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黄昏のG   作者: 裏山おもて
1章 胎動
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 唖然とする。

 パラパラと落ちてくる天井の破片。そのすべてが粉々に砕かれていた。


「ユウト、おめえまさか」


 ジルが青ざめた顔で、ユウトの右手を掴んだ。

 腕になった黒い義手を睨むように眺める。


「使ったのか、これを」

「ご、ごめんなさい」

「体はなんともねえか? 記憶は? 自分が誰かわかるか?」


 ジルが真剣な眼差しでユウトを見つめる。

 こんな焦った表情、初めて見た。

 ユウトは首を横に振って、


「だいじょぶだよお師匠。ぜんぜん、なんともない」

「……そうか」


 安心したようにため息をつくジル。

 いとも簡単に天井に穴を開けた黒い義手。排熱機関があるのか、義手の側面から空気音と熱が漏れていた。

 ただの義手にできる芸当ではない。

 この義手がなんなのか、そういえばジルはなにか知っているようだった。なんて言ってたっけ。たしか……


「お師匠……黑腕(こくわん)って?」


 この義手を見たことがあるのだろうか。こんなことができる義手を。

 ジルは腕を組んで空を仰いだ。

 言いたくなさげな表情で、しかし言わざるを得ない状況に口を開く。


「――かつて氷の世界樹ができる以前、人間は巨大な文明社会を築いていてな」


 それは昔の話。

 何百年も過去の話だった。


「人類の最盛期とも呼ばれた時代だった。そこではあらゆる資源が豊富で、この星はあらゆる金属で溢れていた。今に比べりゃあとてつもなく恵まれた時代だ」

「それくらい誰でも知ってるよ」


 この世界の常識だった。

 人々は魔法を使うことなく、安全に生きることができていた。


「科学世紀……と、そう呼んでいる。争いが起こっても、人間が戦うことなく『道具』が戦う。いまでは想像もつかねえ」

「それが、なにか関係があるの?」

「その時代に造られた物のほとんどは世界樹の氷に汚染されて呑みこまれてしまったが、ごくわずかだが残った物もある。それを要塞都市は『科学の神器(オーパーツ)』と呼び、極秘裏に収集し、管理していたんだ」


 科学の神器(オーパーツ)

 初めて耳にするその言葉はすこし恐ろしかった。

 でもなぜかしっくりきた。

 たしかに、いまのは魔法ではなかった。それだけは確信が持てた。


「じゃあ、この義手も?」

「わからん。だが噂では聞いたことがある。神器のなかでも特別な力を持った神器……それを【霊王の五躰(ごたい)】と呼び、そのひとつに漆黒の鋼の義手――『黑腕』があるってことをな」


 ジルはじっと義手を観察する。

 もしジルの言うことが真実であれば、ユウトの腕についてるこれは世界樹ができる前の遺物だってことだろう。

 魔法とは違う、特殊な力を持つもの。


「酸化させたわけでもねえ黒い金属なんてそうそうあるとは思えねえが、噂じゃあ【霊王の五躰】ってのは宿主を喰うって聞いた……の割に、おめえは平気そうだな」

「まあね」


 着けた瞬間は、たしかにそんな感覚が襲ってきたけど。

 それでも耐えることができたのだ。


「なら所詮は噂話ってことか……そんな大げさなもんでもねえのかねえ。『神器(オーパーツ)』っても、ちょっとヤンチャな武器みたいなもんっつう認識でいいのかもな」

「この状況は大げさだけどね」


 天井に穴が開いてるのだ。

 この部屋で寝ているユウトにとっては大事件だったけど、ジルはなぜか慣れたような反応だった。


「なあに、英雄十傑にはくしゃみしただけで天井に穴が開くやつもいるんだ。たいしたことねえ」

「どんな化け物軍団なんだよそれ……」

「だからこんなもん夜寒いってくらいだろ。まあ風邪ひかねえように気ぃつけて寝るんだな」


 まあ天井に穴が開いただけで済んでよかったかもしれない。

 上に向けてなければ、壁も隣の家も吹き飛ばしていたかもしれないのだ。

これからは気をつけよう。

ユウトは義手の拳を握った。


「……でもこれがあったら、お師匠の鉄だって……」

「妙なこと考えんじゃねえぞバカ野郎。それは相手と同じ土俵に立つってことだ。力で解決するのは獣と同じ、時代を逆行する行為だ」

「でもさ」

「それに、そろそろ頃合いだろうよ」


 ジルは口元の髭を撫でながら、ニヤリと笑った。


「知ってるか? この業界じゃあ加工鉄の塊にゃあ所有者の焼印を打つってのが常識なんだ。あいつらに取られた鉄にも俺の名前が刻まれてた。当然、あいつらもすぐに商会の名前を刻印したいだろうが……」


