漆黒色の目
「おい、桧毬。入ったところでどうするんだよ……」
後方のドアが閉まってから、文也は後を追う必要がない事に気がついた。
「出るぞ、桧毬。入ったところで、手紙の手がかりがあるわけがないんだから」
ドアの先には、どこにもあるマンションのエントランスで各住人用の新聞受けとエレベーターと、その前に通過しなければならない管理人室があり、中年男がこちらを伺っている。
「わからないのならば、聞くのが一番なのだ」
桧毬も人の存在に気づくとずかずかと進み、管理人に話かけた。
「ここに、じい様か、その息子はいないか?」
「え、君たち、住人さんから開けて入ってきたんじゃなかったのかい?どうやって」
管理人の表情が険しくなったのは、言うまでもない。
不審者と疑われる前に撤退するためにも、文也は桧毬の腕を引っ張ったが、四本足のヤギが踏ん張っているかのように、ぴくりともしない。
そんな中、マイペースな桧毬は、首を傾げる。
「息子の名前、なんだっけなぁ……そうだ、英治だ。福多英治は、いるか」
「……」
管理人がびくんと動いた。
「あ、えっと……少々お待ちください」
不審者を見る表情はどこえやら、目を見開き、おそるおそる受話器を手にした。
「息子には『ヒマリが来た』と言えばわかるだろう」
文也のいる所からでは、管理人の表情と桧毬の背中しか見えなかったが、彼女が何かをしたのは明らかである。
「…………。あ、はい『ヒマリが来た』と言えばわかると…………はい。わかりました……」
通話を終えた管理人は、怯えた表情のまま、桧毬に告げた。
「福多さんは、今、手が込んでいて、しばらくしたら降りてくるそうです」
「そうか、じゃあ、そのしばらくの間、待たせてもらう」
桧毬が振り返った。
角を生やした黒髪ツインテールの女子高生。好奇心旺盛な整った顔のパーツにある漆黒色の目。
『ああ、これか』と、文也は実感した。深い闇底からくみ取ってきたかのような。見る者を惹きつけてるものの、恐怖心を煽る色だった。憑依した魔王の娘に直接、見られているとなれば、怯えるのも仕方がない。
『直接見られている? エギュラメ様が今、この場所を見ているのか?』
漆黒色の目は、文也を捕らえた?
『見られている。いや、それ以上に見られている』
文也は見られているだけなのに、そこから見えない手が伸びて触れられているような気がした。
頬に触れ首筋を通り、体のいたるところを見えない手が文也を触っていく。
皮膚の表面だけではなく、内蔵や骨の髄まで2つの腕が、指先が
その指先がさらに伸びてゆく。
文也の脳に目へと
「あ……」
文也は漆黒色の目を見た。
いや、今までも見ていたのだが、その目の奥へ進んだ時。文也は初めてエギュラメという者と目があったと実感した。