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黄昏のG   作者: 裏山おもて
2章 氷の世界
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 六年前、ユウトは父に殺されていたはずだった。


 そう言われてもピンとこなかった。あのときの記憶はハッキリと残っている。確かに父の魔法で体の自由を奪われて、無抵抗のまま右腕を切り落とされた。


 殺意があったのなら簡単に殺せたはずだ。

 そうしなかった理由はなんだ。

 そもそも、なんで殺されたことになってるのだろう。

 父にとってユウトの存在が邪魔になったから、魔法を奪うために右腕を切り取られて捨てられたと、いままで思っていた。

 それも違うのだろうか。


「う~ん……」


 ユウトは長い一日を終えて、部屋に戻ってきていた。

 シンクの部屋だ。装飾もなにもない簡素な部屋。


 新兵として入隊したユウトは、さっきまで機動隊員たちの手荒い歓迎を受けていた。みんな夕暮れになると歓迎会と称してどこからか酒を持ちより、盛大に騒ぎ立てたのだ。

 初めて酒を飲まされたユウトはべろべろに酔っぱらって、いつの間にかこのベッドで寝ていた。

 胃が気持ち悪かった。


「お水、飲みますか?」


 ベッドで横になっているとシンクがコップに水を注いできてくれた。

 部屋着のシンクは、機動隊の制服とは違いかなり露出が多い。

 そりゃあ部屋着なんだから当然かもしれないけど、肩も太もももむき出しなのには視線のやり場に困ってしまう。しかも風呂上がりなのか、髪が濡れていて首元に張りついている。

 なるべくシンクを見ないようにしてコップを受け取り、喉に流し込んだ。


「ユウトもシャワー浴びたらどうです?」

「もうちょっと……」


 いま立つと吐きそうだった。


「こういうときは一度吐いたほうが楽になるらしいですよ」

「……そうなのか」


 だからといって自分から吐こうなんて思わないけど。

 それより会話していたほうが気が紛れそうだった。

 気になることもある。


「なあ、シンクはどうして僕のことを知ってたんだ」


 初めて会ったはずなのに、名前を知られていた。

 ユウトが黑腕の適合者だと知ったのもそのときが最初なのに。

 聞こうと思って聞けなかったことだ。

 シンクはベッドの端に座った。

 ギシリと軋む。


「知ってますよ……ユウトのことならずっと昔から」


 ユウトの髪を撫でてくる。

 優しい手つきだった。


「私はユウトが産まれたときもそばにいました。ゴートさんがあなたの腕を切り落としたときも、あなたがジルレインさんに拾われたときも」

「え……?」

「ごめんなさい、ジルレインさんの手前だったから少し嘘をつきました。黑腕の適合者があなただということは最初から知ってました。あなたの成長を無事に見届けるために、私はこの街で暮らしていたんです」


 そうだったのか。

 それなら納得がいく。シンクが現れたタイミングも。


「なら、父さんが僕を捨てた理由も知ってるの?」

「いえ……私はその命令がゴートさんに下されたとき、別の仕事でこの要塞都市を離れていましたから。なんとかその夜――ユウトが腕を切られる瞬間には間に合いましたけど」

「命令? 命令って?」


 父は自分の意志でユウトを捨てたんじゃなかったのか。


「わかりません。同じ英雄十傑の私にも教えてくれませんでした。ですがひとつわかってるのは、要塞都市のすべてを司っている王が、そうするように命じたみたいです」


 王様。

 要塞都市の政治を仕切る王だ。

 もちろん会ったことはないが、この都市の中枢だってことは知っている。そんな人がなぜ。

 一層、謎が深まった。

 父は自分がそうしたくてユウトを捨てたわけじゃなかったのか?

 理由はなんだ。父はユウトを捨てるように命じられたのか、あるいは殺すように命じられたのか。どちらが本当かわからないが、その理由はなんだ。


「……父さんに会って、話がしたい」

「いずれできますよ。ゴートさんはいま、西支部の隊長です。ゴートさんが簡単に話してくれるとは思いませんが、もしユウトが英雄十傑になれば対等に話ができるようになります。私がそれまで全力でサポートします」

