魔王の娘
「むかーし、昔。魔王がおりました」
教室に着いてから、桧毬がエギュラメ様の事について話してくれるらしいが、のっけから怪しい方向に向かっていた。
「魔王様には、9人の子供がいて、2番目の娘が、エギュラメ様なのです。めでたしめでたし」
「突っ込み所が多すぎて、どこから指摘した方がいいのか……」
「とりあえず、昔話にしては短すぎるよ桧毬ちゃん。
物語には起承転結で構成されなければならないからね」
「なるほど、さすが頭の良い高校に通うだけあって凄いぞ修二」
「あー、もう、どっちも賢くない」
2人が反撃する前に、文也はまとめる。
「エギュラメ様というのは、魔王の2番目の娘ってことだな」
「そうだ。情報を操作して、物事を悪い方向に向ける暗書を司る者」
「魔王の娘、暗書を司る者……」
表情を曇らせる文也とは正反対に桧毬は笑みを向けた。
「密偵が一刻も早く渡さなければならない書類や、はたまた、国王に渡す親書や重要階級クラスの手紙をなくさせたり、見せてはいけない者の手に渡るように仕向けたりと。手紙に関すトラブルを起こすのがエギュラメ様のお力。
争いが耐えない時代は、敵国の密書が手に入れるようにエギュラメ様に生け贄を供えたりしていたのだ」
「魔王の娘……生け贄……」
「じゃあ、ネット化した現在は活躍できないんじゃないか?」
修二の言葉に桧毬はニヤリと笑い、人差し指を左右に振る。
「データ化した現在だって、メールからウィルスを放ち情報流出させたり、デリートさせたりと、エギュラメ様は大活躍中なのだ。
エギュラメ様の名前はハッカーなら知らない者はいないし。多くの人間たちから崇められているのだ」
「……魔王の娘が、生け贄でハッカー達が崇める存在……」
とんでもない存在に、巻き込まれていく気配を感じ、文也は頭を抱えたが、修二は話を進める。
「それで桧毬ちゃんは?エギュラメ様と、どんな関係なの?」
「桧毬は、エギュラメ様の忠実な部下なのだ。
部下とはいえエギュラメ様にお願いのメールを送信すれば、何でも叶えてくれる。文也たちと同じ学校に通えるようしてくれたのも、エギュラメ様のお力なのだ」
「メールや手紙の力と全く関係ないのに?」
「んふっふっ。魔王の娘に、出来ないことはない。どんなお力かは企業秘密なのだ」
『企業じゃないだろ』っと桧毬に突っ込みを入れる余裕は、今の文也にはなかった。
授業中、角を生やした桧毬が教室をうろつこうと、廊下を走ろうと、教師が注意する事もなく。昼休みなど、クラスの女子たちが友達のように桧毬と会話していたのも、全部、エギュラメ様の闇力によるもののようだ。
「桧毬はヤギだったのに、どうして人間の姿になったんだ? そもそも、魔王の娘の部下になれたのは? 俺たちの前に現れたのは?」
「桧毬は、ただのヤギだったのだが。一つの事件により、エギュラメ様の目にとまってな。エギュラメ様がこの姿にしてくれたのだ」
両手を腰に当て自慢げに笑みを向けた後、桧毬は人差し指を文也に向ける。
「桧毬が、文也たちの前に現れたのは、エギュラメ様宛に書いた手紙を貰うためだ」
「手紙? 文也、お前、凄い方と文通してたんだな」
「してるわけないだろ! 初めて聞いた相手に何を書けばいいんだ?」
「手紙の内容は、桧毬は知らん。エギュラメ様が『文也から手紙を貰ってこい』とおっしゃったから『よろこんで』と居酒屋の店員さんのような軽いノリで来たのだ」
「居酒屋の店員と言われても、高校生にはわからないよ桧毬ちゃん」
「何だ、修二、居酒屋にも行った事がないのか?」
「お酒は二十歳になってからという人間は守らないといけない決まりがあるんだよ。そんな桧毬ちゃんこそ、居酒屋に行ったことがあるの?」
「あのー、話を戻してくれないか?」
1人テンション下がりまくりの文也は、気楽でいられる2人を呼び戻した。
「話を戻せと言われても、ねえ、桧毬ちゃん」
「そうなのだ。修二の言うとおりだ。文也がエギュラメ様に手紙を書いたら、めでたしめでたしなのだ」
「魔王の娘に手紙を書かなければならない理由は何なんだ? 魔界と縁もゆかりもないただの高校生が」
「聞かれても困る。桧毬は忠実にエギュラメ様の命令に従うだけなのだ。
とはいえ、この命令に期限はない。桧毬はいつまでも待ち続ける」
『 はじめまして、エギュラメ様。桧毬から手紙を書くように言われペンを取りました』
「……」
帰宅後、部屋で手紙を書くことにした文也であったが、そこで止まったまま、文也の右手は、長いこと動いていない。
「だぁ、何を書けばいいんだよ」
ボールペンを学習机に転がし、本体はベッドに身を投げ出した。
