三番目の手紙
文也は桧毬が隣の窓を閉める音を確認してから、黒い光沢のある封筒のような物を手にとった。
封筒と言ったが、封を開ける部分どころか、切れ目一つない。ツルツルとした薄い物体だったが、文也は、これが手紙を入れている物だと確信できた。
手にした瞬間、言葉が文也の脳に直接伝わってきちのだから。
言葉、というべきだろうか。想いそのものといった方が良いのかもしれない。
魔界の地に住む、闇の王族からの想い、波動、気配、そういった感じのものである。
桧毬の半目から見られるものとは、また違ったものだった。
半目は、内臓や骨まで撫でられるようなゾクリとした、文也としては心地よいものだったが、脳に届く想いは、耳元で囁かれているような気がした。
そんなエギュラメの手紙は、文也の手紙を喜んで居ると確信できた。
『エギュラメ様、俺の手紙を喜んでくれたんだ』
それを確信できた文也は、鼓動が高なっていくのを感じ取った。
あの人にもっと近づきたい、そのためにも3番目の手紙を読んで新しい情報を得たかった。
二番目の手紙同様に青色の封筒に月やロケットのイラストが載っている封筒を開けると、見覚えのある汚い字が文也に語りかける。
『エギュラメさんからの、へんじ は、いつのまにか、ぼく の つくえ の上に、とどいていた。
まかい の ゆうびんやさん が、こっそり はいたつ していると おもう』
「いつの間にか、か。制服を着たコボルトやオークとかが手紙を置いていくのか?」
『くろくて、ツルツルした ふうとう だけれども、びんせん で、手にすれば、エギュラメさんの へんじ が よめた』
今、文也が体験したものそのものの説明のようだ。
『エギュラメさんの へんじ は、いつも よろこんでくれた。ぼくは、そんなエギュラメさんの手がみ をよむと、いつもドキドキした。
うれしくて、エギュラメさんにお手がみ を かいた。
エギュラメさんの手がみ は、まるで となり にエギュラメさんがいるみたいで、あっている き がした。
ぼく は、もっと、エギュラメさんに ちかづけたらなぁと、おもった。
でも、それは まちがい だった。
ぼくは あの人に、ちかづいては ならなかった。
あの人は、あこがれのままで、おしまいにしなければならなかった』
「……」
文也は次の便せんを前に出そうとして、次の便せんに違和感を感じた。よく見ると白い紙、その便せんだけ裏側になっていた。
裏を表にして、書かれている文章を読み始める。
『ある日、ぼく は とうとう
エギュラメさん、大すき です。ぼく の およめさん になってください。
と、かいてしまった。
へんじ は とどいた。
いつもの 手がみ に さわると、エギュラメさんは、よろこでいた。エギュラメさんも、ぼく と いっしょ にいたいって、かいてくれた。
だから、ぼく の たましい を からだ から きりはなして、エギュラメさんの たましい と いっしょ に してあげると、かいてあった』
「……」
言葉が出てこなかった。
頭の中に浮かんでいた言葉たちが、deleteキーの長押しで全て消滅していく。
「……………………」
何かの間違いではないかと、考えながら文也は手紙に目を通した。
できればたちの悪い冗談で『そんな事、あるわけないだろう』と生意気な文字が書かれているのではないかと、一字たりとも見落とさないように読んだが、そんな文字は見当たらない。
『エギュラメさんは、大すきだけれども、ぼく には かぞく や しゅうじ や 学校の ともだち がいる。ヤギのヒマリだって ともだち だ。二どと、あえなくなるのは いやだ!
だから、ぼく は エギュラメさんに、手がみ を かいた。
ぼく は まだ子どもで、へんじ は かけません。
10年たったら、かならず、本とう の おへんじ を かきます。
10年たったら、大人みたいに、ちゃんと かんがえられるから、その日まで、エギュラメさんとの きおく も けして下さい。と
10年ご の じぶんへ
ぼく には こたえられない。だから、おねがいだ。エギュラメさん に へんじを かいてくれ!』
もし、この場に10年前の文也がいたら、今の文也の腕をつかみ、叫ぶように懇願していただろう。
10年前の汚い字は、そう訴えるような字をしていた。