救いたい。救われた?
一刻を争う事態になったため、シルフィの力を借り宿に戻ってきた一同。
燈をベッドに寝かせ、さらに詳しくアリスから話を聞く。
「兄上に接触するためには城へ入らなければならない。私が行ってもいいのだが…騎士団について聞かれるとまずいんだ」
山を降りる途中に会った泣きながらアリスの無事を喜んでいた男たちを思い出す。
彼らは団長の無事がわかり安堵し他の宿で休んでいるらしい。
「私の率いる第三騎士団は基本地方の任務を任されている。王都に行くとなると何か緊急事態が起きたのかと勘繰られる可能性が高い。それに、私は兄上側の人間だ、おそらく宰相や父上からは危険視されて城へは入れないかもしれない」
城へ行くには行けるが入れるかどうかはわからず、ルーノに会えるかすらもわからないとアリスは言う。
「それじゃあダメだよ!燈くんが…」
「…わかっているさ。何か他に良い案があれば遠慮せずに言って欲しい」
そう言ったきり黙り込んでしまい沈黙が訪れる。
燈を覆う黒い魔力は収まる気配はなく、今のところは変化はない。
「ねぇ、シルフィ?燈くんはどれくらい保つのかな…」
楓が座っていたソファから立ち上がり燈の元で膝をついて顔を見つめてポツリと呟く。
「…長く見て二週間といったところでしょうか。この様子ではおそらく二週間はないかもしれませんが…最悪だと一週間もないかもしれません」
「そ、んな…」
楓の目から涙が流れ落ち、燈の顔に落ち滑っていく。
「……泣くなよ、そんな顔似合わねぇって」
「え…?」
思わずと言った様子で顔を上げる楓。その瞳に映ったのは辛く苦しそうな様子を隠しもせず、ただ自分を気遣う表情をした彼の姿だった。
「燈…くん…?」
「シルフィ…お前に俺が今渡せる魔力をありったけやる。だから、お前がルーノの所へ行くんだ」
楓の言葉に反応する余裕もなく、必要なことを伝える燈。そしてアイテムボックスからあの抜けない刀を取り出す。
「これも持ってけ。宝物庫から取ってきたやつだから…俺の関係者だってことくらい…わかるだろ……」
シルフィに刀を渡すと体力を使い切ったのか気を失う燈。
同時に部屋に風が舞い始める。
「…アリス、ここから王都までどのくらいの距離ですか」
「どんな早馬でも片道で一週間はかかるが…まさか…?」
「行きます。でないと、私はまた失ってしまう」
「そうか…」
アリスは自分のペンダントを外しシルフィに渡す。
「これも持っていくといい。きっと兄上だったら気づくだろう」
「…ありがとうございます」
ペンダントを握りしめるシルフィ。
「…シルフィ…」
「はい」
「絶対、絶対戻ってきてね…!!絶対だよ⁉︎
それで、燈くんを……」
気を失った燈を見つめながら涙を流す楓。
その姿に心を痛めながらシルフィは真剣な表情で頷く。
「必ず」
その一言を残し、彼女は荒れ狂う風と共に去った。
「行ったか…間に合ってくれると良いが…」
アリスはちらり、とすすり泣く楓を見てそっと息をはく。
シルフィがどのくらいの速さで移動できるかはわからないが精霊だということを考えればそう時間はかからないかもしれない、と予想する。
「カエデ、すまないが私は私の役目を果たさなければならない。そんな状態の君を残していくのは不安だが…」
「…大丈夫だよ。アリスは行ってきて?」
楓は掠れた声で返事をするが、燈から目をそらさない。
そんな様子を見て何を言ってもこの子は休んだりしないだろうと思う。
「すまない。終わったらまた来る。カエデも少しは休んでおいた方が良いぞ?」
「うん」
とりあえずは休むように言ったが微動だにしない楓。
それに対して思うことはあったが何を言うでもなく部屋を出るアリス。
パタンとドアを閉める音が響いたきり、部屋に静寂が訪れる。
明かりも何もつけずただ傍で彼の世話をする彼女はとても辛そうだった。
「ねぇ燈くん、初めて二人きりになった時のこと覚えてる?」
言葉が返ってこないことはわかっているけれど何か言わなければ不安で心が押しつぶされてしまいそうになる。
「あの時から…ううん、もっと前から私は覚悟できてるんだよ?ずっと燈くんの側にいようって」
辛そうにうめき声を上げ顔を歪める彼にまた泣きそうになる。
「どうか助かりますように…」
なんの力も持たない少女はただ暗い部屋の中で祈ることしか出来なかった。
◇◆◇◆
翌日の朝。
アリスは副団長に全てを押し付け無理矢理に休暇を取る手続きをして、宿に戻って来ていた。
表向きはドラゴンと戦ったときの怪我の療養ということにしてあるのでどこからも文句は言われないだろう。
そして彼女は部屋入ってその惨状を見て驚愕していた。
(これはどうなっているんだ!?…そうだ、カエデとアカリはどこに…?)
