修二の手紙
桧毬に何と言えば良いのかわからないまま、文也は月曜日を迎えた。
いつもの所で合流するはずの修二が見当たらない。喧嘩の後だから顔を合わせなくてほっとしたが、どちらにしても重い空気を感じながら、学校に向かう。
文也は修二にlineかメールするべきか迷っていた。 登校前にスマホをチェックしたが、修二からのメッセージはない。
「…………」
文也はカバンを開けてスマホを取り出そうとしたが、しまい込んだ。
それから、制服に着替える事ができたらしい、隣でテクテクと歩くだけの桧毬に気づいた。
「桧毬、紙を食べてなくて良いのか?」
『仲直りは、早めが肝心なのだ』と言いながら、紙をモシャモシャ食べているのを文也は予測していたのだが、桧毬は何もしないで歩いているのだ。
「食欲がないのだ」
文也はカバンを落とした。
「は? 食欲がない? 桧毬が?」
文也は空を見上げ、天候を確認したが、雲一つない青空が変化する気配はなかった。
「日曜日、修二と会ったのだ。それ以降、紙も食べる気になれないのだ」
「昨日……」
聞いて良いのか、文也はためらったが、桧毬はしゃべり始めた。
「修二にキスされたのだ」
文也はまたしてもカバンを落とした。
無防備に発言する桧毬に、まず、驚き、単語に衝撃を受ける。
『あいつ、とうとう、手を出したのか』
と、思ったが人のことは言えない文也であった。それよりも、あの時の光景と唇の感触を思い出し、文也は顔が赤くなったが、思いっきり首を振り、平常心を取り戻している間に桧毬の話は続いた。
「その前に、修二は二通の手紙を渡したのだ。一通は桧毬が食べてもよいと言ったから、食べた。
ラブレターだった」
「…………」
ラブレターなら、その後の行動はありえるだろう。
「桧毬には、わからないのだ。桧毬は、じい様が大好きで、じい様いがいに特別な人間なんて考えていない。
でも、修二が書いたラブレターは。今まで修二が書いて渡せなくて貰ったラブレターと同じに、想いがあった。桧毬はどうしたら良いのだ?」
「……」
「桧毬の視界にはじい様しかいなくて、エギュラメ様に手紙を渡せば、桧毬の役目が終わる。桧毬はそれを望んでいた。
じい様のいる世界に行ける。
その考えだけで良かったのに……」
「桧毬は修二の事をどう思っているんだ?」
「文也と同じ、小童が大きくなっただけの人間。そう思っていた」
「今は違うのか?」
「わからない。小童と思っていたのに……」
「小童と思えなくなったって事か?」
「そうなのか、違うのか、それもわからないのだ」
「ならば、答えが出るまで考えれば良い。桧毬はどう想っているのか、本当の気持ちを」
「…………」
桧毬は首を横に振った。
「考えて、答えが修二が特別になったと出ても……桧毬は悲しいだけだ」
「どうして」
「好きならば、会えなくなるのだから、辛いだけ」
「エギュラメ様に頼めば良い。俺も一緒にお願いするから」
「違うのだ」
桧毬はもう一度、首を振った。
「修二は会えないかもしれない」
「どういう事だよ」
「修二が渡したもう一通の手紙は、エギュラメ様に宛てた手紙なのだ」
「修二が、エギュラメ様に?」
「渡すだけだから、内容は桧毬にもわからない。
ただ、姿を消したりしたら、文也にこれを渡してほしいと頼まれた」
「何で、黙っててたんだよ」
「修二に口止めされていたのだ。姿を消さなかった時もあるから、余計な心配かけないように、と」
桧毬はカバンから小さな物体を文也に渡した。
小さな鍵。三番目の手紙が保管されていた。レア缶詰めの鍵。
「……」
文也は走り出した。修二の家に。
修二の家。呼び鈴を鳴らすと彼の母親が、少し不安げに向かい入れてくれた。
「文也君、修二は? 月曜日になっても帰ってこないのよ」
「え、と。修二の奴……昨日、泊まりに来たんだけれども、風邪をひいちゃって。布団蹴飛ばしてたから。
今、寝ているから、少し落ち着いたら、戻るように言うよ」
思いついた嘘を並べたが、長いつきあいだけあってか、疑いをかける様子はなかった。
「あらやだ。あのバカ息子が!ごめんなさいね、文也君」
「いえ、修二には世話になっているし。おばさん、修二に頼まれている物、取りに行っても良いですか?」
「文也君、学校、遅れちゃうわよ。なんなら、あたしが届けるわよ。というか、あんなバカ息子の物なんか取りに行く必要なんてないわよ。プレミアムプリンの罰は重いのよ。はってでも取りに来いって言ってやって」
「いえいえ。ちょっと重要な物らしいです。取りに行ってから行っても、十分に間に合いますよ」
とっさに思いついたものの数時間しかもたない嘘を、これからどうするべきか。ついでにプレミアムプリンは自分が食べたなんて(混乱騒動で保護された後、修二が持ってきた)口が裂けても言えず。頭が痛くなるが、今は部屋を急いだ。
自宅の次に見慣れている修二の部屋は、いつもの部屋で何かあったような気配もなかった。
迷うことなくクローゼットを開けて下に置かれているダンボールを取り出す。
『問題集、参考書、教科書』と書かれていて、開けると高校受験に使用した本や小中学校の教科書が何冊かあるが、それは下に隠している本が見えないように隠しているのを、文也はとうの昔に知っている。
『増えたな』
こっそりと買って保管してある大事な本の下に、レア缶詰めがあるのも、文也は知っていた。
桧毬から受け取った鍵で開けると無地で淡い水色の封筒があった。
『文也へ』
宛先にでかでかと書かれた見覚えのある字は間違いなく修二のものだった。
封筒を開けると、同色の便せんがあり、文也は開いて書かれてある彼からのメッセージを目にした。
『お前は馬鹿だ』
ただ、一言。それだけであった。
「は? 他には? それだけ?」
便せんはそれ一枚だけて、透かしても別の字が隠れているわけでもなく。しまわれていたレア缶詰めの中も、この手紙以外何も入ってなく、レア缶詰め自体調べても、何も新たなメッセージがありそうもない。
「……馬鹿なのは、どっちだよ」
文也は立ち上がった。主のいない部屋を去るために。




