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黄昏のG   作者: 裏山おもて
1章 胎動
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 ユウトとジルを取り囲む、ラ・セル商会の男たち。

 それぞれが右腕を掲げてジルを狙っている。


 相手の中心核は衝撃を生む魔法使いの男だろう。あれほど戦闘向けの魔法はなかなかいない。彼の指示に従って、ゆっくりとこっちを包囲していく。

 十数人はくだらない。それぞれがどんな魔法を持っているかわからない。

 こちらと言えば、ジルは右腕があるのに魔法を使う気配はなかった。そう言えば、そもそもジルが魔法を使っているのを見たことがない。


「お師匠、魔法は?」

「そんなもん必要ねえ」

「必要ない? 使えないの間違いだろ?」


 商会の男が嘲るように言う。


「ジルレイン。貴様はたしかに過去、すさまじい強さを誇っていた。英雄十傑として長きに渡り都市防衛を支えてくれたことには、一市民として感謝する。だが足を失った貴様はもう戦うことなどできなくなったはずだ」


 男の言うとおり、ジルは義足での暮らしを余儀なくされた。

 いまなんて義足も取り外してるから完全に片足の状態だ。


「英雄十傑だった貴様の魔法くらい、当時を覚えてる者なら誰もが知ってるぞ。目に見えぬほどの速度で走ることができる魔法だったな? 皮肉なものだな、その状態では魔法を使ってもまるで意味がない」

「……お師匠」


 いままでユウトは、ジルがわざと魔法を使わないと思ってた。

 魔法を使えなくなったユウトの前では使わないだけだと思っていた。

 だが、たとえ右腕があってもジルには魔法を失ったことと同じだったのか。

 それならこの状況は、武器のあるユウトのほうがいい。


 ユウトは黒い義手を動かそうとした。

 それを察して、すっと手で制したジル。


「チンピラごときこれで充分だ」


 片手でハンマーをぐるりと回し、軽く地面に叩きつけた。

 威嚇の振動が響く。

 それを皮切りに、商会の男が右腕を掲げた。


「【閃の衝撃】!」


 破裂が連鎖しジルに迫る。

 とはいえさっきも防いだものを、今回防げないわけがない。

 今度はハンマーを振り上げて衝撃を相殺する。


 ジルを取り囲んでいた男たちもそれぞれ魔法を発動させた。小さな火の玉を放った者、石を肥大化させて投げてくる者、目くらましになる光を生み出す者。

 周囲からの魔法を一瞥したジルは、特になにもせずすべてその身で受ける。

 すべて直撃した。


「……まあ、こんなもんか」


 平気な顔で髭を撫でる。ジルの巨体には傷一つついてなかった。

 体が頑丈なのは見た目どおりだ。そんなちんけな魔法じゃ通じないことくらい、一緒に暮らしているユウトにはわかっていた。

 ジルにとっては気をつけるべきは戦闘向けな衝撃の魔法だけ。

 だがそれも、ジルはハンマーを使って軽々と防いでしまう。


「おめえも機動隊に入れば、もうちっとマシな力の使い方(・・・・・)を学べたのになあ」

「ちっ」


 男が放った何度目かの魔法がまたジルの腕力に打ち消されて、舌打ちを鳴らす。

 このままじゃ決着などつきそうにない。ジルに近づいてくる者もいないが、ジルも片足じゃその場から動くことはできない。

 膠着状態はジルに有利だった。ジルは相手を倒したいわけじゃないだろう。時間を稼いでいれば機動隊が来る。そうなると、相手に不利になるのは目に見えていた。

 焦ったのは相手の男。


「これはどうだ!」


 商会の男は標的をジルから氷と化した建物に変えた。

 氷の根元に衝撃を叩き込む。

 ビシッ、と氷塊に亀裂が走った。


「ちっ――逃げろ!」


 ジルが野次馬の群集たちに叫んだ。

 巨大な氷が根元から割れながら、ジルとユウトたちに向かって倒れてくる。

 これはマズい。

 このままじゃ街道どころか向かい側の建物も巻き込まれるだろう。ジルが焦ったのはその質量などではない。本当に怖いのは、感染してしまったら氷へと成り果ててしまう樹氷特有の感染力だ。石畳の道も、灰色の建物も、そして群衆さえもが氷の一部と化してしまうだろう。


「みんな、伏せて!」


 ユウトはとっさに叫んだ。

 外套の下に隠していた黑腕をさらけだし、倒れかかってきた氷塊に向ける。

 これでいけるのか?

 さっき使った烈風は、この氷を砕くことはできるだろう。

 でも、そのあとは?

 砕き損ねた氷が飛び散って、周りの人たちを巻き込まない保証はない。


 ユウトは逡巡する。

 群衆たちの叫び声。

 ジルがハンマーを持つ腕に力を込める。

 商会の男たちはこの場から逃げ出していた。

 どうすれば――


「そこまでです」


 喧騒のなかで響いたのは、美しい声だった。

 いつのまにか、傾いた氷塊のすぐ近くに少女が立っていた。

 すこし年上だろうか。

 十八歳ほどの、金色に煌めく髪を持った美しい少女だった。

 ……誰だ。

 少女はユウトに軽く微笑むと、氷にむかって華奢な左腕(・・)をかざした。


「食べなさい」


 一瞬だった。

 少女の左手が氷塊に触れた途端、氷は跡形もなく消え去った。

 驚愕に固まる周囲の者たち。まるで氷が幻だったかのように霧散した。

 ユウトも消え去った氷の影を探して、何度もまばたきをする。

 弾くでもなく、砕くでもなく、飛ばすでもない。氷が消えてしまった。


 なにが起こったのか理解できなかった。

 群衆が呆然とするなかでただひとり冷静に言葉を紡いだのはジルだった。


「おう……あいかわらずだな」

「お久しぶりですねジルレインさん。あなたこそ、あいかわらずの逞しい体ですね」


 少女は頭を下げてジルに微笑む。

 ジルは苦笑しながら、首をひねった。


「来てくれて助かったが、おめえはいま東の担当だろう。なんでこんな南街のはしくれにいるんだ」

「それは――」


 と、少女は視線を変える。

 ジルの隣にいたユウトと見つめ合う。

 同じ目線の高さ。

 つぶらな瞳がじっとユウトを見てくる。


「迎えに来ました」

「え?」


 少女はにっこりと笑みを浮かべて、羽織っていた赤い外套をユウトに見えるようにはためかせた。

 その外套は知っている。

 機動隊の印だ。


「私は機動隊副総隊長、名をシンクと申します。僭越ながら英雄十傑の一員として都市防衛の任につかせて頂いております。それゆえこの都市の方には『魔女』と呼ばれておりますが……とはいえ今日は『魔女』としてではなく、個人的な用件で参りました」


 少女は膝を折ってユウトの手を取った。

 まるで主にかしずく従者のように、その頭を垂れながら。


「ようやく。ようやくお会いすることができましたユウト。いえ……『科学の英霊』よ」

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