入った瞬間に荒れた部屋を見て慌てて中に入り確認すると、
「うぐ…うぅぁ…」
「ひっく…ひっく……うええ…」
「泣かない泣かない。彼はまだ大丈夫だから、ね?」
何やらうめき声を上げる燈に泣いている楓、それを慰めている金髪碧眼の優しそうな雰囲気を持った男。
なにより目を引いたのは、
「これは攻撃魔法じゃない。大丈夫だから、そんな泣かないで?」
燈の胸に突き刺さった翡翠色の剣だった。
よく見ると腕や足にも同じ色の鎖が繋がれベッドに縫い付けられている。
「貴様!!何者だ!!」
焦り剣を抜き男に斬りかかるアリス。
完全に不意打ちだったというのに男は余裕で避け剣を取った。
「危ないよ?僕が剣を弾いて飛ばしたりとかしたらどうするの?」
剣を抑えられたことに加えこの状況にアリスも混乱していたのか詠唱を始める。
するとそこで楓が我にかえる。
「待ってアリス!」
「なぜ止める!」
「その人、悪い人じゃない」
「なっ…アカリがこんな目にあっているんだぞ!早く治療しなければ!!」
「よく見て、血も出てないしあの黒い魔力も出てない」
楓の声に冷静になり燈を観察する。
確かに怪我の類は一切なかった。
「はぁ…わかってくれて良かったよ」
男はもう大丈夫だと判断したのか剣を離し笑う。
「…カエデ、この男は?」
アリスはすぐさま再び剣を突きつけ楓に問う。
楓は首をひねる。
「えっと…?」
「ええ!?僕さっき自己紹介したんだけど…」
剣を突きつけられながらも余裕そうな顔を崩さない男。
「と、とりあえず怪しくないし、彼を助けたのも僕なんだよ!剣を納めてくれないかな?」
その言葉を聞いて渋々といった様子で剣をしまうアリス。
「それで貴様は何者なのだ」
警戒は解かず目の前の男を睨むアリス。
「…はぁ。僕の名前はアレクだよ。まあ愛称だけど」
「ふざけているのか?」
思わず剣に手が伸びるアリス。
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ。だって本名言っても信じないだろうしなぁ…」
「お願いします、名前を教えていただけませんか?」
楓が頼み込む。
再び男はため息をつき、自分の名を名乗った。
「僕の名前はアレクセイ・ディ・カーラントだよ」
「カーラント…?」
「アレクセイ…だって?」
楓はその姓に、アリスは名に驚く。
「アリス、知ってるの?」
驚きを隠せないアリスの様子で男を知っていると思った楓は聞く。
「ああ…私だけではない。この国…いや、それだけでなくこの世界の誰もが知り、尊敬し憧れる者の名だ」
「あれ、そこまで広がってたのかー…嫌だなぁ」
苦笑し金髪の癖っ毛の頭を掻く男を見て楓は威厳も何もないな、と思った。
「どんな人なの?」
「初代勇者だ」
「…え」
自分の癖っ毛をいじり居心地悪そうにしているこのなんの覇気もない男が初代勇者だと誰が信じるだろうか。
「うん、確かに僕は初代勇者だ」
加えて、端整な顔立ちに優しげな表情、甘い声。誰も彼が勇者だなんて信じないだろう。
「初代勇者…って千年も前の人じゃ…?」
「ああ」
未だ驚きから帰ってこれない彼女たちに男…アレクはさらに驚くべき情報をもたらした。
「彼…燈は上手くすればもうすぐ目を覚ますと思うよ?」
「ええ!?」
「はあ!?」