燈の変貌
「イール…だと?」
アリスが怪訝そうな顔で呟いた。
「知ってるんですか?」
「ああ、確か…魔族特有の名だったと思う」
「魔族!?」
楓とアリスとの会話でシルフィが驚く。
「知ってるのか?」
「…ええ、身体能力、魔力が高く知能も人間たちと同じレベルで発達しています」
「それって人間は勝てないんじゃ…」
「勝てないということはありませんが…勝率はかなり低いと言わざるを得ません」
燈は話を聞き、ルイスを睨む。
「そんな顔で睨まないでくれよ。僕は別に君達と争うために来たんじゃないんだ。ただ、ちょっとこのドラゴンに用があったんだけど…これじゃダメかも」
ドラゴンを見つめ残念そうに首を振る。
「だったら早くここから行っちまえよ」
燈は油断することなく言い放つ。
「うーん…そうしようと思ったんだけど、やめた。試したいことがあるんだよね」
そう言うとドラゴンに体を向け、ポケットから取り出した黒いビー玉のようなものを埋め込んだ。
「…何をした?」
燈はルイスに向かって静かに問う。
シルフィに結界を張っておくように言うのも忘れない。
「実験だよ。僕はね、面白くしたいんだ。生きるって退屈だろう?だからもっともっと…圧倒的に刺激的で、興奮する…そんな生き方をしたいんだ!!ははは…ま、これはそのための一歩ってところだよ」
ルイスが話している間、ドラゴンの死体の肉は腐り落ち、骨ばかりが露出していく。
辺りに嫌な臭いが立ち込める。
「これは…まさか…ドラゴンゾンビか!?」
「知ってるのかアリス」
ダメージから完全には立ち直れていないアリスが楓に支えてもらいながら立ち上がる。
「討伐ランクS…魔力溜まりで死んだドラゴンが長い年月をかけて魔力を溜め込み、骨だけになってでも動くモンスターだ」
それを聞いてニヤニヤと笑うルイス。
それはこのモンスターが強いから勝利を確信しているといった風ではなく、ただオモチャで遊んでいる子供のようだった。
「博識だねぇお嬢さん。そう、この黒玉は例えるなら魔力の塊さ。僕が実験で作り出した物の一つ。ただ…」
ルイスはドラゴンゾンビをちらりと見る。
「成功かどうかは知らないんだ」
「ゴオォォォ…!!」
変身が終わったのか、肉は全てなくなり骨だけで動くドラゴンが動き出す。先ほど燈が爆散させた頭部は他の骨が集まり歪な頭を形成している。
さらに骨は赤く変色し、今にも襲い掛かってきそうだ。
「それじゃあ、精々良い結果をお願いするよ?」
そう言いルイスは空高く舞い上がる。
「見たまんま、高みの見物ってわけか…こんなやつ倒して速攻引き摺り下ろしてやるよ」
先ほどと同様に殴りかかる燈。
バリン、と大きな音を立て骨は砕けるが…
「ゴオォォォ…」
「…それはちょっと予想外だったわ」
ドラゴンゾンビが声を発すると同時に砕けた骨が修復されていく。
すぐに元通りの…いや、元より複雑に絡み合い強度を増した骨が出来上がっていた。
「オオォオン…!!」
「なっ…ぶっ!!」
手を振り上げたと燈が認識した瞬間に凄まじい速さで動き吹き飛ばされる。
先ほどとは比較にならない程の速さで吹き飛ぶ燈。
「燈くん!!」
楓が叫び燈を追おうとする。
「ダメです楓!!」
それをシルフィが慌てて止める。
「今出て行っても私たちにできることはありません。燈を見守ることしか…できないんですよ」
「わかってる…わかってるけど…!!」
楓は岩に叩きつけられ、兄元をふらつかせながら立ち上がる燈を見つめる。
「なんで…私はこんなに弱いの…」
「楓…」
地面を叩くことで苛立ちを晴らしているかのような楓にアリスが近づき、抱きしめる。
「しっかりアカリを見ていよう。アイツだったらどうにかしてくれるかもしれない。そんな気がしないか?」
笑いかけるアリスに楓は頷く。
「うん…」
◆◇◆◇
吹き飛ばされて立ち上がるも足に力は入らない燈。
「痛え…ははっ…こんな感覚久しぶりだ…」
こちらに向かって凄まじい速さで突っ込んでくるドラゴンゾンビを見て笑う燈。
ドラゴンの瞳があった所には暗い深淵が覗いている。
「(あー…深淵…なんかそんな感じの詩的な何かが地球にあった気がする)」
