二人きりの夜
なんかしんなりした感じが多いですね…
もう少し頑張ってバトルを増やしたいと思います!
それでは、どうぞ!
「おお…これはなんというか…うん、いい宿だな」
「そうでしょう?値段は少し高いですけど、その分サービスは充実してますし、ご飯も美味しいって評判なんですよ」
ククリに案内された宿はさすが異世界とでも言うような宿だったが古くさい感じは全くせず、よく手入れされているといった雰囲気を醸し出している。
「それじゃあ空いてたらここにしようかな」
「そうですか、でもさっき言ったように祭りがあるので空いているかどうかは…」
「わかってるって、たとえ空いてなかったとしてもそん時はそん時だ。責めたりなんてしないよ。なあ?」
隣に立つ楓に話しかける。
「うん、私たちのわがままで案内させちゃってるわけだから…お礼を言うならまだしも責めるなんてありえないよ」
こちらも責める気なんて微塵もないと言った様子で、珍しそうに周りを見ている。
「そうですか…もしこの宿に泊まれなかったらどうするつもりなんですか?」
「あー…テントで野宿?」
「確かにそれくらいしかないよね…」
ダメだった時の想像をして二人で少し落ち込む。
そんな二人を見てククリは慌てる。
「も、もしダメだったらギルドに部屋があったと思うのでそちらに行った方がいいと思います」
「そうだな、ダメだったらそうしよう。じゃ、色々とありがとな」
ククリに頭を下げる。
「そ、そんな!こっちは命を救ってもらってるんですから…むしろこのくらいじゃ足りないくらいですよ!」
首を振って否定するクリス。
「もしまた何か困ったことがあればいってください。僕たちでよければ力になりますから」
一足先に宿に戻ったサーシャをさらっと巻き込みながら言う。
「ああ、もし何かあったらその時は頼むよ。じゃ、また機会があればな」
「ありがとう」
二人で手を振ってククリと別れる。
たった数時間だというのに久しぶりに二人きりになった気がする。
それくらい密度の濃い時間だったのだろう。
「行こう、燈くん」
「そうだな、いい加減休みたいし」
楓に促され宿の受付に向かう。
「すいません、部屋ってあいてますか?」
受付にいた男性に聞く。
「申し訳ありません。部屋の空きは一つしかないんです。お二人様だと…同じ部屋になってしまいますが…」
それを聞いて俺はさすがにまずいだろうと諦める。
「そうですか…それじゃあ仕方ないですね。他のところへ行きま…「それでいいです」…はい!?」
楓が爆弾を投下する。
「ちょ、ちょっと待て楓。同じ部屋だぞ?この前みたいな野営とは違うんだ」
慌てて楓に説明する。
「わかってるよ?でも、燈くんだったら…その…平気だし」
少し顔を赤らめて楓は言う。
それを見て、俺も顔が紅潮していくのを感じる。
が、しかし少しは残っている常識がそれを許さない。
「いやでも流石にそれは良くないって。同じ屋根の下どころか同じ部屋はやばいと思う」
俺の理性がな!!と心の中で叫ぶ。
「でも、しっかりとした部屋で休んだ方がいいと思うよ?」
「いや…それはまあそうだけど…」
「それに、私が良いって言ってるんだから燈くんの意見なんて聞きません」
思わず黙り込む俺。
その間に話はどんどん進んで気付いた時には、
「じゃ、行こっか」
と楓に手を引かれ部屋へと向かっていた。
◇◆◇◆
そして時は進み…夜になった。
「じゃ、俺はソファで寝るから楓はベッドを使ってくれ」
せめてもの抵抗とばかりにソファへと向かおうとしたのだが、腕を掴まれる。
「どうして?」
不思議な表情で楓は聞いてくる。
「どうしてもこうしても…嫌だろ?」
「嫌じゃないよ?燈くんと一緒にいれるんだから嫌なんかじゃない」
だんだんと押し込まれている気がしてくる。
背中に嫌な汗を感じる。
というか返事がいつもよりワンテンポ早いんじゃないか?
