敗北
ーーあれ、なんで俺こいつを殴ってるんだ?
先ほどまで自分は頭の痛みに悶え、無力さに打ちひしがれていたはずだ。
しかし気づくと起き上がりルイスを殴り飛ばしている。
「っはは!!良いよアカリィ!!」
吹き飛びはしたがさしてダメージを受けていないのか、ルイスがこちらに向かってくる。
それに対して俺の体は勝手に反応して攻撃を繰り出す。
殴る。殴られる。なんだこれ、身体が熱い。まるで自分の体じゃないみたいな感覚だ。
「痛いなあ!!でもこれだよ!これが僕が求めていたものだ!!」
そう言ってルイスは虚空から剣を取り出し俺に言う。
「君も構えなよ。ここからが本気の戦いだ」
今までのような快楽殺人者のような雰囲気は鳴りを潜め、息の詰まるような殺意を向けてくる。
その殺意に反応したのか俺はアイテムボックスから剣を取り出す。抜けない方ではなく頑丈な剣の方だ。
「来いよ」
俺の意思とは関係なく声が発せられる。
俺はまるで他人が俺の体を操縦しているように感じている。自分の中で自分を見ているような不思議な感覚だ。
「…ふっ!」
約十メートル程の距離を一瞬で詰めてくるルイス。右から剣が来る。俺はそれを捌いて右下から切り上げる。
それをルイスは躱し同じように切り上げてくる。
しばらくは黙ったままで互いが互いを斬り合う音のみが響く。
「燈くん…」
遠くで楓が呟くのが聞こえる。
「燈」
シルフィが呼びかけてくるのが聞こえる。
俺は何をやっているんだろうか。そんな考えをしているというのに体は勝手に動き続ける。まるで機械のように、いや、達人と言った方がこの場合は正しいように思える。
ーーガィン!!
互いの剣が絡み合う。
ルイスが少し失望しているような顔でこちらに語りかけてくる。
「アカリ…君は本当に強い。けれど、まだ足りないようだ。次に会う時は、もっと強くなっていて欲しいね」
その言葉を最後に俺は意識を失った。
◆◇◆◇
「燈くん!!」
楓の目には凄まじい速さで斬り合う二人の動きが見えていた。
そして一瞬、剣が絡み合った時にルイスが何かを呟き、次の瞬間には燈の意識を刈り取っていた。
どのような方法かはわからないが、ルイスが剣を振り切った体勢になっていたことに何かがあるのだろう。
「そこの人間と精霊。アカリに伝えておいて欲しいことがある」
楓は燈に駆け寄り、ルイスを見上げる。
シルフィは黙ったままだ。
「もっと強くならなければ何もできずに死ぬぞ、と。ああ、あと次に会う時までに成長していなければ…そうだな、君を貰っていくと」
そう言ってルイスは楓を指差す。
「わ、私…?」
「君はどうやらアカリにとっては大切らしいからね。君が死ねば…アカリはもっと強くなれる」
再び狂気の色を瞳に宿すルイス。
そして空へと昇っていく。
「ああ、もう一つ言い忘れてたことがあったな。このままアカリを放っておくと多分だけど死ぬよ?まあ、理由はそこの精霊が知ってると思うけどね。それじゃ、また会おう」
最後に綺麗なお辞儀をし、消えていったルイスをぼーっと見ていた楓は頭の中を整理していた。
「(燈くんが死んじゃう…?私は狙われて…次に会う時?ど、どうすればいいの?)」
「ーーえで」
「(助けるにはどうしたら…治癒魔法?)」
「カエデ!!」
「……え?」
肩を揺すられて掠れた声を漏らす楓。
気付くと目の前にアリスがいた。
「全く反応がなく焦ったぞ…」
アリスが安心した顔を見せている一方で、隣に立つシルフィは深刻な顔をしていた。
「そうだ…」
ちらりと楓は眠っているような燈を見る。
「シルフィ…燈くんが死んじゃうってどういうことなの?私はどうすればいいの?どうやったら治るの?」
思わずシルフィに縋るが、彼女は実体がないためすり抜けてしまい、膝をつく。
深刻な顔をしたシルフィが口を開く。
「あの黒い魔力は…おそらく、千年前の魔王と同じものです。それを抑えられるのは…精霊王と、勇者だけなんです」
「それならば勇者に頼めば…」
アリスが口を開くが楓が否定する。
「勇者は…信用できないよ。それに多分、無理だと思う。そうだよね、シルフィ?」
「…はい。魔王の魔力に対抗できるのは…千年前の勇者しかいませんでした」
「だったらその精霊王に頼めば何とかなるのではないのか?」
「どうなの、シルフィ?」
「…精霊王は千年前に眠りについて以来、目覚めていません」
「それじゃあ燈くんは…死ぬしかないっていうの?」
未だ眠っている燈を見つめる。
「いえ、方法はあります」
「どうすればいいの!?」
シルフィは顔を伏せる。
「精霊の巫女なら、精霊王を目覚めさせることができるかもしれません。けれど巫女が何処にいるのかは…」
「そ、そんな…」
絶望に目がくらむ楓。
「巫女?」
そこに空気を読まない声が響く。
「精霊…巫女…。もしかして…」
アリスが首をかしげる。
「アリス!!何か知っているの!?」
「あ、その…」
「教えて!!」
今にも飛びかかってきそうな楓に引き気味になりながら答える。
「…カーラント王国第三王女だと、思う」
「え?」
「確信はないが、私の妹がその…精霊の巫女だと思う」
「なぜそう思うのですか」
シルフィが真剣な顔で問う。
「いや、だって…精霊と話してたから…」
ぼそぼそと言うアリス。
「それに私も妹と遊んでいたら精霊が見えて、話せるようになったので…そうではないかな、と思ったのだが…」
話をすればするほど真剣味をおびていくシルフィの顔に怯えながら言う。
「どうなの、シルフィ?」
「…おそらくですが、その方がそうだと思います」
「アリス、妹さんは今どこに?!」
「…すまないが、私にはわからないんだ。幼い頃、妹はどこかに行ってしまった。失踪したとかではなく…父上が、隠されてしまったのだ」
「そ、そんな…」
やっと見えた光明も虚しく、再び楓の顔が絶望で染まる。
「けれど、兄上ならば…わかるかもしれない」
「それって燈くんの友達っていう…」
「ああ。ルーノ・ディ・カーラントだ」
アリスの凛とした声に、楓とシルフィは光を見た。