 窓の外からだった。

 街の遠くから、たくさんの悲鳴が聞こえてきた。


「どれ。ユウトに手を出した罰が、ようやく下ったようだな」



 ❆ ❆ ❆ ❆ ❆ ❆



「なんだこれ」


 街は慌ただしかった。

 新しくできた『ラ・セル商会』の建物の前には、商会を囲むようにしてたくさんの野次馬がいた。


 人々は商会の建物を眺め、眉をひそめて話をしていた。

 そのなかにユウトと、鉄のハンマーを杖がわりにしたジルもいた。

 ジルがユウトに耳打ちをする。


「ふだんは機動隊のやつらがこうならないように街を守ってるから、なかなかお目にかかれねえが……人でも建物でも、樹氷に感染(・・)したらこうなるんだ。覚えとけ」


 ユウトたちの目の前にあったのは、『ラ・セル商会』の建物――その形をした氷だった。氷に包まれているのではない。建物が氷そのものになってしまっていた。


「感染……」

「こんなもん、外の世界じゃ日常茶飯事だ」


 もともと機動隊だったらしいジルは、見慣れたように鼻を鳴らした。


「でも、なんで……」


 樹氷が降るときの警鐘も鳴ってなかったのに。

 ユウトのつぶやきにジルが答えるまえに、道の真ん中でこちらを睨んで叫んだ男がいた。 


「おのれ! 貴様、鉄になにをしたジルレイン!」


 黒い外套の男。

 ジルから鉄を奪ったやつだ。ユウトを嬲った男。

 そいつは眉を吊り上げて、群衆のなかのジルを睨む。

 周りの人たちはジルに気づくと逃げるようにこの場から離れていく。世間話をするような穏やかな空気じゃないことくらい誰でもわかった。

 ふたりの間に誰もいなくなると、ジルはいつもの口調で言った。


「俺がなにをしたかって? べつに、なにもしてねえさ」

「ふざけるな! 貴様の鉄に焼印をした途端このありさまだ!」

「そりゃあおめえ、樹氷感染した鉄だからな。そのまま熱と衝撃を与えりゃあ一気に感染爆発を起こすだろうよ」

「なん、だと!?」


 男が拳を握りしめる。

 ジルは杖がわりのハンマーを肩に担いで不敵に笑った。

 片足で立ったまま、その重量を軽々と支えてみせる。


「俺が鉄を独占してるだって? おめえらも下調べが足りねえなあ。この界隈に出回ってる鉄で、樹氷に感染してねえ鉄なんてありゃしねえのさ。そのくせ売値も買値もバカみてえに高いもんだ。この都市で他に感染した鉄を安全に加工できるやつがいねえのもあって、俺以外だれも買わねえだけだ」

「貴様……よくもそんなものを……!」

「ガッハッハ! 無理やり買った(・・・)のはどこのどいつだ」

「ジルレインッ!」


 商会の男は、勢いよく右手を掲げた。

 人々がこの場から遠ざかろうと悲鳴をあげて逃げ出した。

 男の手の先で、空気が破裂し衝撃を生んだ。

 その衝撃はジルに向かって連鎖を起こしながら迫って――


「ふん!」


 ジルが振り下ろしたハンマーが、その衝撃を軽々とかき消した。

 魔法なんて使ってない。義足を外した片足のまま、腕力だけで魔法を打ち消してみせた。

 商会の男が目を見開く。

 周囲の人々も息を呑む。

 群衆の誰かが、声を震わせて言った。


「さ、さすが……元英雄十傑……」


 商会の男の周りには、何人も仲間が駆けつけてきて増えていく。

 相手がただの職人じゃないことをようやく理解したのだろう。

 あっという間に大勢で取り囲まれてしまった。

 これじゃあ多勢に無勢だ。

 そんな状況でも、ジルは周りをぐるりと見回してからそのデカイ体を揺らして威勢よく笑った。


「さあラ・セル商会ども。今度は本気で喧嘩しようか」



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