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ニ ノ イ チ  作者: タカノケイ
六月十二日(金)
2/36

秋月あかり

《なぽ》   結衣ちゃん、行方不明らしーよ?


《ユウ》   なんでー? 家出?


《なぽ》   事件! うち近所なんだけど、警察にいろいろ聞かれたって


《スギゾー》 マジかよ


《なぽ》   犬の散歩に行って、犬だけ帰ってきたらしーよ


《ドロール》 それ、ニノイチなんじゃないかな?


《スギゾー》 は? ニノイチ?


《ドロール》 三年前にあった女子高生連続殺人事件。


《ユウ》   知ってる! あれうちの高校だよね!


《りなぴ》  つか、ニノイチって何? くわしく!


《ドロール》 ニノイチが夢に出てきて、二十五時までに追いつかれると死ぬんだよ。人に話すと、話した人も夢に巻き込む


《りなぴ》  ちょ、ガチめに怖いんだけど! お化け? 何?


《スギゾー》 おかしくね? じゃあ、なんでお前は知ってんの? 現在進行形で逃げてんの? だったら言うなよ、巻き込まれんじゃん。


《やっしー》 はい、釣り決定~




 ごとんごとんと軽快な音を立てて、四両編成の電車が南へと走っていく。人口五万人ほどの町を南北に縦断する在来線である。すれ違う電車の窓を眺めながら、秋月あかりは通っている高校に向かって歩いていた。

 梅雨の切れ間に顔を出した太陽が、雨に濡れた線路脇の下草を暖めているような朝だった。

 

「あ」


 あかりは道の先に自分と同じ高校の制服を来た少女の後姿を見つけた。近頃では珍しいセーラー型の制服で、夏服の白い上衣がまぶしい。

 濡れたアスファルトのキラキラとした反射もまぶしくて、あかりは額に手で庇を作って目を細める。友人に間違いないことを確認して、あかりは額の手を口の横に移動させた。


「すーずー! おはよー!」


 友人……永沢鈴子(れいこ)は大声に驚いたのか、びくっと肩を震わせて立ち止まり、ゆっくりと振り返った。肩で切り揃えられた薄茶色の細い髪がぽっちゃりしている頬のあたりで揺れる。自分のあだ名を叫んだのがあかりだと気がつくと、笑顔で手を振った。

 あかりは肩掛け鞄をカタカタと鳴らして、鈴子に向かって走る。水たまりを避けるたびに、高く一つに結んだ髪が頭の後ろでぽんぽんと弾んだ。


「とうちゃーく! おはよ!」

「おはよう、あかりちゃん……相変わらず、足速いねえ」

「まーな? ……って、すず、どうしたの? 顔色めっちゃ悪い」


 目を細めて笑う鈴子に得意げに答えて、鈴子の顔色が悪いことに気がついた。あかりは頭を下げるようにして、背の低い鈴子の顔を覗き込む。


「んー、ちょっと……寝不足かな」


 鈴子は人の良さそうな顔に笑顔を作って、鞄をあかりの側に持ち直した。二人は幼稚園からの幼馴染で、高校生になるまではずっと同じクラスだった。高校一年ではクラスが分かれたものの、二年生でまた同じクラスになった。あかりは首をかしげて鈴子を観察する。


「ね、本当に寝不足?」

「そうだよぉ」


 笑う鈴子に「ならいいけど」と小さな声で付け加えて、あかりは口をつぐんだ。鈴子の笑顔は作られたものだ、何故なのか気になるがしつこく聞くのも気が引ける。なんとなく気まずくなって、二人は黙ったまま並んで歩いた。線路沿いの道を突き当たりで左に曲がるとなだらかな上り坂になり、その坂を登りきると二人の通う東成高校だ。


「……今日のHR、結衣ちゃんの話、出るかな」


 坂道を半分近く登ったところで、それまで思いつめたように無言だった鈴子が呟いた。鞄についたキーホルダーのクマをいじっている。ぶうん、と軽トラックがアクセルを踏み込んで坂を上っていった。


「何か連絡あった?」


 あかりの質問に鈴子は黙って首を振った。二人の友人、遠野結衣が学校に来なくなって四日目になる。

 体調不良ということだったが、SNSにすら全く書き込みがないことで、何かあったのではないか、と噂になり始めていた。鈴子の心配ごとは結衣のことだろうか。あかりは鈴子の横顔を見つめる。


「結衣、今日は来てるかもよ?」

「……今朝もメールしたけど返事ないから」


 気休めのようなあかりの憶測を、鈴子はやんわりと否定する。結衣が学校に来なくなってからというもの、鈴子は元気が無い。だが、もともと色白の顔が今日は特別に白すぎる、とあかりは思った。鈴子はすうっと息を吸い込む。


「……何か、あったんだと思うの」


 思いつめた顔で囁く玲子に、何かって何? と問いかけながらあかりは校門をくぐった。


「あかりーん、すず、おはよー!」


 校門の中に居た数人の生徒がすぐに二人に気がついて手を振った。


「ななー! おはよ!」

「おはよ! 昨日のスペシャル見た?」

「見たー!」


 話題は次から次へと流れて、結衣の話はそれきりになった。靴を履き替え、階段を上り「二年一組」と書かれた教室に入る。六月に入っても席は未だに進級当時のまま出席番号順で「秋月あかり」は廊下側の一番前の席だ。あかりは大分前から担任に席替えを訴え続けているその席に座った。バッグを片づける間もなく、後ろの席の男子生徒が机に身を乗り出してくる。


「秋月! ニノイチの話、聞いた?」


 男子生徒は、さも重大なニュースだというように声を潜める。ただの噂に大袈裟だな、と思いながらあかりは廊下に背を向ける格好で椅子に横向きに座りなおした。


「あー、昨日のチャット?」

「そうそう」

「よく知らないけど……」


 話しながら、あかりは教室を見渡した。どうやらそこかしこでその話で盛り上がっているようだ。窓側から二列目の席に座り、俯いている鈴子のサラサラした薄茶色の髪が目に入った。……やっぱり変だ、あかりはじっと鈴子を見つめた。男子生徒はあかりの注意が逸れたことにも気がつかずに話し続ける。


「三年前は三人居なくなってるんだ。やっぱり六月に。二人は死んでたんだけど……」


 急に、教室の前の扉がガラリと開いた。担任の男性教諭が入ってきて、机に乗り出していた男子生徒は慌てて椅子に座った。あかりも前を向いて座りなおす。日直から起立、礼、と号令がかかった。


「おはようございます」

「はい、おはようございます」


 二年一組の担任である奥村守道は二十代後半で数学担当。中肉中背で平凡な顔立ちではあるが、いつも柔らかな空気を纏っていて、女子生徒の中にはこの年頃にありがちな憧れを抱いているものも多い。奥村は黒い出席簿をゆっくりと開く。


「秋月あかり」

「はい」


 出席をとるためにクラス全員の名前が五十音順に呼ばれていった。


「遠野さんからは休むと連絡がありました」


 結衣の名前を聞いて教室にはひそひそ声が漏れた。奥村教諭は出席簿から目をあげ、教室全体に目を配ってから鈴子を見て名前を呼んだ。


「永沢鈴子」

「……はい」


 緊張したように鈴子は小さな声で返事をする。休みは遠野結衣一人だけだった。

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