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黄昏のG   作者: 裏山おもて
2章 氷の世界
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 いままで生きていた世界は、ほんの小さなものだと知った。

 壁の向こうに広がる幻想的な景色。

 はるか地平線の向こうには、何があるんだろう。

 視線が広がることがこんなに気持ちいいなんて思わなかった。

 でも、同時に知った。

 いままでいた場所が、どれほど暖かったか。

 守られていたかを。

 だからこの場所を、大事にしようと思えた。

 自分だけじゃない。

 大切なひとが、安心して暮らせるように。


 そう思った――



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



 ラ・セル商会の者たちは、駆けつけた機動隊兵士にすぐさま捕まえられていった。

 大きな建物が丸ごと消えて土の地面がむき出しになってしまった街角も、はやくもいつもの喧騒を取り戻し始めていた。樹氷が直接墜ちてきたわけじゃないと知った人々は、商会の者たちに悪態をつきながら日常へ戻っていく。

 あとは機動隊がなんとかしてくれるだろう。


 ユウトたちは場所を移し、家に戻ってきていた。

 リビングの椅子に座ったユウトの正面には、金髪の綺麗な少女。

 少女の名前はシンク。

 通称は『魔女』だ。

 この要塞都市では、誰でも知ってる名だった。


「茶は出ねえぞ」

「おかまいなく」


 不機嫌な様子でジルがソファに座って睨んでくる。

 すこし居心地が悪かったけど、話があるというなら仕方ない。


「それで……さっきのことなんだけど」


 ユウトが切りだすと、シンクは微笑んだ。


「はい。改めてご挨拶もうしあげます。私はシンク……この度はユウトを迎えるため、馳せ参じました」

「ええと、話が呑みこめないんだけど」


 なんのことかさっぱりだった。


「なんで噂の『魔女』が僕なんかに? 僕のこと科学のなんとかって呼んでたけど、それってなに?」

「『科学の英霊』です」


 だから、それがなんなんだろう。


「かつてこの世界にはですね、科学という文明が……」

「それは何回も聞いたよ。耳にタコができそうだ」


 幼い頃から何回も何回も。絵本にもなってる昔話だ。

 シンクはこほんと咳払いをして、


「では、ここからが重要です。科学文明が遺した『神器(オーパーツ)』のひとつ【霊王の五躰(ごたい)】は、その名のとおり五つの科学兵器ですが、そのそれぞれに適合者が一人しかいません。『黑腕(こくわん)』の適合者こそユウト、あなたなんです」


 適合者。

 ユウトの右腕にぴたりとはまった義手。

 とはいえ適合って言葉は、なんだか大袈裟な気がする。


「ひとりって……この街に?」

「いいえ。全ての時代の人間のなかで、です」

「え? それってなんか変だよ」


 有り得ない。もしシンクの話が本当なら、『黑腕』が造られたのは数百年前の時代だ。それがユウトにしか適合しないなんて、虚構じみている。


「僕が生まれるかもわからないのに」

「いえ、わかってたんです。予言者のおかげで」


 シンクは片手を広げる。

 五本の指をユウトに見せる。


「【霊王の五躰】は、世界樹を破壊するために造られた五つの兵器です。しかし滅びゆく科学文明では抵抗する人類の力も弱まり、世界樹に挑むことが不可能だと誰もが知っていた。だから託したのです……予言者の手を借りて、人類がふたたび繁栄を始めたこの時代のために」


 ゆっくりと広げた五本の指を折っていく。

 最後の一本だけは残して。


「【霊王の五躰】は滅びゆく文明の混乱に紛れて行方不明になりました。私もずっと探していたんですが、さきほど【五躰】を――『黑腕』をつけたユウトを見つけました。ふたつを同時に見つけられるなんて運が良かったとしか思えません」