突然現れた、美少女が近所に住んでいたヤギだっただけで、十分な事件なのに。その上司が魔王の娘で、手紙を書かなければならないなんて。
「……。季節のあいさつとか、前略とか、使った方がいいのか?」
書けと言われたからには、適当に、相手が相手なので失礼のなく、当たり障りのない文章を書いておけばいいだろうと結論を出し、文也は枕の横にあるスマホを手にする。
「正しい手紙の書き方とかで検索すれば……うわっ、桧毬、お前、いつの間に」
スマホに視線を向けた文也の視界に人影、黒髪ツインテール娘、桧毬がいた。
「美味そうな匂いがしたのでな。書き損じの手紙だな。食べても良いか?」
「それは書き損じじゃない。それはそうと、どこから来たんだ?まさか、エギュラメ様の力で瞬間移動してきた、なんて言うんじゃないだろうな」
「何でもエギュラメ様の力に頼ってばかりではない。ちゃんとベランダから来た」
一風が文也の頬を通り過ぎる。文也は風が来た方向を見ると、閉めたはずなのに、開きっぱなしの窓とベランダが見え、更に隣のベランダと開きっぱなしの窓とその先にある部屋が見えた。
「……」
「安心するがよい。二足歩行でも桧毬の跳躍ならひとっ飛びだ」
「桧毬の跳躍力じゃなくて、何で隣の窓が開いている? お隣は年金生活をする老夫婦2人暮らしだけだったはずだが?」
「エギュラメ様のお力でそこの娘になったのだ、これで、文也が書いた手紙をいち早く持って行ける」
頭を抱える文也であったが、ドアをノックする音と母親の声がした。
「はぁい、どうぞ」
「って桧毬、お前、何、返事をしているんだよ」
「文也、手紙が届いてるわよ。あら、桧毬ちゃんじゃない。遊びに来てたのね」
文也の母親はにこりと桧毬に笑みを向ける。息子の部屋に女の子がいるというのに、母親の表情は穏やかなものだった。まるで幼なじみ子が毎日遊びにきているような感覚だ。
「お邪魔してます」
「桧毬ちゃん、ゆっくりしていってね」
文也に手紙を渡し、退出していった。
武田家の者も例外なく、魔王の娘の情報操作されているのは間違いないだろう。
その事実に、文也は頭を抱えたくなったが、手にしている封書に視線を向ける。
青色の封筒。ロケットや月などのイラストが書かれていた。
「美味そうな手紙だな。読み終わったら、食べても良いか?」
「そこのせんべいでも食べていろ。それにしても……ずいぶん汚い字だな……あれ? 送り主、俺だ」
封筒を調べてみると、宛名も差出人も同じ住所で文也の名前が書かれていた。
封筒の裏面には疑問を解決する文章が書かれていた。
「なになに、この手紙は『タイムカプセル10年後の自分へ』に送られた手紙です……」
「10年前の文也が10年後の文也に送った手紙ってことなのか?」
「ああ。こんなの送ったっけ? まあ、10年前の話だからな、覚えてあるわけがないか」
封筒を開けてみると、封筒と同じ色とイラストの便箋があり、見覚えのある汚い、ひらがなで書かれた字が文也に語りかけてきた。
「えーっと、前略、文也様。10年後の生活をいかがお過ごしでしょうか……随分と大人びた文章だな。
俺が考えるに、10年後の俺は、電車に乗って学校に行って、帰り道、ハンバーガーを食べているんだろうな。いいな……まあまあな予想だな。
そんな事よりも、お前には重大な任務がある!!
いいか、心して聞け。お前って誰に向かって言ってるんだか」
「自分」
「……そうだけど。目上の人には敬語というものがあるんだよ」
「それを言うならば、桧毬は年上なのに一度も敬語を使っていないではないか」
「その外見は同い年だろ」
文也は手紙の朗読を続ける。
「その前に、重大な秘密を俺に発表しなければならない。
俺は、記憶を消すことに成功した……はぁ?
もし、この発表で『はぁ?』何て言っていたら、俺は記憶を消す事に成功したんだ(手紙に書かなければならないなら、俺はある事を覚えている)と言うことは、10年後の俺より、賢いってわけだな。やーい、間抜けな奴め……」
自分が書いたものながら文也はふるふると怒りを感じたが、年上としての対応、手紙を破かず朗読を続けた。
「記憶を消したとはいえ、いつかはこの問題を解決しなくてはならない。今の俺では解決できないので10年後の俺に託すことにした。 10年後の俺、成功を祈る……何なんだ?これは……
まだ、ある。なになに、PS 俺が考えた記憶を思い出すプロジェクトは完璧だ。
まずは宝箱にある封筒を開けてくれ、だと?」
文也は押し入れに視線を向けて、宝箱という単語を脳に検索した。
文也の脳は宝箱とマジックで書いたダンボールの画像と、宝物用をしまう箱に入れたと報告する。
その箱は多分、左奥にしまったはず……だと思うと曖昧な結果になっていた。