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十話

(1) 

 イーニドがマドンナから受けた罰は、ピコピコハンマーで軽く頭頂部を一発叩かれただけ、たったそれだけで終わった。


 去って行くマドンナの背中を、視界から完全に消え去るまで見届ける。

 突然、イーニドは全身の力が抜けたように膝からがくんと地に崩れ落ちた。

 マイクロフトは慌ててイーニドを抱き留める。

「おい!しっかりしろよ!!」

「んー……、何だか、気が抜けちゃって……。……急に眠たくなってきちゃった……」

 どうやら、極度の緊張感が解けた反動で疲れが押し寄せ、猛烈な睡魔に襲われているらしい。

「おいコラ!こんなところで寝るな!!」

「んー……、無理……」

「無理、じゃねぇよ!……って、おい!イーニド!!」

 マイクロフトの叱咤も虚しく、眠気に負けたイーニドはとうとう意識を失い、くったりと土の上に転がる。同時に魔力が解け、黒猫の姿に戻ってしまった。


「……ったく、無防備にも程がありすぎだろ……。俺がお前をここに置いて帰るとか考えないのかよ。つーか、俺も今、死ぬ程眠いんだぜ??これだから猫は自分勝手つーか、何つーか……」

 マイクロフトはぶつぶつと文句を垂れつつ、イーニドを抱き上げる。

 すでに深い眠りの世界に入っているイーニドに嘆息すると、マイクロフトは彼女を腕に抱えて帰路を辿ったのであった。



(2)




 ――約十数時間後――




 イーニドが目を覚ますと、見慣れた部屋の様子――、ベビーピンク一色で統一された壁紙と家具一式が視界に飛び込んで来た。

(…あれ??あたし、確か、マイクと一緒に森の入り口でマドンナ様とゾーラ様を見送ったまでは覚えているけど……、それからどうしたんだっけ??)

 起き抜けの、回転がいまいち鈍っている頭をどうにか働かせようとする。


(……えぇと、あぁそうだ、あれからすぐに睡魔に襲われてその場で寝ちゃったんだ。でも、いつの間に棲家に戻ってきているのかしら……。って、マイクがここまで連れて来てくれたんだろうな……)

 また迷惑掛けちゃった、と、気を落としかけたイーニドだったが、ふと自分が眠っている場所がいつもと違うことに気付く。

 普段、イーニドはゾーラのベッドで彼女と共に眠っているのだが、今はベッドの上ではなく、ベッドサイドに敷かれた小さなカーペットの上にいる。

 いくらカーペットの上とは言え、初冬に近づく今の時期なら寒さを感じる筈なのに、何故かベッドの中と変わらない程の温かさが保たれていた。


 それもその筈、イーニドの傍らには狼化したマイクロフトが眠っていて、イーニド自身も、彼のふさふさした銀色の毛に埋もれるようにして眠っていたからだ。


 イーニドの眠気は一瞬にして吹き飛ばされた。


(……ちょ、ちょっと待ってよ!!これは一体どういうことなのよ!!!!)

 すぅすぅと穏やかな寝息を立てて、熟睡しきっているマイクロフトを起こしてはいけない、との思いが辛うじて働いたため、声こそ上げなかったものの。

 驚きと共に高まった羞恥心により、即座にイーニドは彼の傍からその身を離した。


 混乱しながらもイーニドは黒猫から猫娘へと姿を変えると、気を落ち着かせるために外の空気を吸おうと板チョコの扉を開ける。

(あれ……??)

 玄関ポーチに出てみると、ゾーラがイーニドに投げつけて散らばった筈の菓子が、一つも落ちていなかった。

 誰かが拾っていったのかな、と思いながら、部屋の中を振り返ってみる。

 さっきは素通りして気付かなかったが、テーブルの上には昨日のお菓子が積み上げられていた。

(もしかして、マイクが拾ってくれたの??)

 イーニドはすぐに扉を閉めると、テーブルの前に行く。


 テーブルの上のお菓子は、ゾーラによって雑に扱われた割にちゃんと原型が留まっている。

(ん??あたしが皆から貰ったお菓子と、マイクの分のお菓子を合わせたにしては、数が少ないような……)

 すると、今度はテーブルの下――、おそらくイーニドの目につかないように隠したつもりか――、マイクロフトの菓子の籠が置いてあるのが目に留まった。

 不躾を承知で籠に手を伸ばし、中身を確認してみる。

 籠の中のお菓子は、ぐちゃぐちゃに潰れたマドレーヌやマシュマロ、粉々に割れてしまったクッキーなど、どれも不格好で酷い有様だった。


 イーニドが眠っている間に、マイクロフトは玄関ポーチに落ちていた菓子を全部拾っただけでなく、形が綺麗なものをイーニドへ、そうでないものは自分にと振り分けていたようだ。


