たい焼き
「伝説のたい焼き屋? 何なんだ、それは?」
「話せば長くなるが、まあ、移動中の暇つぶしにはなるだろう」
放課後、3人はバスに乗り駅に向かう。
「俺の悲しい話を暇つぶしにしないでくれない?」
少しムッとする修二の発言で事の発端は明らかだった。
「あれは5月、6月くらいだったかな」
「5月最後の日曜日だ、梅雨前の薄曇り。
桜ちゃんはマイホームに引っ越すため、隣町に転校したんだ……桜ちゃんは、名前の通り可愛くて、俺の心に春がきた……」
「桜ちゃんを語りたい気持ちはわかるが、バス、次で降りるから」
電車が来るのを待つ間に、文也が本題に戻して話を続けた。
「桜ちゃんが転校して、諦められない修二のために俺たちはバスと電車に乗って隣町に向かったんだ」
「うまくいけば、遠距離恋愛というやつだな」
「まあ、そうなんだけども……肝心の家がわからなくて思いを伝えられなかったんだ」
「誰かに聞かなかったのか?」
「聞くも何も、まず、桜ちゃんの住所も知らないから、聞きようがないんだよ、桧毬ちゃん」
「俺も修二も無謀だったよな。行けば何とかなるという、小1の甘い考えだったから」
「家の表札を見て桜ちゃんの名字を探したものの、見つからなくて、クタクタになった時、俺たちは一件のたい焼き屋にたどり着いた」
「それが伝説のたい焼き屋なのか?」
「そう。疲労と空腹だったけれども、帰りの電車とバス代を考えると、2人で1
個を分けて食べた」
「あれは、うまかった」
「ただのたい焼き屋かもしれないけれども、俺らにとってあのたい焼き屋は『伝説のたい焼き屋』という単語として記憶に刻まれた。
もちろん、しりとりにも出てきたよ」
「出てきた後は『腹へった』と言ったてな」
「だな」
同じ笑顔を向ける男たちに、桧毬もつられ笑いになったが、ふと、気になった。
「桜ちゃんというおなごの家はわからなかったと言ったが、その伝説のたい焼き屋の場所はわかるのか?」
「ご心配なく、桧毬ちゃん。なんとなくだけれども覚えているよ。
それに店の名前は覚えているから、地図アプリを起動すれば、出てくるよ」
「問題は、まだ、やっているかだな……」
文也の言葉に修二も顔を曇らせた。
「伝説のたい焼きか。桧毬は、伝説の『ようひし』とやらを食べてみたいものだ」
文也は駅前で買った炭酸を吹き出しそうになった。
「ひ、桧毬ちゃん、羊皮紙が何でできているか知ってる?」
「知らんが、南蛮渡来の食べ物らしいな」
「西洋の紙は羊の皮だ」
「羊? 同じヤギ亜科になるあいつらか。と言うことは、それを食べれば、羊に勝ったも同然だな」
スマホをいじっていた文也は、ぼそりと言った。
「羊皮紙を調べてみたら、羊だけではなく、子牛やヤギの皮も使われていたらしい。桧毬」
「……。な、なんて野蛮何だ人間は!
もういい、ならば、パピルスで構わない」
「どっちにしたって、日本じゃ食べられないよ、桧毬ちゃん……」
文也は地図アプリを起動する。GPS機能をオンにしているのでまず自分達のいる駅前が現れた。そこから、人差し指戸中指を置いて、地図を拡大させてゆく。
「ほう、それで伝説のたい焼き屋がわかるのか?」
「存在していればな。地図に出てくるんだが……」
覗き込んだ桧毬。ふと気づいた文也は桧毬の、目を見た。
漆黒色の目だが、ただそれだけの目。マンションに乗り込んだ時に見た感じはなかった。
「エギュラメ様は今日も多忙なのだ」
それに気づいた桧毬は答えた。
伝説にたい焼き屋は、存在した。
あの時の記憶から10才年をとった店主もいて、3人は10年ぶりのたい焼きにありつくことができた。
「普通に美味いな。さすが10年以上、やっているだけはある」
「めでたしめでたし」
「そういえば、桧毬ちゃん、紙以外も食べられたんだね」
「人間になったからな。何でも食べられるのだ」
「人間は紙を食べない。
それに、めでたしめでたしじゃないだろう」
そう『伝説のたい焼き屋』は2番目の手紙があるヒントではなかった。
文也にとって『10年前に手紙預かってませんか?』と聞くのに勇気がいれば、店主に変な顔をされて恥ずかしい思いもするハメになったのだ。
「絶対、伝説のたい焼き屋だと思ったんだけどな」
「また、10年前の単語を書いて、しりとりをするしかないのう」
「書くって、桧毬ちゃん……」
「うむ、美味だった。芋蔓(ヤギ時代、ヒマリの好物)と比べられないほどにな」
「…………」
頬に両手をやりにんまり笑う桧毬に苦情が言えず、ため息をつこうとした文也は、何かに気づいた。
「修二、伝説のたい焼き屋事件の後、もう一つ伝説事件があったよな」
「伝説?」
「ほら、修二が失恋から、なかなか立ち直れなくて。見かねた俺が指を指した人」
「伝説の人!」