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黄昏のG   作者: 裏山おもて
2章 氷の世界
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「すまないが他に予定があるものでね、先に失礼するよ」


 メイジェン総隊長が部屋から出ていった。

 めまぐるしく状況が変わっていくようだ。

 扉が閉まると、ユウトは息をつきながら椅子にもたれかかる。


「機動隊はまだしも……さすがに英雄十傑は無理だよ」

「そんなことないです。ユウトならすぐですよ」


 巨大な氷を一瞬で消したシンクに言われても説得力はない。

 とにかく機動隊の一員になってしまった以上は泣き言を漏らしても始まらないだろう。

 黑腕をまた右手に装着して、いままで着ていた外套を脱ぐ。


 新しい外套。

 機動隊員の証だ。

 軽くて暖かい。いままで着たどんな服よりもいい素材だった。


「似合ってますよユウト」

「ありがとう。でもなんで僕のは深緑色なんだ? シンクとかメイジェンとか、ほかのひとたちのは赤色だろ」

「緑色は特別なんですよ」

「なんで?」

「いまは要塞都市の一部にしかありませんが、むかしこの世界はたくさんの木々で覆われた植物の森がありました。気温も温暖で、数えきれないほどのたくさんの命が芽生えていました。深い緑は命の繁栄の象徴なんです」


 なるほど。

 ユウトは自分の右腕を見つめる。

 その色を背負うという意味を、すこしだけ考えた。


「……できるかな」

「やりましょう。ユウトのことは私が死ぬ気で守ります」

「それは心強いや」


 英雄十傑が守ってくれるなんて、これほど頼りになることはない。


「ではさっそく隊内に挨拶に参りましょう」

「挨拶……胃が痛くなってきた」


 ユウトが立ち上がりかけたとき、外から大きな鐘の音が鳴り響いた。

 耳をつんざくほどの轟音だ。

 とっさに耳を押さえて窓の外を見る。

 灰色の合成石でできた外壁の上、大きな鐘が揺らされていた。

 さすが都市中に響き渡る鐘の音だ。この距離だと痛いくらいに聞こえる。


「……樹氷が降るのか」

「そうですね。ちょうどいいです、参りましょう」


 シンクに手を引かれて、部屋を出る。

 問答無用に走らされる。

 一階まで駆け下りて、そのまま隊舎を出て外壁まで街道をゆく。

 外壁には階段が備え付けらえていて、息をつく暇もなく駆け上がった。機動隊の隊舎の倍以上はある高さを一気に登った。


 不思議なことに、まったく疲れなかった。そんな走ったこともないのになぜだろう。

 その疑問に答えが出る前に、壁の頂上まで登りきる。

 視界が一気に開けた。


「うわ……」


 つい、声が出た。

 白い光景が広がっていた。


 氷だ。

 外に広がるのは一面の氷。

 大地に突き刺さる無数の氷の牙だ。大きなものではこの外壁よりも巨大な氷たちが、地平線までずうっと続いている。


 空も、大地も、氷に覆いつくされた世界。


 初めて見る景色に、言葉を失った。

 この外壁からじゃあ、視界を遮るものはほとんどない。

 狭い路地も、建物も、人々もなにもない。

 そんな風景が広がっていた。


「これが外界……」

「はい。これがこの世界の本当の姿です」


 風が吹きつける。

 凍てつくような寒さが肌に張りついた。思わず身震いする。


「……寒い」

「すぐに慣れますよ。それよりほら、見てください」


 シンクが空を指さしていた。

 天を覆った世界樹の氷から、キラキラと細かい粒子が墜ちてくる。


「あれが前兆です。もうすぐ樹氷嵐が起きますよ」

「えっもう? ほかのひとたちは?」


 ユウトは周りを見回した。

 壁の上にいるのはユウトとシンク。それと少し離れたところにいる背の高い痩せた男がひとりだけ。

 ほかの機動隊員の姿はなかった。隊舎のなかにはあんなに人がいたのに。


「降下してくる樹氷から街を守れる者なんて、機動隊といえどそう多くはありません。もちろん腕に自信があればこの任務に参加してもいいですが、義務があるのは担当地区の英雄十傑だけです。残りは市民の避難の誘導などです」

「ってことはあのひとは……」

「はい。英雄十傑にして、東部隊の隊長さんですよ」


 ボサボサの黒髪をした、やたら眠たそうな男だった。寝起きなのか薄着のままあくびをしていた。帯剣もしておらず、機動隊の印である外套すら羽織ってない。

 あんなの機動隊員だとは言われなければわからない。


「でも、頼りになりますから」

「……そうなのか」


 シンクが言うならそうなのだろう。

 空を仰ぐと、キラキラと舞う粒子がさっきよりも多くなっていた。直感的にわかる。

 ――墜ちてくる。


「来ます」


 シンクの言葉通り、都市のほぼ真上の氷が樹枝から離れて落下を始める。

 はるか上空だ。どれくらい大きいのかよくわからない。

 そう思っていたら、あっという間に近づいてくる。

 速い。

 少しずつ距離感がつかめてきた。

 デカい。それこそ機動隊の隊舎の三倍ほどはあるだろう。

 あんなものが直撃したら押しつぶされるどころじゃない。衝撃で周囲も吹き飛ぶだろう。

 こんなものからずっと都市を守ってきたのか、英雄十傑は。

 ゴクリと固唾を呑む。

 

