第1部 大学課長就任
---埼玉県の片田舎にある青年がいた。彼の名前は栗林近成(18歳)
彼の家系は日本最大仏教団体、日本仏心会の信者であった。
仏心会は全国に道場という施設を構え、信者数は1000万人。圧倒的な信者数と資金を持っていた。
近成の地元にも道場はあった。信者数は300名を超えた。
だが、中堅以下の規模であった。
18歳の近成は、幼少期から母親に手を引かれ、道場に通っていた。
しかし、中学の反抗期をきっかけに遠のいていた。
だが、教団との縁は切れなかった。
近成は大学1年生。教団では学生部大学課に所属する。大学課の課長で近成の友人である島野旭は、ひんぱんに家を訪ねては、近成を引き戻そうとしてた。
そんな旭に、近成は参っていた。
ある日のこと、旭は近成の自宅に訪ねてきた。
近成はいつもどおり、ドアを開け、招き入れる。
「旭、もう勘弁してくれ。おれは戻るつもりはない。わかってくれ」
いつもならば、近成のこの発言に「またまた~」と返す旭が、今日は何も返さない。
近成は少し不安になり、「どうした?」といった。しかし、それでも旭は返さない。そんな旭に、どうしようもなくなってしまった近成は、トイレにたとうとしたその時だった。
「近成、折り入ってお願いがある」
近成は旭の改まった態度に緊張し、立ち止まった。
「どうしたんだよ」
旭は近成の目をまっすぐ見つめていった。
「来月、学生部の人事変更があるという話が、一昨日の学生部会議で部長からあった。お前も知っているとおり、学生部は中学課、高校課、大学課の3課体制だ。その課長も刷新するということらしい。これがさす意味が分かるか?」
近成は即答する。
「全課長を更迭するってことだろ?」
旭は静かにうなずき、続ける。
「その通りだ。部長は大改革を行おうとしている。課長が根付きすぎた各課が部長を軽視していると考え、各課長を新人にすることで部長一極集中体制に変えようとしている。このままいくと、部長の支配が拡大し、組織が腐敗する」
近成は旭に詰め寄り、静かにいった。
「俺にどうしろと?」
旭は近成を強く見つめ、いった。
「来月の会議でお前を大学課長に推薦しようと思う」
近成は「そらないわ~」といって、旭と距離を置いた。
「お前なら、怪しまれない。俺の差金だと気づかれず、部長はお前を任命すると思う。しかし、お前ほどの知見を持った人間ならば、部長の一極集中を防げる」
近成は肘をつき、旭にかえす。
「勝手にやらせとけばいいだろ。おれはそもそも戻る気はないし、腐敗しようとしらん」
旭は近成の肩を掴み、訴えた。
「このままじゃいけないんだ!助けてくれ!」
近成は旭の勢いに押され「お、おう」と返してしまった。
「ほんとうか!ありがとう近成!」
旭は笑顔になり、「じゃな!」といって帰っていった。
近成は追いかけることもできず、笑顔でスキップしながら帰る旭を見つめることしかできなかった。
---翌月の学生部会議。旭の推薦もあり、近成が大学課長に任命された。
旭は会議が終わると、すぐに近成の自宅へ向かった。
ドアを開けるなり、近成はいった。
「辞退ってできないの?」
旭は笑顔で頷いた。
「とりあえず入れて!」
いつもになく笑顔の旭を家に入れたくなかったが、そんなのお構いなしに家にあがる旭。
「早速だけど、大学課の説明するなっ!」
間髪を入れる隙もなく、旭は話を始めた。
まず、学生部は中学課30名、高校課40名、大学課20名のの90名で構成される組織である。
各課に大学課の人員が配置される課長、副課長の2名と、現役の学生が配置される庶務が2名の4名で各課が運営されている。そのうち、課長のみが部長の人事で決まり、学生部会議に参加することが許されている。
しかし、大学課のメンバーだけは特例で、学生部会議に参加できる。学生部自体は、学生が教団の教義に則った生き方ができるように指導するという役割がある。
部長は道場長の任命であり、最も地位が高い。部長は新藤晃将(26)の大学院生。所属は大学課である。大学課には高卒以上の学生が所属しており、運営側の要素が強い。今回、更迭された3課長以外は部長派と言われており、部長の下僕的存在である。
各課には幽霊部員が存在してる。大学課の場合は4名が活動していない。近成を含めると5名である。更迭された中学課長と高校課長の新任者は部長派から選出されている。しかし、全員がそうだと反部長派の反発が強いと感じ、新藤部長は大学課だけ更迭された旭の意見を受け入れた。
つまり、近成はアウェーな空間に置かれるということである。
だが、副課長や庶務は課長の権限で決められる。完全にアウェーなわけではない。配置するかどうかも決められるため、近成が独裁をすることも可能だが、敵が多すぎるため、部長派を1人でもいれることが得策ということ。しかし、課長経験者の登用は次世代育成の妨げになるとして禁止されたこと。
裏事情から、決定事項まですべてをきいた近成は、腕を組んできいていた。
その姿をみた旭は、申し訳なさそうにいった。
「こんなつまらん戦いに巻き込んですまない」
しかし、近成は何も答えない。旭は近成の表情をみて、我にかえった。本当に申し訳ないことをした。そう感じた。旭は静かに立ち上がり、黙って家を出ようとしたその時だった。
「幽霊課員4名を連れてくればいいんだな」
「え?」
旭はききなおした。
「それはどういうことだ?」
近成はいつもになく真剣な眼差しで言った。
「考えてみろ。活動してる大学課課員の大半が部長派だとしても、幽霊課員はそうだとは限らない。むしろ、部長に賛同するならば活動しているはず。部長に賛同しないならば、俺が賛同させる。課長派をつくれば形勢逆転できる。しかし、はやく実行しなければならない。せっかく、反部長派で形成されている中学課と高校課の課員までもが部長派課長の手に落ちる前に実行しないと、部長を潰すことはできない」
旭は目頭を熱くしていった。
「お前がそんなことをいってくれるとは…ありがとう…俺らはお前についてく。」
旭が感動している中、近成は水を差した。
「しかし、問題がある。それは俺が教義をしらないことだ」
たしかにそうなのだ。
近成は小学生が所属する児童部には参加していたが、学生部での活動経験がない。
つまりは教学研修を受けていない。学校で言えば小卒のようなものだ。
「それは安心してくれ。前任の中学課長は解釈の園田(Snoda)、前任の高校課長は理論の瀬田川(Setagawa)、そして、俺は実践の島野(Shimano)と言われた3S課長だから、なんら問題ない。俺たちが短期間でお前を立派な課長に成長させる」
近成は「まじかよ…」とひきつった顔で答えた。
「遠慮するなって!」
旭は近成の肩をゆすりながら大笑いした。
ここから近成の課長教育が始まるのであった…