燈はふと思い出す。
「化け物か…なってやろうじゃねぇか」
身体中に魔力を漲らせ構える。
「燃えろ」
その一言だけで世界が灼熱と化す。
ドラゴンゾンビが燈の前で足を止め悶え苦しみ始める。
ーーまだだ、こんなもんじゃ足りない。
『世界を赤く染める在り方を望む』
燈の口から言霊が発せられる。
『我は灼熱の王』
聞いたこともないというのに、勝手に口が動く。
『その前では全てただ塵となるのみ』
言霊が発せられる度にドラゴンゾンビは苦しみ、溶けていく。
『汝を紅蓮の煉獄へと沈めよう』
言霊の完成とともに赤く激しく燃える炎がドラゴンゾンビを包み込む。
そして消えたときにはーー何も残されてはいなかった。
「ーーっはあ!!なんだこれ…頭が割れそうに痛ぇ…」
燈は目の前の燃えたというよりは溶けたと言った方が正しい惨状を見て眼を見張る。
「これを…俺が…」
驚く燈に空からルイスが降りてくる。
「いいね、アカリ…だよね?最っっっ高だ!!君は良い!!」
恍惚とした表情を浮かべながら燈に近づいていく。
「君だったらきっと僕の満たされない心を満たしてくれる…!!今すぐ殺ろうじゃないか!!思う存分全てを賭けて!!」
ゾッとするほどの殺意を燈に向けるルイス。
しかし燈は先ほどの影響なのか体の反応が鈍い。
「止まって」
今にも燈に襲いかかろうとするルイスの首筋に槍が添えられる。
「待つんだ、カエデ!」
アリスが止めるが楓は止まらない。
「それ以上燈くんには近づかせない」
強い決意を目に宿す楓。
ルイスはそれを鬱陶しそうに見やると腕を薙ぐ。
「邪魔だよ」
軽く腕を振るっただけなのに楓の体はピンポン球のように飛ぶ。
しかし、楓の決意は固かった。
「雷速!」
楓は自分の加護の特性を知っていた。それは雷を操れるということだけでなく、思考加速や身体機能の加速に伴い反射速度も速くなることだ。
つまり、攻撃をくらい飛ばされた瞬間に相手に攻撃を与えることくらい容易いということである。
「はぁ!!」
ザシュ、という嫌な音を響かせルイスの腕に赤い筋が引かれる。
「まだ足りない!!」
楓は空中で体を捻らせ地面を蹴る。
が、次の瞬間。
「ああぁ!」
「調子に乗ってるね?」
ルイスが凄まじい形相で楓の頭を掴み、顔を覗き込む。
その顔を見た楓は恐怖で掠れた声が漏れる。
「…はっ、はっ…」
「僕は今非常に気が立っているんだ。ねえアカリ!! 君が相手をしないというのならこの女は死んでしまうよ!! 良いのかい?」
ミシリ、と手に力を込める。
「いっ…あ…うぐ…!」
離せとばかりに手でルイスの指を掴むがビクともしない。
頭がトマトのように潰される。楓がそう思った時。
「ーっ!?」
急にルイスが楓を離し距離をとった。
「君は…そうか…これは良い!」
笑いを堪えられない様子のルイス。
「楓に汚い手で触れないでください」
シルフィが怒りの表情で立っている。
それを見てルイスは笑う。笑い続ける。
「アカリィィ…精霊まで手懐けているなんて…良いなぁ…いいよ、君は最高だよ」
未だ頭の痛みに耐え続ける燈を見るルイス。
「でも、物足りない」
急に表情を切り替えシルフィに向かって走り出すルイス。
「だって君はまだ、完全じゃないもんね?」
「………」
シルフィの前で立ち止まり手をかざす。
「たとえそうだとしても、精霊は契約者を護ります。命に代えても」
「そうかい…だったら死ぬといい」
かざした手に凄まじい魔力が集まっていく。
シルフィはそれをただ見つめている。
「ふざ、ける…な」
今まで苦しんでいた燈が這い蹲りながら声を漏らす。
燈が周りを見ると、倒れている楓にそれを介抱するアリス。そして今にも消されそうなシルフィの姿が目に映る。
「ふざけるなよ…!!」
燈の体を徐々に黒い魔力が覆っていく。闇魔法よりも暗い寒気を感じさせるような魔力が集まっていく。
「精霊がいなくなるなんて残念で仕方がないよ…っがは!?」
「燈…?」
突然ルイスが吹き飛ばされ驚くシルフィ。目の前にいたのは…先ほどとは全く違う黒い魔力を漲らせた燈の姿だった。
次回はおそらく燈視点で話が進みます