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ニ ノ イ チ  作者: タカノケイ
六月十二日(金)
6/36

幼馴染み

「ただいまー」


 からりと玄関の引き戸を開けてあかりは大声を出す。神主の家といってもごく普通の古い和風住宅だ。木の床があかりの祖母、ハナエの手によって鏡のように磨かれて襖を映している。縁側に吊るされている風鈴が、坂の下から吹き上げた南風に揺られて、ちりり、と清々しい音を立てた。


「おかえり、あら、すずちゃん、いらっしゃい」


 襖から割烹着を着たハナエが顔を出した。


「こんにちわ、おじゃまします」


 鈴子は丁寧に頭を下げて挨拶する。どうぞ、と鈴子を促しながらあかりは靴を脱ぐ。


「おばあちゃん、今日、すず泊まるから」

「あら、そうなの。すずちゃん、ゆっくりしてってね」

「はい、ありがとうございます」


 再び頭を下げる鈴子に微笑むと、ハナエは台所へと向かった。あかりと鈴子はたたきに靴を揃えて家に上がった。


「なんか持ってくから先にあたしの部屋に行ってて」

「うん」


 鈴子は勝手知ったるようすで階段をのぼり始め、あかりはハナエに続いて台所に向かった。昔ながらの広い廊下を進むと、掃き出し窓から境内の掃除をする速水の姿が見えた。


「麦茶でいいかしら」

「うん、ありがと」


 あかりはピッチャーとコップと菓子盆をハナエから受け取り、トレイに乗せて運んだ。足で襖を開けて部屋に入ると、鈴子は窓から境内を見下ろしていた。視線の先にはあの池がある。トレイをミニテーブルに下ろしてコップに麦茶を注ぎ終わると、あかりも立ち上がって外に目をやった。その瞬間、まるで気づいたかのように速水が顔を上げ、二人は慌てて部屋の奥に移動した。


「……ぷっ」


 どちらからともなく笑い声が上がる。驚き慌てふためいた自分たちがおかしかった。笑い転げながら、床に座り込む。


「あ、どうぞー」


 あかりは思い出したように、鈴子の前に麦茶の入ったコップを置く。氷がからからと音を立てて、コップの外側についた水滴がテーブルに流れ落ちた。鈴子はハンカチを取り出して、コップの周りをくるりと拭いて麦茶を一口含んだ。


「冷たくておいしー」


 ため息とともに言うと、畳んだハンカチの上にコップを置いて、横にあったクッションを胸に抱いた。あかりのコップはほとんど空になっている。


「そんなに急に飲むと、おなか痛くなるよ」

「なんない、なんない」


 あかりは片手にコップを持ったまま、菓子盆に乗ったかりんとうを摘み上げて答えた。ハナエが用意してくれるのは、女子高生がコンビニで選ぶようなお菓子ではない。いつもどこか懐かしい素朴なものなのばかりだったが、二人はそれが気に入っている。つられるようにすずもお菓子に手を伸ばした。小腹が満たされると、あかりはクッションを枕にころりと横になった。畳みにじゅうたんを敷いた床の固い感触が気持ちいい。


「うー、満腹」

「あかりちゃん食べすぎだよ」


 仰向けになっておなかを擦っているあかりに笑いかけ、すずはクッションを抱いたままベッドにもたれかかった。


「今日、夕飯何かなあ」

「え、満腹なんじゃなかったの?」


 あかりのおなかを突きながら笑うと、すずもあくびをして横になった。二人で黙って転がっていると、自然と瞼が下がってくる。寝入りかけたあかりは、がちゃん、という音に現実に引き戻された。はっと目を開くと、コップが倒れてテーブルの端から麦茶がポタポタと零れている。


「ごめ……蹴っちゃった」

「すず、寝相悪っ」


 あかりは笑ったが、鈴子はラグの染みを凝視しながらハンカチで叩いている。


「そんなに気にしなくっていいから」

「ごめ……ごめんね」


 もうほぼ乾いているラグを叩き続ける鈴子の横顔を見て、あかりはすうっと息を吸い込んだ。鈴子がニノイチの夢を見たのではないか、という予感はあかりの中で確信に変わっていた。


「なんか悪い夢でも見たー? まーさか、ニノイチの夢だったりしてー」


 冗談交じりの口調で言うと、すずはびくんと肩を震わせた。ラグを叩く手が止まっている。


「……何言ってるの。あんなのただの噂だよ」

「そう?」

「そうだよ、居るわけないでしょ、ニノイチとか」

「いるかも。変なもの被ってたりなんかして」


 鈴子はゆっくりと顔を上げ、問いかけるようにじっとあかりの目を覗き込んだ。


「すず、見たんでしょ」

「何、言ってるのかわかんない、あかりちゃんに関係な……」


 鈴子の目に涙の粒が盛り上がる。


「聞こえたよー、すず」

「……なに、が」

「あかりちゃーん、助けてーって心の声。ねえ、全部話して」

「……なに、言って」


 ぽろぽろと鈴子の丸い頬を涙の粒が転がり落ちる。あかりはそっと手を伸ばしてその頬を撫でる。


「あたしも見た、ニノイチ。多分、もう巻き込まれてる。だから話して」

「あかりちゃ……だって……こわくないの?」

「怖いよ。すっごい怖い。でも、あたしの知らないトコですずに何かあったらもっと怖い」


 開け放した窓から、一陣の風が吹き込んだ。ポロポロと泣き出した鈴子の背中をあかりは優しくさする。ちりりん、と遠くで風鈴が鳴った。


「昨日、昨日の夜ね……」


 鈴子は昨日見た夢の話をゆっくりと語りだした。

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