ドラゴンと姫騎士
ーー時は過ぎて山の入り口のやや手前にいる燈たち。あたりはもう真っ暗で普通なら出歩く時間ではないだろう。
先ほど件の冒険者たちが山に入って行ったのを見かけたが、楓の魔法のおかげでバレなかった。
「この魔法、見えなくするだけで気配とか音とかは消せないんだけど…気付かれなくて良かったね?」
「ちょっと待て楓、普通今それを言うか?初耳なんだけど」
「あー…まあ、なんとかなったからいいじゃん」
乾いた笑いで誤魔化す楓。
燈はそれを見てなんとなく気が抜けた。
「…そうだな、今さら言っても仕方ないか。もうここまで来ちまったし、計画通り行こうか」
「あ、私音だけだったら消せますよ?」
ここでシルフィが口を挟む。
「なんでそういう大事なことを後から後から言ってくるんだよ…とりあえず頼む」
「わかりました。…精霊たち、お願いしますね」
シルフィが呟くと同時に柔らかな風が俺たちを包んだ。
「とりあえずはこれで大丈夫です」
「…でも、流石にすごい強い人とかはごまかせないと思うなぁ」
「そこは俺の魔法でなんとかするよ」
そう言って燈は闇魔法を使って認識阻害をかけた。
「燈くんだって大事なことを後から言ってるじゃん……」
一応この世界にも詠唱が存在しているのだが無詠唱でやるあたり全員異常とも言える。
「おし、じゃあ行きますかね」
「はい」
「うん」
◆◇◆◇
一方その頃、騎士団たちは山を登っていた。
頂上付近にドラゴンが出現した、という情報だったのだがハジャ山はこの世界の中でも比較的高い山なので、体力の消耗は激しい。
「はぁ…はぁ…まだ、ですかね?」
団員の一人が弱音を吐く。
「ふぅ…ああ、もう少しだ」
「それもう何回も聞きましたよ…」
騎士団の団員たちはなかなか猛者揃いだが流石に疲れを隠せないようだ。
「皆の者!!頂上が見えたぞ!!」
おそらく団長なのであろう、長い金髪の女騎士が声を張る。
団員のほとんどが長い登山の終わりに気を緩めたその瞬間。
「ギャォォオオオアアア!!!」
ドラゴンの咆哮が響き渡った。
「なっ!」
「う、嘘だろ?」
ほぼ全員が同じ感想を抱いただろう。
疲労で体も重く、思考も鈍くなっている。
こんな状況で勝てるわけがない。
「私が時間を稼ぐ!その間に体勢を立て直せ!」
「そ、そんな!!無茶ですよ!!」
「無茶でもなんでもやるしかないんだ!!急げ!」
「…わかりました!」
「ああ、それでいい」
女騎士は走り去っていく団員たちの姿を見送り呟く。
そしてくるりとドラゴンに体を向ける。
よく見ずともわかるほどに強靭な肉体。堅牢な鱗。そして何より目を引くのは頭部に生えている一本の巨大な角だ。
「一人で勝てるかはわからないが…あいつらが逃げられるくらいの時間は稼がせてもらうぞ…っ!!」
言い放ち、駆ける。
ドラゴンは駆ける女騎士を視界におさめると息を大きく吸い込む。
「ちっ、ブレスか!!」
女騎士は即座に反応し、詠唱を始める。
「願うは聖なる守り、絶対の水壁!」
詠唱を終え、水の中級魔法を展開したその瞬間。
「ゴァア!」
ドラゴンの口から火の息吹が放たれる。
「くっ…やはり即座に展開できる中級では長く持たないか…」
水壁とドラゴンの息吹は拮抗しているようだが、少しずつだが水壁が押されている。
「…だったらっ!!」
魔力を一気に流し込み一瞬だけ息吹を押し返した瞬間を見計らい範囲外へと退避する。
「願うは一矢、苛烈なる水弓!!」
即座に水の矢をドラゴンに向けて放つ。
矢と言っても魔法で作られたもので、槍ほどの大きさはある。
ーードパァン!!
確かに矢は命中した。といっても、ドラゴンの巨体から考えて外す方が難しいだろう。
「ガアアァ!!」
「駄目か…」
命中するもその堅牢な鱗の前では水浴びと同じなのだろう、傷一つついてはいなかった。
「…遠距離で駄目なら…近距離で、急所を狙うしかない…」
そう言って腰の剣帯から片手剣を抜き放つ。
よく手入れの行き届いた剣であることは見ればすぐに分かるだろう。
「行くぞ!!」
未だ移動をしていないドラゴンに向かって走る。
(例え勝てなくとも…その目は貰う!!)
「願うは苛烈なる水、水連球!」
走りながら詠唱をし、多くの水球を生み出しドラゴンに向けて放つ。
「グルァ!!」
前足でその全てを簡単に薙ぎ払われるがそれは計算済みとばかりに女騎士は跳躍する。
そして剣を振りかぶり、ドラゴンの大きな瞳に向かって剣を突き立てようとした瞬間、ドラゴンが体を捻り、尻尾が横から勢いよく飛んでくる。
「なっ…がはっ!!」
いける、そう思ったからこその油断だった。
地面に何回もぶつかり、跳ね、岩にぶつかり動きが止まる。
(くそ…一発でこれか…けれど、もう時間稼ぎはいいだろう)
そう思いゆっくりと近づいてくるドラゴンを見て、目を閉じる。
ーーーが、いつまでたっても攻撃の気配がない。
なぜだ、そう思いつつ目を開けると……
「まだ諦めるには早いんじゃないのか?」
黒髪黒目の少年と少女、そしてよくわからないが薄い緑色に近い女性が立っていた。
目の前の少年は笑ってドラゴンの攻撃を受け止めていた。
◇◆◇◆
「ガァッ!!」
燈がいきなり現れたので少し戸惑っていたドラゴンだったがすぐに攻撃をしてくる。
先ほど女騎士を吹き飛ばしたのと同じ尻尾による薙ぎ払うような攻撃だ。
「危な…っ!!」
叫んで警告しようとしたがあばらでも折れているのだろうか、悶絶して黙り込んでしまう女騎士を燈はちらりと見て結界を発動する。
ーードォン!!