「マイク……」

 イーニドは、ベビーピンク色のマットの上で眠るマイクロフトの頭をそっと撫でる。

 頭を撫でられたマイクロフトは、瞼をピクリとさせ鼻先に皺を寄せた後、ぱちりと目を開いた。

「ごめん……、起こしちゃった……」

 謝るイーニドを尻目に、マイクロフトは身体をむくりと起こす。更に、前足を伸ばしながら、お尻を突きだして大きく伸びをする。

 ふわぁぁぁ、と盛大に大あくびをすると、マイクロフトは狼少年へと姿を変えた。

「お、おはよ……」

 マイクロフトはカーペットの上であぐらを掻き、ん、と短く返事を返す。

 寝癖により、栗色の髪の毛先があちこちに跳ねている。

「あ、あのさ、お菓子……、ありがと……」

「ん」

 またもや短く返すと、マイクロフトは緩慢な動きでゆっくりと立ち上がる。

 そして、床に置かれたお菓子の籠を手にすると、そのまま玄関に向かった。

「イーニド、俺、帰るわ」


「え、何で??」

 出て行こうとするマイクロフトの後に続いたイーニドは、思わず彼を引き留める。

「何で、って……」

 マイクロフトは明らかに困惑した様子でイーニドを見返す。

「とりあえずお前も起きたことだし、これ以上ここに居たら、ジャッキー達に何を言われるか分かったもんじゃない。お前だって、変に周りから誤解されたら困るだろ??」

「あたしは別に誤解されたっていいもん」


 マイクロフトは驚き、薄青の瞳を見開いて身を強張らせる。

 イーニド自身も、今し方自らの口から出た信じられない言葉に、慌てて両手で口元を抑え込む。


「お前……、何言って……」

「マイクはあたしのこと、ただの幼なじみとしてしか思ってないだろうけど、あたしはそうじゃない」

「なっ……」

「あんな風にあたしの為に一生懸命になってくれる姿を見せつけられたら、嫌でも意識しちゃうわよ」


(ちょっ……と……、あたし、さっきから何を口走っているのよ?!)

 まるで魔法にでも掛けられたかのように、激しく動揺する胸の内とは裏腹に、イーニドの唇からは次から次へとマイクロフトへの想いをぶつける言葉が溢れ出す。


「ねぇ、マイク。マイクはあたしのこと、本当はどう思っているの??」

 確信に迫る言葉を、イーニドはマイクロフトに突きつける。


 マイクロフトはそっぽを向いたまま、むっつりと黙り込んでいる。心なしか、頬が赤く染まっているような……。

 不安に押しつぶされそうになりながらも、イーニドはマイクロフトの横顔を金色の猫目でじっと見据え続けた――


「――――なんか、じゃねぇよ……」

 マイクロフトが、早口でぽつりと呟く。

「……え??」

「ただの幼なじみなんかじゃねぇ、って言ってんだよ!!お前と一緒だよ!!二回も同じ事言わせんな!!!!」


 マイクロフトはイーニドを振り返りつつ、部屋中に響き渡る大声で怒鳴り返した。

 怒りと羞恥がないまぜになっているせいで、これ以上ないくらいに顔が真っ赤である。


「……マイク、うるさい……。もうちょっと声を落として言えない訳……」

「うっせぇ!!誰のせいだと思ってんだ!!」

 憤然とした様子で扉を乱暴に開け放すと、マイクロフトは外へ出て行こうとする。

「待って!!」

 玄関ポーチを降り掛けたマイクロフトの背中を、イーニドは慌てて呼び止める。

「何だよ!?まだ何か……」

「違うわよ……、その……」


 イーニドは一旦視線を泳がせた後、僅かにはにかみながらこう続けた。


「……いつも、ハロウィンのお菓子をあたしにくれてありがとう……。他にも、今年は色々助けてくれて……、本当に、本当にありがとう……」

 イーニドが述べた素直なお礼に対し、マイクロフトは照れ臭そうにしてわざと顔を顰めてみせる。

「別に……、俺が勝手にそうしたかっただけで……」


 ふと、マイクロフトは言い掛けた言葉を止めて、しばし逡巡する。


「……俺、ハロウィンの菓子はあってもなくても正直どうでもいいけど、一つだけ欲しい物がある」

「何??」

 何故かバツが悪そうにしながら、マイクロフトは答える。

「……俺さ、お前の作ったパンプキンパイ、すげぇ好きなんだ。だから……、今度、俺に作ってくれよ」


 マイクロフトからの意外なお願いに、イーニドは目を丸くする。


「……なーんだ、そんなの、いつでも作ってあげるわよ」

「……本当か??」

「勿論だよ!」

 ふふふ、と、嬉しそうに笑うイーニドにつられ、ようやくマイクロフトもぎこちなくも柔らかい笑みを浮かべる。


 二人はきっと、これからも今までと変わらず、暇さえあれば憎まれ口を叩き合っては喧嘩ばかりするだろう。

 それでも、想いが通じ合ったことで少しだけ、ほんの少しだけ、二人の仲が深まったのも、これまた確かな事実であった。


 そして、イーニドにとって憂鬱でしかなかったハロウィンは、次の年からは他のゴースト同様楽しいものへと変化していったのだった――



(終)

最後までお読み下さり、ありがとうございました(^-^)

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