精霊との出会い
朝早く目がさめると昨日よりは幾分かマシな気分だった。
楓はまだ寝ているようなので散歩がてらあたりを散策することにした。
テントを離れる際、結界はきちんと張っておいた。
湖から離れて森へと入る。
朝早くだからか、草は朝露で濡れて太陽の光で輝いていた。
しばらく歩いていると、ポツンとそこだけ木が生えておらず芝生のような草が生えているだけの場所を見つけた。
(歩くのにも少し疲れたし…ちょうどいい、少し休んでいくかな)
俺はそこへ寝転がり目を瞑った。
深く息を吸うと地球では感じられないような不思議な緑の匂いが鼻をくすぐる。
(流石に寝たらまずいんだけど…これはなかなか気持ち良いしな…)
森林浴とでもいうべきなのか、緑が燈の疲弊した心を癒しているのだろう。
無意識にそれを感じていた燈はその場から動こうとしない。
そよそよと風が吹き、森の葉が擦れる音だけが周囲に響く。
(しっかし…俺はどんな夢を見てたんだろう。それに…地球にいた頃は俺はあんな風じゃなかったはずだ)
冷静になった燈の頭に浮かんでくるのは街での常軌を逸した行為と曖昧な夢のことばかりだった。
(性格が変わる…というのが正しいのか…少し調べてみる必要がありそうだな。夢にしても…覚えているのはこのままじゃダメだってことくらいだしな…)
少しため息をついて目を開ける。
すると、薄緑色…いや、翡翠色をした女性が不思議そうにこちらを見ていることに気がついた。
先ほどとは違い、少し風がざわめくような感じに変わっていた。
「…誰?」
思わず声を出すと、女性が口を抑えて周りを見た後に自分自身を指差す。
「えっと…そう、君」
俺が頷くと女性は驚いて詰め寄ってくる。
「私が見えるんですか?」
「そりゃあだって…うん」
特に何も言えない俺は頷く。
すると女性はますます驚いた顔をする。
「私が見えるなんて…あなた人間じゃないんですか?」
「俺はどこからどう見ても人間だろ。俺は燈っていうんだ。君はなんなの?」
とりあえず自己紹介をする俺。
名乗る時は自分からというのを実践してみることにした。
「私は…シルフィといいます。見ての通り、と言って良いかはわかりませんが、風の精霊です。えっと、よろしくお願いします」
彼女がお辞儀をするのに合わせて風が吹き、葉が舞う。
「ああ、うん、よろしく。で、君が見えることに驚いてたみたいだけど…なんで?」
先ほどの疑問を彼女にぶつける。
すると彼女は少し寂しそうな顔で笑う。
「昔は精霊も沢山いて、見える人も多く契約者も多かったんですけど…今では少なくなってしまい、精霊が見えるだけでも希少な存在なんですよ?」
「なるほど…で、君はなんでこんな場所にいるんだ?」
「それはこっちが聞きたいです。ここは私たち風の精霊が好む数少ない場所なんです。ここに来られるのは、風の精霊の契約者となにか特殊な人くらい…」
そこまで言ったところで彼女が急に黙る。
「あなたは…この世界の人ではありませんね?」
この質問に俺は驚きを隠せない。
「…どうしてそう思う?」
「…あなたからはかつての覇王と同じ雰囲気を感じますから」
少し懐かしそうに、けれど悲しそうに彼女は言う。
「覇王?」
気になった単語があったので聞いてみる。
「覇王ってなんだ?」
「覇王に関しては私たち精霊は何も口にすることはできません。…古い書物や遺跡にならなにか痕跡などがあるかもしれませんけど」
「ふーん」
適当に返事をしつつ考える。
(覇王…彼女、シルフィの表情から察するに悪い人ではなさそうだけど…この世界の過去でなにかがあって…それが覇王のせい…そしてその覇王は異世界人…?ダメだ、全くわからん)
考えすぎて頭が痛くなってくる。
そんな俺の様子を彼女は慈しむように見てくる。
「なんだよ、なんか教える気にでもなったのか?」
「いえ、そういうわけでは…ごめんなさい」
手と首を振って否定する彼女を見て俺は笑う。
「別に責めてるわけじゃないよ。…っと、そろそろ戻らなきゃな」
気がつくと太陽が高くなりつつある。
