優しい誓い
目の前にはどう見ても怒っている楓。
正座で痺れてくる足。
そして…隣でなぜか一緒に正座しているシルフィ。
どうしてこうなったのかはわかっているつもりだがあえて言わせて欲しい。
…どうしてこうなった。
「燈くん?ちゃんと反省してるの?」
「は、はい」
「本当に?」
「う、うん」
「そう…」
先ほどから同じような質問を繰り返す楓。
正直ヤンデレのようで怖い。
もしくはNPCのようで怖い。
「それで…そこで座ってる女の人はなに?」
新しい質問に言葉を返そうとするとシルフィが先に口を開く。
「私は風の精霊で、名前はシルフィと言います。ふつつか者ですがよろしくお願いいたししますね?」
おい、なぜ三つ指をつく。
「精霊なんだ…なんかすごいファンタジーだね…」
お前もなんで感心したようにシルフィを見てるんだよ。
「あ、あのー…」
「なに、燈くん?」
「そろそろ足が…」
「うん」
「いや、足が痺れて…」
「それで?」
「もうそろそろ止めていいかなー…なんて」
「ふぅん」
怖い!!今のめっちゃ怖い!
なにその一言!!キャラが崩壊しそう!!
「あ、やっぱなんでもないです」
思わず俯く俺。
そんな俺をよそに女性陣は仲良くなったのか話し込んでいる。
やれ元の世界はどうだの、やれ俺がどうだの…俺の話はいいだろ別にほっといてくれよ。
そんなこんなあって数時間。
数時間だぞ?ずっと正座だぞ?足もキャラもボロボロだわ!!
…ちなみに数時間俺は正座で座っていただけだけど、女性陣は途中からテントに移動しています。シルフィの奴なんか去り際勝ち誇ったような顔を俺に向けやがって…。
なんだよ…俺が何したっていうんだよ…。
などと卑屈な感じになっていると二人がテントから出てくる。
楽しそうな顔で話しやがって…。
そんな思いを隠して二人を見る。
するとシルフィが楓に何か耳打ちをして森の方へ飛んでいく。もうすぐ夜だっていうのにどこに行くんだあいつは?
そう思って飛んでいくシルフィを目で追う。
すると楓がこちらに歩いてくるので、慌てて楓を見る。
「もう止めていいよ」
驚くほど静かな声で楓は言う。
その言葉に従って俺は立ち上がろうとするが足が痺れて立てずに座り込む。
そんな俺の上に楓が腰を下ろす。
あれだ、父が娘にやってやるようなあの感じの座り方だ。
もちろんいきなりそんなことをやられた俺はパニックに陥る。
「…お、俺は椅子じゃないぞ?」
「わかってるよ」
楓の口調から笑っていることはわかるのだがどんな表情なのかはこちらから伺えない。
「やっと戻ってきたね、燈くん」
「?俺はずっと一緒にいたろ?」
ずっと、と言うと少しばかり違う気がするがほとんど一緒にいたはずだ。
しかし、楓は首を振る。
「あんなのは燈くんなんかじゃないよ。燈くんは優しいんだもん。本当の燈くんは優しくて…強くて……あんなのなんかじゃないんだもん」
きっとそれはあの街での俺のことを言っているのだろう。
あの時の俺は戦うことが楽しかった。いたぶる事が楽しかった。虐げることに喜びを感じていた。
そんな俺の様子をずっと近くで見ていた楓は相当怖かったんだと思う。
「ごめん」
俺は謝ることしかできなかった。
怖がらせてしまったことを、それを我慢させてしまったことを。
「燈くん…なんで私が怒ってるのかわかってるの?」
「……怖がらせたからだろ?」
「…違うよ、全然違う」
「…じゃあなんでだ?」
意を決して聞いてみると、すぐに答えが返ってくる。よく考えれば簡単にわかるであろう当たり前の答えが。
「私を置いていったからだよ」
「…そんなことで?」
「そんなこと?違うよ、そんなことなんかじゃない。前に言ったこと覚えてる?」
この世界に来て楓と出会い、それからのことを振り返る。
「……ああ、思い出したよ」
「…私が怒るのだって当然だって思うでしょ…?」
「…ごめん」
涙声になり肩を震わせる楓に何が悪いのかを自覚して謝る。