「あ~らら」


 と、緊張に体がこわばったユウトと対照的な気の抜けた声。


「これくらいなら僕が来ることなかったんじゃないのかなあ。シンクちゃん、あとは頼むよ」


 そう言ってゴロンと寝転んだのは東部隊の隊長だった。

 ちょっとまて。

 この状況で職務放棄ってなんだそれは。

 顔をひきつらせたユウトだったが、シンクは反対するどころか、


「そうですか。今回の樹氷は単体のようですし、ユウト一人にまかせましょう」

「えええ!?」


 つい声が裏返る。

 もう樹氷は迫っている。

 文句のひとつやふたつも言いたいところだったけど、そんな余裕はない。


 慌てて右腕を――黑腕を空に向けた。

 関節部にある丸いギアを捻ろうとすると、後ろからそっとユウトの腕を包み込むようにシンクが握りしめた。


「まだです。まだ引きつけてください」


 耳元で声がして、むずがゆい。

 抱きしめられるような姿勢になったけど、恥ずかしがってる場合でもない。

 ユウトは息を呑んで、迫りくる樹氷に狙いを定めつづける。

 じっと見つめる。

 ふとその速度が遅くなったような気がした。

 いや、そんなわけがない。ここにきて樹氷の落下速度が遅くなるわけはなかった。

 

 視ることに集中したユウトの視線のなかのすべての動きが、さっきよりも緩やかになっていただけだ。

 ……この感覚は覚えがある。

 幼い頃、父の仕事を見に行こうとして貴族街を出て商店街まで向かった。そこで樹氷のひとつが空で弾けてなぜかこっちに飛んできたのだ。そのときにも同じ感覚があった。あのときは父の魔法を真似して、樹氷を閉じ込めたっけ。

 そのときは小さな氷塊だった。あまり恐怖も感じなかった。


 今回は、そのときとは比べ物にならない大きさだ。

 失敗すれば確実に死ぬだろう。

 ギリギリまで引きつけろ。

 最大限の力で押し返すために。


「まだです……まだ……まだ――いまです!」


 シンクの叫びと同時、ユウトは黑腕のギアを解放する。

 生まれたのは烈風。

 風と呼ぶにはあまりにも強烈な一筋の風は、衝撃波を生みながら腕の先から放たれる。


 巨大な樹氷が波打った。

 直後、樹氷は粉々に砕け散りながら上空へと押し戻される。ただ空に吹きあがっていくだけではない。砕けた樹氷のカケラはその粒子をボロボロと崩していく。

 すべての粒子が空に巻き上げられ、風に吹かれてキラキラと輝きながら散っていった。

 一片も地面に落とすことなく樹氷は消え去った。


「さすがです、ユウト」

「……できた……」


 ユウトは息をつく。体がどっと疲れていた。

 たった樹氷のひとかけらだ。世界中を覆う氷に比べれば、ほんのわずか。

 だけど打ち勝った。

 ぐっと拳を握りしめた。


「や~面白いねえ」


 パチパチパチと手を叩く音がして、顔を向ける。

 寝転びながらへらへらと笑う隊長がこっちを眺めていた。


「右腕がないのに凄まじい魔法の力だね。それとも魔法じゃないのかな。まあそんなことはどうでもいいか。とにかく面白かったよ。こういうときはなんていうんだっけ……ああ、ブラボーだ。ブラボー、少年」


 壮年というには早すぎて、青年というには遅すぎる。

 そんな風貌の男は眠そうな目の片方を閉じながら、ユウトに拍手を送った。


「ああ、自己紹介がまだだったね。僕は東部隊隊長のメオだ。いちおう英雄十傑なんてのをやらせてもらってるよ。新顔くん、よろしくねえ」

「ユウトです……よろしくお願いします」


 妙なひとだった。

 少し気になったのは艶のある黒髪だった。

 この都市では真っ黒な髪なんて珍しい。


「ああ、僕の髪が気になるのかい? 湿度によって曲がる角度が違うんだよね」


 指先で毛先をくるくると弄るメオ隊長。

 そうじゃない。


「冗談冗談。この都市で黒髪は珍しいからね。貴族街のレイト家と僕らの家くらいなもんだね」

「あの、メオさんの家って……」

「シノメ家さ。街角のパン屋さんをやってるよ」

「……シノメ家……」


 聞き覚えがあるなんてものじゃない。


「あの……メオさん。ユウナ=シノメって名前を聞いたことは……」

「僕の姉のことかい? 十六年前に亡くなった」


 やっぱりそうだ。

 ユウトは目の前で眠そうに寝転ぶ男をじっと見つめる。

 ……このひとは、母の弟だ。


「あ、あの……僕……あなたに一度……」


 声が震えたユウト。

 メオはそんなユウトを見て、唇に指を添える。

 黙っていろ、といわんばかりに微笑んで。


「奇遇だねユウトくん、僕も姉の息子にはむかし一度だけ会ったことがあるんだよ。彼と君はすこし似ている気がするけど……まあ、そんなことは僕の気のせい(・・・・・・)だろう? なんせ彼――ユウト=レイトは六年前に殺されてるからね。父親のゴート=レイトの手によって」

「……え?」

「その彼と君は別人のはずだ。そうじゃなきゃ君は亡霊さ。もし亡霊が生き残っているなんてことがバレたらまた殺されかねない」


 父に、殺された?

 そんなことは知らなかった。ただ腕を斬られて捨てられたんじゃなかったのか。

 ユウトの存在が迷惑になったから捨てられたんじゃなかったのか。


「僕が亡霊……?」

「いいや、君は人間さ。ユウト=レイトではないからね」


 なにがどうなってるのか、ユウトにはわからなかった。



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