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黄昏のG   作者: 裏山おもて
1章 胎動
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 カツ、カツ、カツ。

 小刻みな振動と、軽い音。

 頬にぬくもりを感じてユウトはうっすらを目を開けた。


「……お師匠?」

「目ェ覚めたか」


 ジルの大きな背中に背負われていた。

 一瞬、なにが起こったのか思い出せなくて戸惑ってしまう。規則的に揺れるジルの肩を両手で掴もうとして、右腕に痛みが走った。

 義手が折れていた。


「……あ……」


 そうだ。

 ジルの鉄を取り戻そうとして、返り討ちに逢ったんだった。

 男の魔法を浴びた全身が軋んでいた。

 ただ相手を怒鳴っただけでなにもできなかった。取り戻すことはおろか、なすすべなくやられてしまった。


「ごめん、お師匠……」


 悔しくて、唇が震えた。

 ふつうの商会じゃないことはわかってた。違法な手段でこの一帯を牛耳ろうとしてる奴らだと言うことくらい、誰でもわかる。戦い向きの魔法を持ってる相手がいることも少し考えれば想像できた。

 なのに、バカ正直に真正面から殴りに行ってしまった。

 鉄のひとかけらすら、取り戻すこともできなかった。


「……ごめん」

「謝ってんじゃねえ」


 ジルは杖をつきながら歩いていた。左足の義足はまだ折れたままだ。ユウトを背負ってるせいもあるのか、まともに歩けずにぐらぐらと体が揺れている。

 片手でユウトを支えながら歩くジルは、いつもの低い声で唸った。


「ったくバカなことしやがって」

「だってあいつら、お師匠の鉄を……」

「そうじゃねえ」


 ジルの声はかすかに震えていた。

 大きな体で一歩ずつ地面を踏みしめて。


「あいつら、俺の息子(・・・・)に手を出しやがって。バカなことしたと後悔させてやる」

「……お師匠……」


 口が悪くて短気でガサツですぐに手を出すくせに。

 たった六年間一緒にいただけなのに。

 そんなふうに思ってくれてたなんて、いままで考えもしなかった。


「ごめんなさい……僕、なにも返せない……なにも取り返せない……」

「おめえもバカだユウト。俺にとっちゃ鉄なんざどうでもいんだ。おめえが無事ならそれでいい」

「……う、うう……っ」


 堪え切れずに零した涙が、ジルの背中に落ちる。


「やっぱりおめえは泣き虫ユウトだな」

「泣いて、なんか、ない」

「うそつけ。震えてんじゃねえか」

「お、お師匠だって声震えてるじゃん」

「……ガッハッハ!」


 ジルは足を止めて、いきなり大声で笑った。

 街道のど真ん中。泣いている少年を背負った大男が笑い出したせいで、街の人々が遠目に避けて通りすぎていく。

 ユウトも面食らった。

 ジルはひとしきり声をあげて笑うと、首を後ろにむけてニヤリと唇を歪めた。


「いいかユウト、この世界は孤独なんだ。どんなに都市が栄えてても、壁のむこうは冷たくて険しい世界が広がってる。誰も頼りにならない、自分がちっぽけな存在だと思い知らされる世界だ。寒くて寒くて、凍え死にそうになるときもあるだろう」


 まだユウトは見たことがない、壁の外の世界。

 想像でしか見たことがない氷の広がる世界。


「だがな、そんなもん壁の外でも中でも同じなんだ。本質はどこだろうと変わりはしねえ。だから泣きそうになったときほど笑え。絶望したときこそ笑え。死にたいと思ったときこそ、笑え。そうすりゃ耐えられることもある」

