狂気
翌朝、食堂で朝食を食べている俺と楓。
「美味しいね!さすがお勧めされただけあるなぁ…」
まるでハムスターのように食べ物を口に詰めている楓。
そんな様子を見ながら俺は非常に落ち込んでいた。
◇◆◇◆
今朝のことだ。
つまりだいたい一時間程前のこと。
身体に柔らかいものが当たる感覚で目覚めた俺は思わず声を上げそうになった。
腕の中のには楓がおり、腕まくらをずっとしていたからか左腕の感覚がない。
が、右手はしっかりと彼女の美しい胸を掴んでいた。
たまたまだろう。そう信じたい。
混乱していたからなのか右手に力を込めてしまう。
「……ふぅ…ん…」
官能的なその声を聞いて俺は急いで彼女から離れた。
その拍子に左腕に乗っていた彼女の頭を落としてしまう。
「んー…あかりくん…?」
どうやら目を覚ましたらしい楓が寝ぼけ眼でこちらを見つめてくる。
とても可愛いのだが今は後ろめたさしか感じない。
「お、おはよう」
「うん…」
シーツをどかして身体を起こした楓の姿を見て俺は絶句した。
寝起きで汗ばんだ肌。身体に張り付いている服。
目の保養であると同時に毒であると感じた俺は急いで目をそらす。
「えっと、み、水浴びでもしてきたらどうでしょう?」
思わず声が裏返ってしまったがそれは仕方がないだろう。
俺だって男なのだ。煩悩が頭の中から離れない。
「んー…そうする…」
そう言ってのそのそと着替えなどを持って浴室へと向かう。
この宿はお勧めされただけありサービスがとても充実しているのだ。
異世界に見合わないシャワーなどもついている。
(なんというか…ちょっとしたホテルみたいだな)
楓を見送り自分の支度をする。
その間に先ほどの彼女の姿がちらつくが理性で抑えこむ。
などなど色々あって今に至るということだ。
ちなみに浴室を覗くなんてそんなアホなことはしていない。
「…くん?」
確かに気になるが断じてしていない。
「…かりくん?」
ちくしょうなんだこの生殺し生活は!
「燈くん!!」
「はい!?」
思わず考え込んでしまっていたため驚きの声が出る。
「今日はどうしようかってさっきから聞いてるのに…何を考えてたの?」
少しむくれて楓が言う。
「な、なんでもないなんでもない」
(君の姿に見惚れていやらしいことを考えないようにしていたんだ…なんて言えるわけないだろ!!)
荒れ狂う心を鎮めながら言う。
「そうだなぁ…祭りまでまだまだ時間があるし…ギルドに行って依頼でも受けようか?経験しておくのは良いことだし」
我ながらいい感じだ。いい感じに誤魔化せているんじゃないか。
「そうだね、最初の依頼はなんかノリで選んじゃったし…何がいいと思う?」
「採集とかいいんじゃないか?街からそう遠くに行くわけでもないし」
「採集かぁ…やっぱ薬草とかなのかな?」
「そうじゃないか?他になにかあるとしたら素材集めとかか?…まるでモ◯ハンみたいだな」
もしかしてこの異世界はモ◯ハンをもとに造られたんじゃ…とくだらない妄想が膨らむ。
「そんなわけないでしょ?いいからご飯食べに行こう、お腹すいたよ」
「そうだな」
そう言って立ち上がろうとしたところで楓が急に近づいて肩に手をかけ、耳元に口を寄せる。
「私、気にしてないよ」
ふふっと笑いそのまま部屋を出て行く楓。
「触ったのバレてんじゃん!!」
◇◆◇◆
ギルドに到着した俺らはまたもや訪れたテンプレとも言える状況に辟易していた。
目の前にはゴツい男が三人。
(なんでこんなに絡まれなきゃならん…ククリのやつ、良い人が多いとか言ってなかったか?)