「もし、もし俺がお前を襲ったらどうするつもりなんだよ」
少し声を低くして聞く。
「その時はその時だよ。燈くんに責任を取ってもらいます」
笑顔を向けて楽しそうに言ってくる。
そんな笑顔を見てるとそうなっても良い気がしてくるから不思議だ。
「はぁ…わかったよ降参だ。二人で寝よう」
手を挙げてポーズをとる。
そして楓を抱っこしてベッドへと向かう。
ご想像の通り、お姫様抱っこと呼ばれるあれだ。
楓の身体は女の子らしく柔らかく、思っていたよりも軽かった。
「い、いやあの…別に歩けるから…!」
赤くなった顔で慌てる楓。
そんな様子を見ていると愛おしさがこみ上げてくるような気がする。
思えば、女の子とこんな風に過ごしたのは楓が初めてだ。
不思議と遠慮などというのは起きず、自然体で接していた。
「別に何もしないよ。ただ寝るだけだろ?なんでそんなに慌ててるんだよ」
腕の中の楓に笑いかける。
するとこれ以上赤くならないと思っていたが、まだ顔が赤くなっている。
その様子がおかしくて声を上げて笑ってしまった。
「笑わないでよ!こっちはすごく恥ずかしいのに…さっきまでおどおどしてたくせに…」
最後の方は小声だったが、距離が近いからかしっかりと聞こえた。
「割り切っちまうと楽だぜ?」
そう言いながら楓をベッドに寝かせ、自分も寝転がる。
ベッドが軋む音がやけに大きく聞こえるのは周りが静かだからか、それともこの雰囲気のせいなのか。
「ね、ねえ燈くん」
少し時間が経って眠気がやってきたところで隣にいる楓が話しかけてくる。声が少し上ずっているのは緊張か。
「どうした?」
聞くか聞くまいか、そんな風に躊躇っているのが雰囲気でわかる。
「どうして燈くんは私を連れてあのお城から出たの?」
その質問をされて、俺はとても驚いた。
特に答えが出てこなかったからだ。
今までの俺だったならただ使えそうだったからなどと答えていただろうが、楓にそれを言う気にはなれなかった。
おそらく俺は何もなくてもこの少女を連れて行っただろうという確信がなぜだかある。
「特に理由はないよ」
俺はありのままの答えを話した。
それがこの美しい少女を傷つけるだろうと気付いていたが。
「そっか…」
それきり彼女は黙り込んでしまう。
沈黙が重い。
「お前は…どうしてあの時俺のところに来たんだ?見た目だけだったらもっと頼りになりそうな奴がいたろ?」
気になったので聞いてみる。
「…それは、私が知ってたから」
「何を?」
「燈くんがとっても強いってこと」
俺は強くなんかない、そう彼女に言おうと顔を向けて声を失った。
彼女はずっと俺を見ていた。
それはこの世界だけでなく、前の世界でもそうだった。
思えば彼女は俺をしっかりと見ていた。
今も彼女は俺を見ている。
月に照らされて淡く光るその姿がやけに美しく映る。
まるで絵画のようだと錯覚しそうになる。
そして、気づいたら俺は彼女に触れ、抱き寄せていた。
なぜだか彼女がどこかへ行ってしまう、そんな気がしたからだ。
「…………」
お互いに何も言わない。
今度の沈黙はとても心地が良かった。
世界に二人きり、互いに互いがいればいいとそんな風にこの瞬間は思っていた。
「…なあ楓」
「…うん」
俺は腕の中の彼女をみつめる。
彼女もまた俺をみつめる。
「側にいてくれ…でないと、もしかしたら俺は壊れてしまうかもしれない。俺を見ててくれ」
「……うん」
俺の弱音に彼女は微笑んで俺の頬に触れる。
「もう寂しくないよ、あなたには私がいるもの。一人じゃないんだよ」
その言葉に俺は前にも会ったことがある。
遠い昔だ。遥か昔に会った気がした。
そして力がなかったばかりに、それを失ったような気がする。
「…ああ、俺にはお前がいる。……お前には、俺がいるよ」
そう呟いてお互いに目を閉じた。