思ったよりも長居をしてしまったらしい。
「あ、え、えっと燈…さん」
楓の元に帰ろうと立ち上がる俺を呼び止める。
「どうした?」
「あ、あの、もしよろしければ、私と契約しませんか?」
「契約?んー…なんか良いことあるのか?」
特に魅力を感じない俺は首をかしげる。
魔法があるからかもしれないが。
「えっと…風を使いやすくなります。強弱も思いのままです!」
意外と豊かな胸を張って堂々と言い放つ。
「うーん…他には?」
「えー…?えっと…下位精霊を使ってマッピングとか…敵のサーチとか…?」
「よし、契約しよう」
「早いですね!?」
「そりゃあだって旅に必要だからな。旅に必要ならなんでも取り入れたいさ。で、どうやって契約するんだ?」
なるべく早く戻りたいのでシルフィを急かす。
「ま、まず手の親指から血を出してください」
「了解了解…いっつー…」
親指を噛むとそこから血が滲む。
「ちょ、ちょっとやり過ぎ…そうしたら私の方に手を出してください」
やり過ぎってなんだよ。
「…こうか?」
手のひらをシルフィに向ける。
すると彼女が俺の手のひらに手を合わせてくる。
「『汝、精霊との契りを交わす。我、汝を守り、汝死すまで共に生きることを誓う。ここに誓約と制約と刻む』」
彼女がそう言うと地面に魔法陣が表れる。
「これは…?」
「精霊と契約するときに表れる魔法陣です。危ないものではないので心配しないでください」
彼女がそう言うと同時に手の甲に紋様が刻まれる。
「熱っ…!」
予期していなかった熱さと痛みに驚くがすぐに消え去った。
残ったのは手の甲に刻まれた緑色で風を表しているような幻想的な紋様だけだった。
彼女の左手にも同じ紋様が刻まれている。
「それが契約者の証です。ちなみに…昔は精霊を使って国を滅ぼしたりした人がいたので今ではそれがバレると大変なことになるかもしれませんが…頑張ってくださいね?」
物騒な内容の割には笑顔で話しかけてくる彼女に対して多少の怒りを覚えたのでとりあえず拳骨を落とす。
涙目のシルフィを放って歩き出す。
「厄介ごとが増えなければいいんだけどなぁ…」
そう呟いて来た道を戻る俺。
それについてくるシルフィ。
「…なんで付いてくるの?」
「契約者ですから」
「いや、いいよ来なくて。そんな緑色の人…?まあ、見たら楓だって驚くだろうし」
「そんな…釣った魚に餌はやらないってことなんですね…」
そう言ってしゃがみこみシルフィ。
正直めんどくさい。
そういうわけなので無視して進もうとする。
「ちょっと!こんなか弱い女性置いていっていいんですか!」
「精霊なんだから強いだろ?じゃあ大丈夫だ、多分」
適当にあしらって先へと進む。
流石に置いていかれるのはまずいと感じたのか慌てて立ち上がり付いてくるシルフィ。
「なんだろう…精霊ってもっとおしとやかだと思ってたな」
「そういう精霊もいますよ?」
「じゃあお前はハズレか」
「失敬な!!私は精霊の中でも偉いんですよ?」
そう言って胸を張るシルフィ。
そんな彼女を見てため息をつく。
「そうか」
「そうなんですよ」
「……はぁ」
「え、ちょっと!信じてないですよね!?」
「あー…信じてる信じてる」
「そんなことばっかり言って…後悔しても知りませんからね!」
腕を組み顔を反らすといういかにも怒ってますという雰囲気を醸し出すシルフィ。
ずいぶん人間らしい精霊だな、と苦笑しているとテントが見えてくる。
近づいていくにつれ、なんだかプレッシャーが増していっているような感じがする。
その理由はすぐに判明した。
時間はもう昼、朝早く何も言わずに出て行った俺が悪いとわかっているのだがあそこには戻りたくないと本能が告げていた。
おかしいな、さっきまでは早く戻らなきゃって思ってたはずなのに。
「おかえり、燈くん?」
顔は笑っているのだがどう見ても怒りマークが付いている。
加えて仁王立ちでなぜか槍を持っている。
さらに雷の魔法なのか、全身からバチバチと放電している。
……助けてください。