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黄昏のG   作者: 裏山おもて
2章 氷の世界
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「あ、きたきた」


 機動隊東支部の隊舎二階には詰所がある。

 食堂や仮眠室を併設した大広間のようなところだ。たくさんの椅子やテーブルが並び、朝と夜は賑わっている。ときどき飲み会の場所になったりもする。


 夜警の機動隊員たちが眠そうな顔をしながら、それぞれ机で報告書を作成していた。時間がくるまでヒマそうにボードゲームで遊んでるのはこれから仕事の機動隊員たちだ。

 ユウトが詰所に入ってくると、少し離れた席から声がかかる。


「こっちこっち!」


 手を振っていたのはショートカットの少女だった。

 ユウトと同じくらいの年頃だろう。少し焼けた肌に、活発そうな表情。ユウトより背が高くて足が長い。制服を脱いで半袖のラフな格好をしていて、その両手足は引き締まったいい筋肉をしていた。


 こっちを見てるような気がする。誰だろう。

 周りを見渡したユウトの後ろからひょこんと飛び出したのは背の小さな少女。

 さっき助けた医療班の子だった。手を振ってきた少女に抱き着く。


「メリダぁ怖かったよぅ」

「うおっと。朝からどうしたミンファ?」


 なんだ、友達だったのか。

 ユウトは外套を脱いで彼女たちの近くの席に座った。先に行ってろと言われたものの、所属がまだ決まっていないからどこに行けばいいのかもわからない。

 手持無沙汰になりながらシンクを待っていたユウトの正面に、さっきの背の高い少女が座ってきた。


「やあユウト。さっきはこの子――ミンファが世話になったようだね」


 少女は小脇に抱えるように、医療班のアイドルの子を隣に座らせて微笑んだ。


「まあ成り行きで。えっと……」

「メリダリアだ。メリダと呼んでくれ。一応、昨日も挨拶したんだけどな」

「ごめん。酔ってて何も憶えてなくて」

「酒豪が多いからなこの支部は。そのうち慣れるさ」


 苦笑しながらメリダは右手を差し出そうとして、慌てて左手に変える。

 ユウトは笑みを返して左手で握手に応じた。


「ミンファは見ての通り男が苦手なんだ。助かったよ。ユウトは強いんだな」

「いままで喧嘩して勝ったことないけどね」


 みたところメリダの方が体格は良い。場数も踏んでそうだし、きっと喧嘩しても勝てないだろう。


「喧嘩相手が悪かったんじゃ?」

「たしかに、片手でハンマー振り回すような相手だったかな」


 冗談めかして答える。

 メリダは活気よく笑った。


「まあユウトの腕っぷしはそのうちわかるだろうさ。所属はどこなんだ?」

「それがまだ決まってなくて……」

「まあ特別入隊者だっていうしな。どこに行っても期待されるぞ? 外套も特別扱いだ」


 意地悪そうな顔をするメリダ。

 なかなか表情豊かな少女だ。


「メリダはどこなんだ?」

「あたしは治安巡査班だよ。きのうは夜警だったから眠いんだ」


 ふわあ、と大きなあくびをひとつするメリダ。

 彼女の横で、ミンファが時計をちらちらと気にしていた。

 そろそろ仕事始めの時間だ。


「じゃ、あたしは帰って寝るとするか。またなユウト、ミンファ」


 立ち上がって詰所を出て行くメリダだった。


「わ、わたしも……医務室にいかないと……」


 ミンファも遠慮がちに立つとユウトにぺこりと頭を下げてから、詰所を出て行った。

 ぞろぞろと兵士たちが仕事に向かっていく。

 そんななか、人波に逆らって詰所に入ってきた男がいた。

 黒い癖っ毛の痩身の男。

 この支部の隊長、メオだ。


「ちゃんと出勤するなんてえらいねぇ」


 メオはユウトを見つけると、ひらひらと手招き。


「ついておいで。外套は忘れずにね」


 なんとなく。

 ほんとになんとなくだけど、嫌な予感がした。






 ……寒い。

 メオに連れてこられたのは外壁だった。

 地平線のむこうの空を覆う樹氷の天井に、太陽が透けて見える。

 暖域と呼ばれる要塞都市でも、朝はまだ寒い。それが氷の世界ならなおさらだった。

 吹き付ける風が肌を凍らせるように冷たくて身震いした。

 そんななかでもメオは外套も着ずにシャツとズボンだけで平気な顔をしながら、壁の外を眺める。


「うんうん、いい気候だね」

「どこがですか」


 このひとの感覚はおかしいんじゃないかと思った。

 ほんとうに母の弟なんだろうか。同じ血が流れてるとは到底思えない。

 メオは自分の髪を指先で弄びながら、壁の下をのぞき込む。


