくん」

「メ、メオ隊長……お疲れ様です」


 ようやくメオに気付いたのか、慌てて救急箱を落としそうになったミンファ。ユウトが横から手を出して箱を机に置いてあげた。


「僕は邪魔者かな、先に帰るとするよ。ユウトくんまた明日もよろしく」

「はい。お疲れ様です」


 鼻歌まじりに去っていくメオだった。


「ミンファはもう勤務時間終わり?」

「……うん。いまから薬屋に寄らないとダメだから。ユウトくんも?」

「まあね。ちょっと早いけど、これ以上は体が動かないから」

「なんかボロボロだね」


 苦笑いされた。

 机に寝そべっていると、お盆に食事を載せたメリダが戻ってきた。

 芋と野菜の煮物だ。栄養がありそうだ。


「お、ミンファお疲れさん」

「おはようメリダ」

「ミンファは今日も可愛いなあ」


 ぐしゃぐしゃと頭を撫でていた。

 ネコと飼い主みたいだった。

 メリダは席に座ると、野菜をスプーンですくって笑みを浮かべる。


「いやあ機動隊は激務だけどさ、ほんとこの食堂だけはめっちゃ助かるよな。ふつうの店じゃ倍の値段するぜ野菜の煮物なんて。味付けは微妙だけどさ」

「たしかに安いけど自分でつくったほうが安く済むよ?」

「それもそうなんだけどさ、ミンファは料理上手だからそう言えるんだ。あたしはてんでダメだからやる気になんないよ」


 拗ねるように唇を尖らせるメリダ。


「練習しないと上達しないよ。こんどウチに来てつくってみる?」

「教えてくれるってのか?」

「うん」

「いいのか? 孤児院なんだろ?」

「うん。小さい子たちは、遊び相手ができて喜ぶから」

「おお、なら行く行く」


 二人のやりとりを眺めていると、なんだか微笑ましい気分になった。それと少し羨ましい。

 こんなふうに気兼ねなく話せる友達なんて、ユウトにはいなかったから。

 メリダはそんなユウトの内心を知ってか知らずか、手をポンと叩いた。


「そうだ、一緒にユウトもどうだ? いいだろミンファ?」

「わ、わたしは構わないよ……子供たちも喜ぶし……」

「だそうだぞユウト。一緒にどうだ?」

「僕も? 僕はミンファがよければ、まあ」

「なら決まりだな。今度孤児院で料理教室しよう! いいよなふたりとも?」


 歯を見せて笑ったメリダ。

 ユウトとミンファは、流されるままうなずいた。

 いままで簡単な料理くらいしか作ったことはない。固形燃料がどこで売ってるのかすらあまりよくわかってない。調味料くらいなら使い走りにされるくらい、という程度だ。


「そんで、ユウトは自分で料理するのか? というか一人で暮らしてるのか?」


 案の定、メリダが首をかしげる。


「えっと……」


 なんて言おうか迷ったときだった。

 扉を開けて詰所に入ってきたのは、金髪の美少女。

 詰所にいた男たちは彼女――シンクを見ると自然に背筋が伸びた。

 英雄十傑にして、数十年もその姿を変えない『魔女』。機動隊のなかでもひときわ強い存在感を放つそのシンクは、ユウトを見つけると迷いなく歩いてきた。


「お疲れ様ですユウト……あら、お友達ができたんですか?」

「ああうん。そんなところ」


 メリダとミンファを見て少し驚いたような表情を見せたシンクは、丁寧にお辞儀をする。


「そうですか。ユウトと仲良くしてくださってありがとうございます」

「おまえは母親か」

「何を言ってるんですか違いますよ?」

「知ってるよ」


 冗談が通じないとは。


「お、おいユウト……シンクさんに慣れ慣れしいぞ」

「そそそうだよ。魔女さんだよ!?」


 焦ったようにシンクの顔色をうかがうメリダとミンファ。

 たしかに、機動隊では上司なんだけど。

 なんて説明したらいいのかユウトが悩んでいると、


「いいのです。私はユウトに身も心も捧げる立場ですから」

「「……え?」」


 顔がひきつったメリダとミンファ。

 ふたりだけじゃない。詰所にいた隊員たちの空気が凍りついた。


「ちょ、ちょっとまてそれは語弊がある! おいシンクちゃんと説明しないと!」

「というわけで帰りますよユウト。今夜は何を食べたいですか? 肉はありませんから、市場にでも寄りましょうか」


 そこらへんの機微には疎いのか、それともわざとなのか。無視して腕を引っ張って連れていかれる。


「待て! 先に訂正させてくれ! たのむ!」

「それではみなさん、お疲れ様でした。ほらユウト、しっかり歩いてください」

「違うんだってば~!」


 詰所にいた隊員たちが呆然と見つめるなか、虚しいユウトの声が隊舎中に響き渡った。


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