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ニ ノ イ チ  作者: タカノケイ
六月十二日(金)
3/36

奥村守道

「えー、今日のHRは、修学旅行の班についての話し合いの予定でした。でもちょっと僕の話を聞いてください」


 奥村は、書き終えた出席簿を教卓の上に、ぽん、と放って教壇を降りた。ゆっくりと全員の顔を見渡すと、ざわついた教室が静まり返る。あかりも背筋を伸ばして座りなおした。


「名前は言えませんが、今朝、おかしな夢について、聞きに来た生徒がいます。そのことについて、みんなに考えて欲しいと思います」


 教室は一瞬ざわめき、また静けさを取り戻す。夢……ニノイチの事だろう。それを先生に聞きに言くなんて、随分と無神経だ、とあかりは奥村の表情を確認するように見つめる。


「ニュースでも大きく報道されたので知っていると思いますが、三年前に三人の女子生徒が行方不明になるという事件がこの学校で起きました。その三人は、皆と同じこの二年一組で過ごしていた、僕の生徒です」


 古い傷の痛みを思い出すようにして奥村は、語り始めた。いつものどこかに笑みを含んだような表情からは一変し、疲れているようにさえ見える。教室は更に静まり返った。静かな口調で話す奥村の声以外、咳払いや椅子が軋む音すらしない。


「その頃から、ある夢の噂が広がり始めました。夢の内容を君たちに話す気はありません」


 奥村はそっと天井を見上げて、ふう、と息を一つ吐いた。


「君たちが、珍しい事、非現実的な事に興味があるのはわかります。でも、ちょっと考えてみて欲しいんです。居なくなったり、亡くなったりした人が自分の大切な人だったら、って」


 奥村は教室の全ての生徒に目を配る。あかりは自分に視線が来ると、何となく目を逸らしてしまった。入梅したとニュースで言っていたのに、今日はいやに暑い。夏服の下を、すうっと汗が伝った。奥村は汗でずりさがったメガネを、ひょい、と中指であげる。


「よくあるよね。踏切事故で死んだ人の霊が、自分の欠けた体の一部を探して夜な夜な踏み切りに現れる、とかいうような……都市伝説というのかな。その噂の発端が、自分の親しい人に起こった不幸な事故だったら、という想像をしたことがありますか? ……杉田君」


 目の前に居る生徒を指名して、奥村は頷いた。


「杉田君の一番守りたい大事な人は誰かな。その人が不幸にも事故に遭って、そんな噂が流れたら、君はどうしますか?」


 がたがたと椅子を鳴らして杉田は立ち上がった。杉田はクラスで一番のお調子者で、今朝も大声で「ニノイチ」の話をしていた。鼻を掻きながら上を向いたり、机のシミを見たりしながら、それでも真剣に自分の言葉を探しているようだ。奥村は急かさずに静かに杉田の様子を見守っている。


「えと……妹が……大事です。俺、多分……毎晩踏み切りに探しに行くと思います」


 言い終えて、杉田は小さく咳払いをする。ようやく聞こえるほどの声だったが、静まり返った教室の後ろの席まで届いた。


「うん、つらい想像をさせましたね、座って」


 奥村は杉田にいたわるような視線を向けて言った。掠れ声で「はい」と返事をすると、杉田は椅子に座って鼻を啜った。


「皆もちょっと考えてくれるかな」


 空は抜けるように青く、窓の外をツバメが滑空している。気持ちのいい風が吹き込んで、クリーム色のカーテンがひらひらと揺れた。教室内では、誰もが身じろぎ一つせずに、奥村の続きの言葉を待ちながら「もし、自分だったら」と考えていた。あかりもまた、小学生の弟の事を考えていた。


「どうでしたか? 何を思いましたか? 先生もね、杉田君と同じでした。夢の中で学校の焼却炉の側に居たとか、駅に居たとか、そんなことを聞くたびに毎晩そこに行きました。もちろん、本人が居ると思ったわけではないんですが、何かしらの手がかりがあるんじゃないかと思って。だって見つけたいじゃないですか……もう一度、会いたいじゃないですか」


 涙を堪えるように、後ろの壁をじっと見つめて、奥村は言葉を切った。


「言いたい事が沢山あったろうと思うんです。それを聞きたい、そう思いました」


 ぐすんぐすんと鼻をすする音が教室に響いた。少し大袈裟だ、と思う自分は冷たいのだろうか、とあかりはそっと振り向いて教室を見渡す。何人かの生徒はハンカチを目に当てていた。鈴子は……俯いたままだ。


「面白いことが悪いとは言いません。笑うことは心と体にとてもいいですから。でもね、面白いな、と思う前にちょっと考えてほしいんです。これは、面白がって話していいことなのかどうか、ということを」


 はい、と一人の生徒が答え、次々に返事をする声が上がった。あかりも付き合い程度に返事をする。


「誤解して欲しくないのは「夢の話をしてはいけない」とは言っていないことです。こんな話を聞けば、心が影響を受けてしまうこともある。悪夢に困るような事があったら、遠慮せずに先生に言いにきてください。クラスのチャットでもいいけれど、先生もなかなか頼りになるかもしれませんよ」


 最後には、いつもの奥村らしく微笑むと、プリントを配り始めた。教室には、ほっと安心したような空気が流れる。


「では、予定通り修学旅行の自由行動の時間について話しあいますので、プリントを貰った人から班ごとに集まってください。廊下側の前から一班、後ろが二班」


 水を打ったようだった教室が、一気に騒がしくなった。

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