「……なんだそれ……」


 いきなり何を言い出すのかと思ったら、意味不明だ。

 でもどこか可笑しくて、つい笑みを浮かべた。気が抜けてしまった。


「そうだ。その調子だバカ野郎」


 ジルは鼻を鳴らすと、また足を進める。

 ユウトはジルの大きな背中にもたれかかって、静かに深く息を吸った。






「おめえは休んでろ。俺は脚を治してくる」


 家に戻ると、ユウトは問答無用にベッドに寝かされた。

 ジルが階段を降りていく。すぐに工房から鉄を打つような音が聞こえ始めた。

 ユウトは動かなくなった義手を取り外した。


 六年間、ユウトの成長に合わせて手直しを続けてきた義手だ。

 もう体もかなり大人に近づいて、腕の長さもほとんど成長しきっていた。最初は義手も小さかったはずなのに、いまでは大人用の義手になっている。

 初めて義手をつけたときはあまりの痛みに大泣きしてしまった。

 それからジルがユウトを泣き虫と呼ぶようになったっけ。


「懐かしいな」


 遊んでて壊したり、ジルと喧嘩して壊されたこともあった。

 そのたびにジルが文句を言いながらも治してくれた。

 いろんな想い出がつまった義手だ。

 義手をベッドの横のテーブルに置こうとして、ふとそのそばにあった黒い義手に目を止める。

 謎の人物――『G』が送ってきた義手だ。


 黒い。見たことのない黒い金属。なぜかユウトの腕にぴったりと合うサイズ。

 ジルには「つけるなよ」と言われたけど、つい好奇心が疼いた。

 どうせつける腕もない。試しに一度、つけてみようか。


 ズシリと重みのある義手。手にとって眺めてみる。

 内部構造が、ジルの義手よりも綿密に入り組んでいた。

 複雑すぎてわけがわからない。どう造られたかイメージできなかった。

 でも、所詮は義手だ。危険なものでもないだろう。

 ゆっくりと接合部に合わせ、押し込んだ。


 カチ。


 歯車が、噛みあうような音が鳴った。


「――っ!」


 その瞬間、腕の先から何かが流れ込んでくるような感覚が押し寄せる。

 煮えたぎった熱の奔流だった。


 燃えるような感覚が、体のなかを駆け巡る。

 それは雷のような痛みを伴い。

 炎のような熱量を生み。

 風のような速度で。

 氷のように全身を凍てつかせた。


「あ、あ、あ」


 ベッドの上で体をのけぞらせ、のたうち回るユウト。

 喰われる。

 なぜか本能的にそう思った。

 自分の体の中になにか得体の知れないものが潜んでいて、そいつらが暴れ出して全身を喰らっていくような妙な感覚。意識が飛びそうな恐怖。ここで気を失えば、一生元に戻れないと直感した。


 耐えろ。

 耐えるんだ。

 ユウトはシーツを握りしめて、痛みと熱に耐えた。


 やがて体中の感覚が、氷が溶けるようにゆっくりともとに戻っていく。

 荒く乱れた息も、徐々に落ち着いていく。


「……はあ……はあ……」


 なにがあったのかわからない。

 ユウトは痙攣する腕を、天井にかざしてみた。

 漆のように黒い腕だった。


「……動く」


 指や関節を動かしてみる。

 驚くほど滑らかに神経が繋がっていた。ジルの義手も感覚のフィードバックは高い精度を誇っていたが、これは本当の腕のように自分の感覚に馴染んでいた。

 違和感があるとすれば、腕よりも全身だった。


 さっきまで痛くて熱かったはずの体が、やけに軽い。

 どこか懐かしさを感じた。幼い頃、好奇心と知識欲に満ちていた――魔法が使えた頃と同じような体の感覚だった。

 なんでだろう。

 まじまじと義手を眺めていると、肘関節の根元になにか丸い装置がついていることに気づいた。関節の可動とは関係がなさそうな丸い部品。


「なんだこれ」


 ジルの義手にはないものだった。

 その丸い部分を左手で触ってみる。

 つまみがついてる。動きそうだ。

 天井に手をかざしたまま、ユウトはつまみを軽く捻って――


「え」


 義手の金属が擦れるような高音が生まれた。

 瞬時に、周りの空気が右手の掌の先に吸い込まれるように集まって、収縮していく。圧縮され鋭い回転を伴ったその気流の塊は、部屋の家具や窓をガタガタと揺らす。

 なんだと思ったの束の間。

 直後、重い振動とともに、右手の先に圧縮されていた空気が放たれた。


「うわああっ!?」


 とてつもない風が天井を吹き飛ばした。

 螺旋状に巻き上がった烈風は家の屋根ごと突き破り、天井を粉々に砕くとその破片ごとはるか上空へ吹き上げてしまった。


 あっという間の出来事だった。

 ……一瞬にして天井が消えた。

 ユウトは呆然として、ぽっかりと空いた天井を見上げる。

 頭上には青い空が広がっていた。


「なにがあった!」


 杖をつきながら階段を上がってきたジル。

 大穴があいた天井を見ると、大きな口をあけて言った。


「……なんちゅうことだ」


 ちょうど空のてっぺんにのぼった太陽が、ユウトの部屋に降り注いでいた。



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