出発!
次の日の朝、燈は人生最大の危機を迎えていた。
(ちょっと待ってくれいやもう本気で待ってくれ!俺が寝ている間に一体何があったっていうんだ!?)
燈の心の叫びの原因は…
「ん…ぅん……」
何故だかわからないが燈の部屋の、燈のベッドに潜り込んでいる楓にあった。
(よし、まずは落ち着こう。人間落ち着きが肝心だ。えっと…俺は昨日こいつと別れて、剣の調整…というか、重さとかなんやらを適当に調べて…寝た。よしここまでで何か変なことがあるとは思えない。現在時刻は…持ってきてたスマホで確認するに4時…はやっ!!)
燈の身体からは尋常じゃないほどの汗が出ている。
それはおそらく恐怖心からだろう。
……昨日のあの槍を見たなら仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。
(ど、どうやって切り抜けよう…やばいやばいこれはもうどうすれば…)
と、次の瞬間。
「……ん、すぅ…」
「うぇい!!?」
起きたのではなくただ身じろぎしただけなのだが、感覚が鋭敏になってしまっている燈はあまりの驚きに変な悲鳴をあげる。
そう、声の大きさなんて気にせずに、だ。
「…ん…んん…ん〜…ぅん?」
むくり、と起き上がり伸びをする楓。
服装は多くの女性がそうであるように寝苦しくないよう軽装である。
よって、十人が見れば九人は可愛いというだろう楓の魅力的な身体が丸見えなわけで。
(…ごちそうさまです…そして、)
「…燈くん?」
まだ眠いのか目を擦りながらこちらに声をかけてくる。
正直、目の毒である。いや、ある意味眼福ともいえる。
めっちゃかわいいです、はい。
「…お、おはようございます」
「おはよぅ…?」
ビバ!寝起き女子!!
燈だって年頃の男である。嬉しくないわけがない。
「いやぁ…いい朝ですね」
と、ここで我に帰ったのか楓が燈をその目でしっかりと捉える。
まず燈を見て、そして自分の格好を見る。
「い…いやぁあぁぁぁぁあ!!」
「ごふっ!?」
(ああ…やっぱり…)
我に帰った楓に飛ばされながら涙を流す燈。
彼に非はないだろう。
◇◆◇◆
「…ごめん、燈くん」
「いや…まあ仕方ないから気にすんな」
顔に紅葉を咲かせたまま笑う燈。
それを見ながらますます縮こまる楓。
ちなみに、もうお互いに身支度は済ませてある。
「ま、今回のは不幸な事故ってことで。そいじゃ、気を取り直して出発しますかね!」
「うん、そうしようか」
二人の格好は道具屋で買った冒険者セットに入っている特に目立つわけでもなんでもない冒険者の服である。
ただ、鎧などはつけていないため軽装、と言われても仕方のないものだが。
街の門が見えてきたところで、なんとなく後ろを振り返ると王城が見えた。
(それじゃあ、行ってくるよルーノ。なるべく早く…帰ってこれるといいなぁ…)
と、楓を見て笑う。
楓は不思議そうな顔をした後に笑う。
彼女がいると退屈はしないがその分冒険が増えそうだからだ。
(ま、任せておけよ。絶対に帰るからさ)
王城に背を向け決意を胸に門へと歩き出した。
「「おはようございます」」
「ん、早いな。冒険者か?」
門に着くと、当然門番がいた。
「はい、ちょっと依頼で」
「大変だなぁ、こんな朝早く」
門番が苦笑する。
「まあ、冒険者なんてそんなもんすよ」
「はは、まあ確かにな。それじゃあ、身分証明書出してくれるか?」
「冒険者カードでいいですか?」
「ああ、問題ないよ」
俺と楓は冒険者カードを問題に見せる。
「…うん、特に問題はないみたいだ。それじゃ、気をつけて」
「おう」
特に何かあるわけでもなく街の外に出る。
「門番の人普通に優しかったねー」
楓が言う。
「どうした急に」
「いや、本とかで見たら門番の人って偉そうな人とか多いじゃん」
「そんなの偏見だろ」
笑いながら歩く。
◇◆◇◆
「ねぇ燈くん。ドラゴンがいる山…山?までどのくらいかかるの?」
歩くのに飽きてきたのか楓が聞いてくる。
「んー…後一週間も歩けば着くかな」
「一週間も!?」
どうやらこの美少女はなんにも調べていなかったらしい。
「そ、一週間も。…でもまあもっと早く行きたいよなぁ…馬でも買えばよかったかな?」
「そうだよ、まったくもう…」
「ほぅ…全部俺に任せっきりのくせにそんなことを言うのはどの口だ?」
「ひゅー…ひゅー」
吹けない口笛を吹いて誤魔化そうとする楓を呆れて見ていると、チリ…っと嫌な感じがする。
「グルルゥ…」
「あ、燈くん!モンスターだよ!!」
(なるほど…危機察知能力、か…。今の感じがそうだとしたらこれはありがたいな)
「見ればわかる。で、どうする?」
「どうする、って?」
「殺すか?それとも逃すのか」
俺は食料…になるかはわからないが脅威は少なくても減らすべきだろうという考えから殺そうと思っている。
「それは…まあ、殺しちゃった方がいい…んだよね?」
「ああ、この世界に慣れた方がいいしな」
「じゃあ、そうするよ」
覚悟を決めた顔で槍を構える楓。
と、その瞬間にイノシシ似のモンスターが突っ込んでくる。
「っ!避けろっ!」
二人は横に飛ぶ。
(…え?なんか…身体がすごく軽い…これならいける!)
