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ニ ノ イ チ  作者: タカノケイ
六月十三日(土)
9/36

 一分おきに時間を確かめ、永遠とも思えた四十五分が過ぎて、気がつくと布団の上で鈴子と手を握り合っていた。


「す……」

「あ……」


 同時に口を開くと、どちらからともなく抱きついて泣きじゃくる。落ち着いた頃には小一時間も経っていた。


「すず……昨日は……あんなの、一人で……」

「ごめんね、あかりちゃん、巻き込んでごめんね」


 止まったはずの涙は、いとも簡単にまた零れ落ちた。


「とりあえず、今後は襖は開けておこうってことで」


 鼻を啜りながらあかりはつとめて明るい声を出す。今夜の危機はとりあえずは去ったのだ。ゆっくりと休んだほうがいい。


「でも、あたし昨日はいきなり神社に居たから」


 不思議そうに呟く鈴子を見つめて、あかりも考え込んだ。場所が変わったことに意味があるのだろうか……あるとすれば池、だろうか。あかりは鈴子の為に敷いた布団の上にごろりと横になった。


「んー! もう寝よ! 考えてもわかんないし。眠れる時に寝よう」

「寝れる気がしないけど……」


 そう言いながらも鈴子もゆっくり横になる。あかりはベッドの上から自分の枕とタオルケットを引きづり下ろした。


「一緒に寝ていい?」

「勿論だよ!」


 鈴子がぎゅっと手を繋ぐ。あかりはそのまま眠ってしまった。


 ◆


 翌朝、あかりが目を覚ますと鈴子はまだ眠っていた。時計を見るとまだ六時前だった。鈴子はやっと眠ったばかりなのだろう。身じろぎひとつしなかった。あかりは静かに着替えをして廊下に出て襖を閉めかけ、思いついたように開けたままにする。鈴子の寝息だけが聞こえる部屋を何気なく見回すと、屈みこんでいたニノイチの姿が蘇った。


――怖かったけど……


 何かを振り切るようにあかりは歩き出し、とんとんと階段を下りる。


――なんだか……可哀想だった


 あかりはふと、奥村の話を思い出した。「噂の出所が、自分の身内の不幸な事故だったら?」ニノイチはあのセーラーを着ているのだから、かつて東成高校の生徒だったのだろう。伝統的なセーラー服は五十年以上、デザインが変わっていないと聞く。いつの時代の誰なのだろう? ニノイチの家族は……ニノイチの噂をどんな風に聞いた? それとも知らない?


「そうだ、もう少ししたら、久美ちゃんに電話してみよう」


 声に出して一人呟いた。久美は十ほど年上の父方の従姉妹で、東成高校の卒業生だ。その頃にニノイチの噂はあったのだろうか。あかりは考え事をしたままサンダルを履いて玄関を出た。家の後ろに回り、建付けの悪い物置の戸をガタガタと開ける。北側にある納戸の中は暗く、足を踏み入れると湿気とカビの匂いがした。ふいに視線を感じたような気がして振り返る。何も変わらないいつもの景色がそこにはあった。


「びびりすぎ。これでいっか」


 なんだか気味が悪くなり、あかりは大きな独り言を言う。手近にあった熊手を掴んで外に出た。そのまままっすぐに池へと向かう。池と言っても直径5メートルほどの歪んだ円形の人工池だ。手入れがされていない為、入れないようにお粗末なロープの柵がかけられている。「入らないでください」と書かれたダンボールがロープに括り付けられ、ゆらゆら揺れていた。

 あかりはなんのためらいもなく、ひょいとロープをまたいだ。池の周りは雑草が好き放題に伸びているので、縁取りにされている平らな石の上に立つと、池に熊手を突っ込みかき回す。お祭りの金魚の生き残りらしい赤い影が時々見えた。


「こんなんで、なんか出るわけもないけどさー」


 がっしゃがっしゃと熊手を出し入れしながら、池の縁に置かれた石の上を少しずつ移動する。苔が生えた石は滑るが、膝下ほどまで伸びた雑草の中に足を入れるのは嫌だった。


「えっ」


 突然、背中に強い衝撃を受けて、あかりは前のめりになった。落ちる! と無意識にバランスをとって頭から落ちる事を防ごうとのけぞった。だが、立て直す間もなく、もう一度腰に衝撃を感じてあかりは池に落ちた。池は思っていたよりも深く、ぬめった底に足を滑らせて頭まで浸かる。緑色で全く視界がない。慌てて水面に出ようとしたが、頭が何かにつかえた。


――え? 嘘。 何で?


 どんなに必死でもがいても、どうしても浮かび上がることができない。頭を何かで押さえられているようで身動きが出来なかった。パニックを起こしてめちゃめちゃに手足を振り回す。何かに当たったような気がするが、一向に体は自由にならなかった。


――苦しい! 助けて! 誰か! 誰か!


 ごぼごぼと空気を全て吐き出してしまう。からっぽになったせいか、胸が刺すように痛い。


――助けて! ……おかあさん! おかあさん!!


 無意識に息を吸い込んだ。しまったと思ったその瞬間、それまでの苦しさが嘘のように消えた。冷静になると、自分の頭が池の淵にしゃがみこんだ何者かに押さえ込まれていることに気がついた。それも一瞬の事で、そのまま意識が遠ざかる。落ちていくような感覚の中、懐かしい声を聞いたような気がした。

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