「今日みたいな湿度が高い日はね、樹氷嵐が起こりにくいんだよ。樹氷嵐が起こりにくい日は鎧獣が要塞都市には近づいてこない。つまり街は平和。素晴らしいじゃないか」

「まあそれはそうですけど」

「だから、こんなことをしても大丈夫っと」

「えっ」


 いきなり。

 メオに腕を引っ張られて、壁から外へと落ちた。


「えええええ!?」


 足場もない。

 かなりの高さの外壁から放り出されたユウトは顔をひきつらせながら自由落下を始める。

 バタバタと外套が風になびく。


「落ち着いて。ユウトくんなら着地できるよ」


 ポケットに手をつっこみながら、余裕綽々な表情で一緒に落ちていくメオ。

 無理だ。地面が迫っている。叩きつけられたら怪我だけじゃ済みそうにない。


「集中するんだ。昨日のように」


 ――くそっ!


 やけくそで集中する。

 その瞬間、落下速度が緩やかになった気がした。

 いや、体感時間が長くなっているだけだ。

 目で捉えた映像を理解する脳がギアを上げる。映像を理解するシナプスが活性化し、視野の中にある物の動きが鮮明に刻まれていく。

 ゆっくりと迫る地面。

 このまま落ちればまず間違いなく足は折れる。速度と足の強度を考えれば当然だ。

 衝撃を、吸収しなければ。


「――っ!」


 ユウトは足の裏と膝、腰、下半身すべてに集中する。

 地面に足をついた瞬間、衝撃を分散させるイメージで腰を落とした。

 体の最奥からありったけの力を絞り、筋繊維をすべて使い、衝撃に耐えられるように。


 ダン。と意外と軽い音。

 ユウトの両脚は、しっかりと地面を踏みしめていた。

 少し脚が痺れた。

 ……でも、それ以外は無事だった。


「ほうら、できたじゃないか」

「殺す気ですか!?」


 止まっていた息を吐き出す。

 さすがに今のは焦った。

 心臓がバクバクと音を立てていた。走馬灯が脳裏を走ったような気がした。


「殺す気はないよ。死ぬ気でやってもらったけどね」


 メオは肩をすくめてニヤリと口角を上げた。

 なんてひとだ。

 こんなひとが隊長なんて、いくら身があってももたない気がする。

 ユウトは後ろの壁を見上げながら震えた。


「……むしろなんで無事だったんだ」


 衝撃で全身が砕けるような高さのはず。

 無我夢中で下半身に力を込めたことが功を奏した……そんな言葉じゃ納得できない。


「ユウトくん、君はいままで思い切り体を動かしたことがあるかい?」

「いえ……ないですけど」


 幼い頃から、小屋のなかでずっと過ごしてきた。

 靴磨きを始めてからは義手を隠すために目立つことを避けてきた。

 そんなユウトに、メオは右手の手のひらを見せた。


「僕ら人類は、数世代前から魔法が使えるようになった。ほんらいあるべき物理法則をゆがめて、べつの因果律をつくりだす力。僕らはそれらを魔法と呼び、その魔法を生み出す力を魔力と呼ぶ」

「はい。それはもちろん、知ってますけど」

「なら考えたことはないかい? この世界に存在する因果律のなかに、べつの因果律を生むんだよ。それにはどれだけのエネルギーが必要なのか。どれだけのエネルギーが、僕らの体のなかに眠っているか」


 メオは地面に落ちていた樹氷のカケラを手に取った。

 肩をゆっくりと回して慣らす。


「それだけのエネルギーを僕らは持っている。体内の魔力回路を循環させ、右腕の先にある出力器官から発動させることで体の外に因果律を生む。その現象が、いわゆる『魔法』だ。それを生む魔力は、魔法以外には使えない正体不明のエネルギー……しかし、体外に放出しなくても体内にその膨大な力があることには変わりない」


 メオは手に取った樹氷のカケラを投げる。

 軽い動作で放った樹氷は、まるで閃光のように飛んでいった。

 目に見えないほど、遠くまで。


「経験したことはないかい? 集中して何かを視たとき、世界の速度が遅くなることを。地面を蹴ったとき、想像よりも高く遠くへ跳べたことを」

「……あ」

「魔法以外に使えないと思われているその力は、魔法にしか使えないわけじゃない。体内の魔力回路を訓練することで、いろいろな身体機能の向上に使うことができるのさ。その技術を僕たちは総じて『魂威変質(こんいへんしつ)』と呼んでいる」


 魂威変質。

 メオはそういうと、ユウトの目を見つめて楽しそうに笑った。


「もちろん右腕を切り落とされて魔法が使えなくなった少年でも、魔力回路がなくなったわけじゃない。ってことでやってみようかユウトくん……もちろん、死ぬ気でね」


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