「うぅ…ひっく…怖かった…居なくなったって思って怖かったんだよぉ……」
楓が体の向きを変え、こちらを向いて力一杯抱きしめてくる。
その拍子に倒れるがそのまま楓は離そうとしない。
俺はなすがまま、ただ罪悪感を感じていた。
「悪かったよ」
とりあえず楓の頭を撫でる。ゆるゆると撫でるその仕草で落ち着いてきたのか、楓が泣くのを止めて胸に顔をうずめる。
「すー……すー…」
そのまましばらく撫でたままでいると楓の寝息が聞こえてくる。
(子供かよ…でも、こんなになるまで追い詰めたのは俺なんだよな…。ごめんな)
一回ぎゅっと抱きしめると起き上がり取り出した毛布をかけて寝かせる。
すると見計らったかのようなタイミングでシルフィが戻ってくる。
「楓は寝ちゃったんですね」
「ああ…それで、お前はどこに行ってたんだ?」
「ちょっとお散歩ですよ?」
「ふぅん…」
特に興味もなかったので深くは聞かなかったが、楓を見るシルフィの様子からなんとなく雰囲気を察したのかと思う。
「シルフィ、俺は楓が起き次第準備をして出発しようと思う。お前はどうする?やっぱ付いてくるのか?」
「はい」
「危険ばかりの旅だとしても?」
「それが貴方の行く道ならば私は何処へ行こうと貴方の側に」
「そうか」
「はい」
さすが精霊と言うべきなのか年の功と言うべきなのか、言葉に説得力のようなものを感じた。
「そういえばシルフィ」
「なんですか?」
「お前っていくつな「スパァン!!」、ん…は?」
後ろにあった岩が綺麗に真っ二つになっている。
冷や汗をかいている俺を見てシルフィは微笑む。
「なにか言いましたか?」
「いえ…」
「そうですか」
精霊も女なんだとわかった瞬間だった。
◇◆◇◆
それからしばらく雑談をしたり魔法の練習をしたり剣の練習をしたりして明け方近くになると楓が目を覚ました。
「おはよう、楓」
「燈くん…おはよう」
目を覚ました瞬間は少し寂しそうな雰囲気を纏っていたが俺を見たらその雰囲気は霧散した。
そんな姿に少し申し訳なく感じる。
「よく眠れましたか?」
「え、あ、うん。ぐっすりだったよ」
シルフィがかいがいしく世話をする。
別に病人でもなんでもないんだから放っておけばできるだろうにな…。
「起きてすぐで悪いけど、旅の支度をしてくれ。俺のせいで大分時間を無駄にしたから早いうちに出発して依頼を片付けてしまいたいと思う」
「燈、女の子の朝は時間がかかるんですよ?」
「いいよシルフィ。私がやりたいって言った依頼だしね。ちょっと待ってて、燈くん」
楓がいそいそとテントに入っていく。
「燈…あなたって人は…だから女の子にモテないんですよ?」
「ほっとけ」
ジト目のシルフィを無視して自分の支度をする。
焚き火を消したり自分のテントをしまったりいろいろだ。
終わってなんとなく手持ち無沙汰だったのでボーッと湖を眺める。
(そういえば釣りとかしてる余裕なかったなぁ…次来たらゆっくりとキャンプ気分で過ごすのもいいかもな)
湖で泳いでいる魚を見て思う。さすが異世界と言うべきなのか、見たことがない魚ばかりで少しわくわくする。
こんな風に感じる余裕すらなかったことに気づいて少し驚いた。
(もっと気楽にいかないとこれから先、きっと持たないしな…)
少し気が軽くなったところで楓が準備を終えてテントから出てくる。
「お待たせ、燈くん」
「おう、じゃあちゃっちゃと飛んでドラゴン倒しますかね」
「頑張ろうね!」
グッと拳を握る楓を見てシルフィは驚く。
「え…ドラゴン退治とか…嘘ですよね?」
「いやマジだけど」
「私ちょっと用事が…」
「『飛翔!』」
「待ってぇぇ!!!いやぁあぁぁぁぁ!!」
嫌がるシルフィを気にせず飛ぶ。
「燈くん!」
「どうした?」
「ううん、なんでもない!!」
「なんだそれ…」
飛びながら楽しげな楓を見て笑う。
この先で待ち構えている運命なんて知る由もなく、俺たちは笑っていたんだ。