 スラスラと説明していくシンク。

 なんか壮大な話になってきてる気がする。

 話は呑み込めたけど、嫌な予感しかしなかった。


「私は探しているのです。この時代に生きている五人の適合者と五つの神器を。そして見つけました。最初のひとり……ユウト、あなたを」

「じゃあ君は……シンクは、僕に世界樹を壊せって?」

「はい。私とともに戦ってください」


 頭を下げるシンク。

 ユウトは右腕の義手を眺める。

 世界を汚染してる世界樹を破壊できるのは、この腕だけだなんて。


 そうそう信じられるような話じゃない。


 世界樹だってこの都市の近くにあるわけじゃない。どこか遠い場所に生えてるんだ。それを壊しにいくなんて想像もつかなかった。

 ユウトが返事をしかねてると、それまで黙って聞いていたジルが拳でソファを叩いた。


「適合者だかなんだか知らねえが、ユウトにそんな真似させられるか」

「ジルレインさん。これは、世界のために必要なことなんです」

「うるせえ。おめえの話がすべて真実だって保証もねえだろう」

「そうですね。でも、ジルレインさんなら知ってるでしょう? この星にはもう時間がないことくらい」


 シンクはじっとジルの目を見つめる。

 ジルが険しい表情で押し黙った。


「世界樹が高い空からわざと樹氷を落とすのは、地面のはるか下――この星の核まで汚染するためです。星のすべてを呑みこみ氷の惑星になるまでは、もはや時間の問題なんです。もう三百年以上も大地の奥に向けて汚染が侵攻しつづけて、猶予はあまり残されてないません。核が汚染されてしまえばこの星は終わりです。ですからユウト、お願いします」


 いままで靴磨きをして生きてきた。

 毎日くだらないことでジルと喧嘩して、少しずつ義肢の作り方も覚えていっている。このままの生活に不満を持ったことはない。ここから出ることも、ましてや外の世界のことなんて考えたこともない。

 ……だけど。


「私とともに、世界樹と戦ってください」






 すこしだけ考える時間が欲しい。

 そう言って自分の部屋に戻ったユウトは、ベッドに寝転がっていた。

 工房から鉄を打つ音が聞こえる。ジルが脚を治してるんだろう。


 天井に空いた穴からは青空が見えていた。

 その青空に義手をかざしてみる。たった小さな義手ひとつが、この空を覆う世界樹を壊すために造られたなんて。自分がそんな大役を担ってるなんてバカみたいな話だ。

 荒唐無稽もいいとこじゃないか。


「……なんだよ、それ」


 渇いた笑い声が漏れてくる。

 ユウトは起き上る。

 鏡に自分の顔が映る。とても母に似ていると、むかしから父が言っていた。

 でも、艶のある黒髪は失われた。いまはもう真っ白になってしまった。

 それでも伸ばしつづけた。妹が好きだった長い髪のまま。


「……レイラ……」


 元気だろうか。

 思い出すと、会いたくなる。

 この街に捨てられた自分は彼女に会うことなんてできない。もう六年が経った。そろそろ十二歳、すこしは大きくなっただろう。どんな女の子になってるのか一目でいいから見てみたかった。

 ユウトは両手を広げてみつめる。


 生身の左手。

 黑鉄の右手。

 どっちも握りしめる。

 ――まぎれもない、自分の手だった。


「……よし」


 ユウトは立ち上がると、階段を降りていく。

 椅子に座ったままの金髪少女に声をかけた。


「ねえ、シンク。聞きたいことがあるんだけど」

「なんですか?」

「世界樹が星の核を呑みこんだら、どうなるの」

「世界は滅びます。都市も、人間も、鎧獣も、すべて生きられない気候に変わるでしょう」

「……それは、いつの話?」

「早ければ数年後です。遅くても、百年以内には必ずにそうなるでしょう」


 それは星の寿命。

 人間の終焉。

 それなら選択肢はない。

 ユウトにとって大切なのは、世界だとか都市だとか、そんなものじゃない。

 そんな大仰なことは言わないけれど。


「わかったよシンク。僕でよければ」


 せめて妹の未来だけは守ってやりたかった。



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