着地と同時に楓がモンスターの後ろから槍を突き刺す。
「グルゥアァ…」
ドン…と、その二メートル近い巨体が倒れる。
「初めてにしてはなかなかよかったな」
「…うん、なんかあまり実感がわかないよ」
「まあ、恐怖で身が竦んで動けないよりはマシだよ」
と言いつつアイテムボックスから解体用のナイフを取り出し血抜きをする。
「…なんか手馴れてるね」
「ん?ああ、まあな」
初めての戦闘は楓が活躍して終わった。
まあ、俺は特に問題ないからいいんだけれども。
などと考えているうちに血抜きが終わったので解体をする。
「普通のイノシシと同じようなモンスターで助かったな…。これが巨大なナメクジとかそういう系だったらどうしたらいいかわかんなかったよ」
解体をしつつ言う。
「巨大なナメクジ…」
楓は呟いて身体を震わせている。
これはそういう系が出たら絶対俺がやることになるんだろうな。
「おし、解体は終わったし後はアイテムボックスにしまって…と」
どうやらアイテムボックス内の時間は止まっているらしいのでイノシシっぽいやつの肉が腐るということはないだろう。
「よし、じゃあまだまだ歩かなきゃいけないからな…」
「うん、行こっか」
◇◆◇◆
「うあー…そろそろ暗くなってきたし…ここらでテント張って歩くのは明日にしよう」
「やっとかー!!お腹すいたし…もう足パンパン!」
と言ってその綺麗な足を揉み始める楓。
(きめ細か…白いしきれいな…っていやいや!早く晩御飯の準備しなきゃ…)
燈だって男なのでその足に目が行くのを必死にこらえてテントを張る。
その後に枯れ木を集めて、しばし腕を組んで考える。
(魔法って…使えんのかなぁ…)
「どうしたの?燈くん?」
「いや、魔法ってどうやって使うのかなーって…」
「ああ、確かにね…燈くんって火の魔法の適性があるんでしょう?だったらこう…勘でいけるんじゃない?」
「えー…ま、やってみよ」
楓の言うことに疑問はあったがまあ他にどうすればいいのかわからないのでやってみることにする。
(えっと…火よ出ろー…なんちって)
と、次の瞬間。
手から尋常じゃない大きさの炎がでる。
「うぉぉお!?」
「えぇ!?ちょ、危ない危ないから!!消して消して!!」
「ど、どうやって!?」
「知らないよ!!」
「ええ!?」
(…消えろ消えろ消えろ…!!)
と、念じてみると。
スッと消えた。
「あー…ビビった…」
「本当だよまったく…もっとちっちゃい火でいいんだよ!誰が馬鹿でかい炎を出せなんて言ったの!」
「…ごめん」
「もう!…次は気をつけてよね」
「ああ」
先ほどのようなことにならないように今度は小さい火が出るように念じる。
すると、ポッと指先に火が灯る。
「最初っからそうしてよ…」
「初めてだったんだから仕方ないだろ…。でも、魔法っていうのはしっかりとしたイメージが大事っぽいな」
「へぇ…そうなんだ…」
(戦闘でしっかりと使えるようにイメージトレーニングは大事だな)
「よし、じゃあさっき狩ったイノシシでも食べてみようか」
「え…食べれるの?」
「…いけるんじゃね?」
「う、うーん…?」
訝しげな楓は放っておいてイノシシの肉を切り分け串に刺していく。
「よし、じゃあ焼けるまでの時間で…王城であったことでも説明するか」
「実は今まで忘れてたけど…うん、今思えばいろいろ気になってたんだよね」
星空の下というロマンチックなシチュエーションにもかかわらず、甘酸っぱい空気が流れないのはただ燈が鈍いだけなのだろう。
次回説明入ります。
ちょいちょい昔話入るかもしれません。