はぁ、とため息をつく。
「おい兄ちゃん。いい女連れてんじゃねぇかよ」
「へっへっへ…有り金全部とその女置いてけば痛い思いしなくて済むぜ?」
その言葉を聞いてカチンとくる。
「お前らになんの権限があってそんなことを言うんだ?悪いが俺には豚の言葉が理解できないんだが」
楓は俺が負けることはないと思っているのか特に何も言わずに俺の後ろで立っている。
…実際負けないけど。
「ああ!?調子乗ってるとぶっ殺すぞ?」
「あーうるさいうるさい。そんな叫ばなくても聞こえてるから」
耳を塞いで相手を挑発する。
すると三人の顔がみるみる赤くなって冷静さを欠いていく。
「てめぇ!!表出ろ!」
「お前の目の前でその女ひいひい言わせてやるよ!」
楓の眉がピクリと動く。
が、それだけで特に何かをしようとする様子はない。
燈の顔を見て察したからだ。
「……おいクソども。お前ら生きて帰れると思うなよ?」
そう言ってギルドの受付に行き聞いた。
「すいません、決闘をして仮に…相手を殺したら罪に問われますかね?」
受付の女性は混乱している様子だったが
「い、いいえ。決闘をした場合勝者は敗者の全てを自由にできます」
そう答えた。
俺はにっこりと笑って礼を言う。
その笑顔に受付の女性の顔が引き攣る。
「どうもありがとうございます」
そして三人の方へ歩いて行き、
「戦るんだろ?外出ろよ」
そう言ってギルドの外へと向かう。
冷静さを欠いている三人は怒鳴り散らしながらついてくる。
◇◆◇◆
「ルールは簡単。相手を戦闘不能にしたら勝ち。生死は問わない。誓うか?」
そう言って闇魔法をバレないように発動させる。
『誓約』の魔法で、相手が了承すると絶対に覆すことはできない。
「どうせお前はここで死ぬんだからなぁ…いいよな、お前ら?」
全員の了承を取り俺は心の中でほくそ笑む。
そして懐からコインを取り出す。
「このコインが地面に落ちたら決闘開始だ。いいよな?」
頷いたのを確認しコインを指で弾く。
キィンと澄んだ音を鳴らしながらコインが宙に舞い…落ちる。
地面にコインがついた瞬間二人が突撃してくる。
「もらったぁ!!」
「死ねぇ!!」
二人で挟むようにしてそれぞれ剣と斧で切りかかってくる。
(遅いし動きも無駄だらけ…目を瞑っててもかわせるな)
俺は二人の攻撃を見切り危なげなくかわす。
するとそこに三人目が突っ込んでくる。
その顔には取った、とばかりの表情が浮かんでいる。
そもそも危なげなくかわしている時点でその顔はおかしいだろ。
(悪いがそう簡単にはいかない。こちとら大事な女がかかってるんでね)
剣で相手の剣をそらして距離を取る。
「どうしたお坊ちゃん、逃げてばかりじゃ勝てねぇぜ?」
にやにやしながら三人で囲むようにして距離を詰めてくる。
「別に逃げてないさ。戦力分析をしてたんだ。結果はそうだな…俺はお前らが何人、いや何千人、何万人いようが負けねぇよ」
口を三日月の形にして笑う。
「んだと!!」
怒った三人は一斉に突っ込んでくる。
俺は剣に治癒魔法を纏わせて三人を斬る。
「うぐぁ!」
「ひぎぃ!?」
「けはっ!!」
三人とも倒れこむが怪我はない。
確かに痛みもあったし服も切れているというのに怪我がないことを不思議に思っている様子を見て俺は成功を確信する。
(これは拷問とかに使えそうだな…)
そう考えながら近くにいた一人を剣で斬り続ける。
もちろん、治癒魔法は纏わせたままだ。
叫び声をあげているが怪我がない仲間の姿を見て怯え始める残りの二人。
「も、もうやめてくれ!!そいつ、死んじまう!」
「やめる?いやいやいや…やめねぇよ。死なないし、どれくらい耐えることができるのか知りたいしな」
俺は笑いながら斬り続ける。
あたりに絶叫が響き渡る。
そして、不意にその声が止まる。
「三分ってとこか。ま、いいか」
血に濡れた剣を振って血を払いつつ次に近くにいた男に近づいていく。
「や、やめろ…来るなよ…!!」
その様子を見て俺は笑う。
「お前らがあんなこと言わなければこんなことはしなかったのになぁ?」
剣を振り下ろす。
叫び声が響き渡る。
「も、もうやめてくれ!」
「はぁ?やめてください、だろ?てめぇの立場わかってんのか?」
足で頭を踏みながら低い声で言う。
ちなみに始まる当初はギャラリーも湧いていたのだが今となっては静まり返っている。
「や、やめて…ください」
震える声で言う男に俺は顔を近づけ、
「嫌だね」
剣で斬りつける。
さすがに飽きてきたので気絶させて最後の男の方に近づいていく。
全身血まみれの俺はさぞ恐ろしく映っているだろう。
「燈くん」
剣を掲げて振り下ろそうとしたところで凛とした声に我に帰る。
直前で止められた剣先を見て男の股下は濡れている。
「もういいよ、そんなことしなくていいよ」
楓が後ろから抱きついてくる。
頭が急速に冷えていく。
「……ああ」
血を払い飛ばし剣を鞘にしまう。
返り血は仕方がないので放っておく。
落ち着いたところで周りを見る。
血まみれで倒れている男が二人にビビって漏らした男が一人。
ギャラリーはすでにドン引きだ。
「あーあ…やっちまったな。これじゃあこの街にはいれないかな…。ごめんな、楓。祭り楽しみにしてたのにな」
謝りつつ頭を撫でようとしたところで自分の手が血で濡れているのに気づき止める。
「いいよ、祭りよりも燈くんが近くにいてくれればいい」
そう言って楓は魔法で二人の姿を隠す。
「もう行こう?」
そう言ってこちらを見上げる楓の目には怯えなんて微塵もなかった。
彼女はわかっているのだ。知ってしまっているのだ。俺が狂ってしまっていることを。
「…うん」
俺たちは魔法で空へと舞い上がる。
遠くに湖が見える。
今度はそこへ行こう。
そう決めて飛んだのだった。
ちなみに男たちはみんな生きています。
血まみれの男は精神崩壊、気絶させられた男も。
一人助かった男は屈辱を感じて冒険者を止めています。
お付き合いいただきありがとうございました。
次もどうか楽しみにしていてください。