「ありがと」


 英雄十傑、か。

 メイジェン総隊長に言われたその言葉が、すこし実感を伴った。

 自分が捨てられた理由のためにも、父がどう感じていたかを知るためにも、もちろん世界樹を壊すためにも。

 もっと力をつけないと。

 この黑腕の力じゃなくて、自分の力を。


「やるぞ……僕はやるぞシンク……」

「ふふふ、頼もしいです」


 ドサッと倒れ込んできたシンク。

 ユウトの目にシンクの整った顔が映る。

 綺麗な金髪に、薄紅色の瞳。

 至近距離で見つめあう。

 息がかかる距離で見つめられて鼓動が早くなった。

 意識しないように視線を逸らそうにも、近すぎて胸元くらいしか視線の逃げ場所がない。

 なにか別のことを考えろ。

 なにか別のことを――


「……って、あれ?」


 そこでようやく気付く。

 シンクはずっとユウトのそばにいたという。

 産まれたときからずっとだ。

 父が英雄十傑のときだけじゃない。ジルが英雄十傑だったときからずっと同じ戦士としてこの要塞都市を守ってきたのだ。

 だとすると、十八歳ほどの見た目はとにかく実年齢がそうであるはずはない。


「シンクって……何歳なんだ?」

「女性に歳を聞くのは失礼ですよユウト」


 茶化すように笑うシンク。


「じゃあ聞き方変える。シンクって何者なんだ?」


 黑腕のことも科学時代のこともユウトのことも、あまりに数多くの知識があった。

 右腕じゃなくて、左腕で魔法を使うかのように樹氷を消していた。

 そんなことふつうの人間じゃ無理だ。魔法を使えるのは誰一人例外なく、右手のみ。

 そもそもアレは魔法なのか。


「……人間、なのか?」


 歳をとらない人間。

 彼女は、ユウトの両手を握りしめながらつぶやいた。


「私は、世界樹を破壊するために生み出された人造有機機工体(アンドロイド)です。ユウトが世界樹を壊すまで、あなたにこの身を捧げることが目的で造られました」


 アンドロイド?

 聞き覚えのない単語に戸惑う。

 ただ文脈から、シンクの言う意味がなんとなく想像できてしまった。


「えっ、ちょっとまって。それってつまり、科学の時代の……?」

「はい。私はかれこれ三百年ほど生きてます。アンドロイドを生きていると定義するならですが……まあ、どっちにしろユウトよりはすこしお姉さんですね、ふふふ」

「お姉さんって……」


 三百年。

 それはたぶん、まだ科学が残っていた時代だろう。

 世界樹に侵略されつつある文明のなかで、その世界樹に対抗するために造りだされた生命体。

 どう見ても人間そのものなのに。

 科学というものは、そんな技術まであったのか。


「私には成長も退化も劣化もありません。そういうふうに造られました。もちろん科学時代に造られたアンドロイドということは隠してますが、それゆえ歳をとらない私は『魔女』と呼ばれてるんですよ」


 ユウトの手を握るシンクの手は、暖かくて柔らかかった。

 この手も造られた物なのか。


「シンクは、生きてるのか?」

「一応は生物にカテゴライズされますが、存在意義ではむしろ道具に近いです。人間と同じふうに呼吸をして、人間と同じように物を食べ、人間と同じふうに過ごしていますが、そういう風に造られたからそうなっているだけです」


 道具だなんて。

 そんなふうに思えなかった。


「私は老いることも死ぬこともなく、ただ時間の流れを眺めて生きてきました。友人や仲間が老いて死んでいき、その子どもたちが生まれて老いて死んでいく。そんな風景を、何度も何度も眺めてきました」


 シンクの瞳はかすかに揺れていた。

 そんな気がした。


「私は人造有機機工体。個体識別番号は紅001号・通称『シンク』。世界樹を壊すためだけに生み出された人工生命体です。主であるユウトの手となり足となり盾となり、あなたにすべてを捧げます。私はこの時のため、ずっと……ずっと待っていたのです」


 そう言って目を閉じたシンク。

 三百年以上もの長い時間を、ずっと待っていたのか。

 たとえ人工的に造られた命だとしても。

 人間と同じように考え、同じように感じているのなら。

 ユウトにはそれがどれほどの時間だったのか想像もできなかった。

 どれほどの辛さだったのか、想像できなかった。


「……シンク」


 ユウトはその肩をそっと両手で包む。

 暖かい。心臓の鼓動も感じる。

 いろんな言葉が思い浮かんでは、消えていく。

 シンクにかけるべき言葉がなんなのか、わからなかった。

 上っ面なことだけは言いたくない。


 この時代を待ちつづけ、悠久の時を過ごしてきた彼女にかける言葉。

 いまかけてやれる言葉。

 ユウトはシンクの体をぎゅっと抱きしめた。


「いままで待ってくれて、ありがとう」

「……はい」


 小さな返事は、折れそうなほどか弱かった。



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