最初の手紙
桧毬がエギュラメ様に手紙を渡してから数日たった。
文也に魔王の娘からのとんでもない異変や事件はなく。文也の手紙に不満はないようだ。
「修二、俺、エギュラメ様を知っていたらしい」
週明け登校時、いつものように横にいる友に休み中の出来事を告げた。
「え、本当か。という事は、大人のサイトに行っても、高額請求されるどころか、カウンター攻撃できるんだな」
「何の話だ……」
「だって、エギュラメ様はハッカーの神様なんだろう?」
「神様じゃなくて魔王の娘だ。それに……」
「エギュラメ様は、情報操作の手助けをするだけで、丸投げは困るぞよ」
「桧毬……」
朝の会話に割ってきた、桧毬の口には、半紙がくわえられている。
ツインテールの女子高生が半紙を食べる異様な光景だが2人以外の、共に登校する者達や出勤するサラリーマン達の驚く様子はなく、エギュラメ様の力が働いているようだ。
「朝飯か、桧毬」
「おう。桧毬の家の者達は書道を趣味にしていてな、練習や書き損じの紙がたくさんあるのだ」
桧毬にとっては食料が豊富であり、記憶を上書きされた哀れな隣人にとっては、重要な書類を食べる恐れはなさそうだ。
「おはよう、桧毬ちゃん。それはそうと……」
修二の視線は、半紙を加える口から上に向いていた。
「さすがは修二。おなごのちょっとした変化に気づけたとは、恋に生きる男として、高ポイント獲得だな」
「いや、俺でも気づいてる。その目、どうしたんだ?」
桧毬の左目は、右の日本人にしては少し明るい茶色と違い漆黒色になっていた。
「んふ、ふっふ、ふぐふぐ、ふんごう」
「食べ終わってから説明してくれ」
うなづいた桧毬が会話を再開したのは、手にしていた半紙すべてを平らげてからであった。
「聞いて驚くが良い。
この左目はな。なんとエギュラメ様が憑依しているのだ」
胸を張り自慢げに言う桧毬に対し男達は、言葉を失った。
「え、それって桧毬ちゃん……」
「そうなのだ、桧毬の左目からエギュラメ様が見ているのだ」
「……」
「エギュラメ様は、文也の手紙にご満悦でな。もっと文也の様子が見たいと申されたのだ。これで24時間365日じっくり見られるのだ」
「え、じゃあ、今も」
「そうなのだ、と、言いたいところだが、エギュラメ様は多忙なのだ。なので、いつもではない。エギュラメ様が見たい時だけ、桧毬の左目から見たものがエギュラメ様に送信されるのだ」
文也は桧毬の左目を見つめた。
漆黒色のそれは影のように暗く夜空のように美しくかんじた。
「きれいな色」
文也の言葉に漆黒色の目が正面から文也のいる方向に向いた。明らかに桧毬の意志に反した動きであるが、すぐに桧毬の右目と同じ動き、カバンにしまってある大量の半紙に向かった。
文也の声に反応したのからそれとも、今の一瞬は多忙でなかったのかは定かではないが。
「話を戻すが、修二、俺はエギュラメ様の記憶はない。俺が何か会ってたなり、そういう覚えはないか」
「ないな。文也が凄い御方と知り合いだったら、お前の見る目が変わっているよ」
「そうだな。やっぱり、探すしかないか……修二も手伝ってくれよ」
「協力したいのは山々なんだが」
修二は右手を胸に当てた。
「今の俺には、大事な青春ミッションをコンプリートしなければならない」
「何だ、修二、また、好きなおなごができたのか?」
「言っておくけど桧毬ちゃん。今度こそ、俺はミッションをコンプリートして、17才という青春真っ盛りな高校生活を謳歌するんだ」
「そうか、頑張れ。書き損じのラブレターなら、いつでも持ってこい」
「残念ながら、今の時代はメールだよ、桧毬ちゃん」
「アドレス知らなければ、送れないだろうが」
「んふっふ。そのアドレスはもう少しで入手できるかもしれないんだ。というわけで文也、俺は学校が終わったらバイト先に直行だ、悪いな」
「ラーメン屋に可愛いバイトの子を見つけて通ったものの、資金がつきて、近所のスーパーにバイトしたら、今度はそっちで恋が始まったんだと」
放課後、最近の修二情報を桧毬に説明した。
「変わらんな。ラーメン屋の方は良いのか?」
「その子が、町中で彼氏といちゃついている所を目撃したそうだ」
「やっぱり、相変わらずの修二だな」
「それはそうと、桧毬、思い出せないか?」
10年前の文也が送った手紙の最後には、次の手紙がある場所のヒントらしきものがあったのだが、そこには
『ヒマリに聞け』
と、書かれていた。
「いくら聞かれても、知らないものは知らん」
文也は、改めて10年前に書いた手紙を読み直した。
「ヒマリとなっているから、ヤギだった頃を指しているんだろうが……」
ヒマリの小屋周辺に隠したのは、明らかであろう。