大砲の弾が着弾したかのような音を響かせるが結界にはヒビ一つ入っていない。
「楓、その人治してやってくれ。俺はこっちをなんとかする」
「わかったよ燈くん。…気をつけてね?」
楓は燈の指示に従って女騎士の治療を始める。次に燈はシルフィに指示を出す。
「わかったよ。シルフィはここの守りを頼む。あと、できるなら俺のフォローな」
「わかりました」
燈は結界を解いてドラゴンに向き合う。
そして代わりにシルフィが結界を張る。
「地球じゃお目にかかれない猛獣…ライオンだって形無しだろうな」
自分の攻撃が効いていないのがおかしいのかこちらを観察するように見つめてくるドラゴンを笑う。
「先にやらせてやったんだ、次は俺の番だよな?」
そう言って燈は全身に魔力を行き渡らせる。
まるでオーラのように体から溢れる魔力。
「悪いが、お前にはここで死んでもらう」
燈がドラゴンに向かって跳躍する。
凄まじい勢いで近づいてくる燈を危険と見なしたのかドラゴンは先ほどよりも強いブレスを吐き出す。
「そんなんじゃ、俺は止めらんねえよ!」
燈は風の魔法でブレスを吹き飛ばすとドラゴンの腹を殴りつける。
「ゴォオァアアア!」
明らかに苦しんでいるドラゴンは即座に体を捻り燈をその鋭い尻尾で薙ぎ払う。
「結構本気で殴ったんだけどな!?」
腕で攻撃をガードしたが宙に浮いていたために吹き飛ばされる燈。
凄まじい勢いだったが緩やかにその勢いが止まる。
チラリとシルフィの方を見るとこちらを見つめていた。
「ナイスフォローだ!」
叫び再びドラゴンに迫る燈。
「今度こそこれで終わりだ!!」
跳躍し風の刃でドラゴンの全身を切り刻む。
そして怯んだところを魔法で作った風の剣で大きな瞳を貫く。
「爆ぜろ!」
その言葉と同時に風の剣がドラゴンを頭の内部から破壊し、最後にはパァンと破裂した。
「…ふぅ」
一息ついて燈は楓たちの元へと歩き出す。
楓とシルフィは青い顔をして、ドン引きだった。
「……燈くん、あれはないよ」
「…燈、気持ち悪いです」
「倒したのになんで!?」
燈としては念には念を入れてやっておこうという気持ちだったのだが、女性陣にはかなり引かれていた。
「たとえばあれがドラゴンじゃなくてゴブリンとか、アンデットとか…そういうのだったら仕方ないかなって思うくらいだったんだけど…ねえ?」
「ええ、容赦なく頭を…」
「…なんだかなあ。まあそれは置いておくことにしよう。で、この人はどう?」
話を変える燈に視線が集中していたが、それに関しては誰も何も言わなかった。
「骨が何本か折れてたりしてたけど…大丈夫、無事治せたよ」
ドラゴンと戦っている間にちゃんと治せたみたいだ。
「そっか。それでえっと…俺の名前はアカリ、悪いんだけど名前を教えてもらってもいいか?」
燈は楓の膝を枕にして横になっている女騎士に声をかける。
「私はカーラント王国第二王女兼、第三騎士団団長、アリス・ディ・カーラントだ」
こんな格好じゃ威厳も何もありはしないだろうが、と付け足す女騎士。
「え?」
「えっと…これってどういうことなのかな?」
楓は首を傾げている。
燈も女騎士…アリスの言っていることに驚きを隠せない。
「助けてもらい礼を言う。と言ってもやはりこんな状態では様にならないが」
そう言って朗らかに笑うアリス。
「あー…つまり、ルーノの妹か?」
「なに!?お前…いや、アカリは兄上を知っているのか!?」
「急に起き上がろうとしないでください!」
楓の膝の上から飛び上がらんばかりに起き上がろうとするが、楓がそれを阻止。再び横になる。
「知ってるっていうか…あいつの依頼で俺らはパーム伯爵領に行こうとしてるんだけど」
「痛いぞ、カエデ。…そうか…しかし、流石兄上だ。パーム伯爵か…確かに、彼を味方にできたら心強い」
アリスは感心したように頷いている。
「そんなに優秀なのか?」
「ああ。と言っても、父上があの様子だから彼を恐れて遠ざけてしまったが…」
そう言って悔しそうに俯くアリス。
そんなアリスに何を言えばいいのかわからず、みんな口を閉ざしてしまっている。
すると、ドラゴンの方から呑気な声が聞こえてくる。
「あーあー…やられちゃったよ参ったな」
驚いてそちらを見ると失敗した、とばかりに頭を掻いている青年がいる。
「お前…誰だ?」
燈は声をかける。
「ん?ああ、君たちがやったのかこれ…」
ドラゴンの死体を見つめ、こちらに体を向ける青年。
「誰って言われてもね…僕はルイスって言うんだ。ルイス・イール。まあなんて言ったら良いのかなー…これの主、みたいな?」
死体を足で蹴りつつ笑う青年。
燈はそんな青年に過去感じたことのない嫌な予感を感じていた。
不定期ですけれど、続けるつもりなので稚拙な文章ですがどうかお付き合い下さい。